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Episode 15

ボラカイを後にした俺は特にやる事もなく、六本木の街をブラつく。

流行ってなさそうなバーを見つけ、腰を落ち着ける。小さい店の上、客は俺ともう1人しか居なかった。

店主はチリ出身らしく、現地のクロスという名のビールが置いてあった。折角なのでそれを注文する。


皆口々に春鳥と関わるのは危ないと言う。

やり方はかなり暴力的ではあるが、1番勢いのある勢力なのも確かだ。これで鏑木会と手を組まれた日には、裏社会で生きている者は無視出来なくなるだろう。

特に春鳥は海外にも提携するマフィアが多数存在する。つまりは日本から出たとしても足を洗わない限りは、必ず付いて回る名前だ。

今は大人しく彼等と仲良くやっているのが得策と思っている。


誰と会話するわけでもなく、ひたすらボトルを傾けていた。そこにガラの悪そうな2人組が入ってくる。正にチンピラと言った感じ。

1人が店主とスペイン語で話し始める。どうやらこの店の権利どうのこうの言っているらしい。店主はペコペコしながら対応している。

客に気付いたもう片方がこっちに話し掛けてくる。


「お客さん悪いが今日は閉店だ。出てってくれないか?」


奥の客が金を置いてそそくさと出ていく。

当たり前だろう。こんなの相手にするのは厄介だ。

一方の俺はと言うと……。


「あんたは耳が悪いのか?早く出てけよ!どこの誰か知らんが、こっちは春鳥興行のもんだ。怪我する前に帰るんだな。」


再び脅されている。

俺だってこんな面倒な連中と関わるのは真っ平御免だが、またお約束の場面、展開に加え、脅しの言葉さえどこかで聞いたことがある。そんな状況に笑みが溢れていた。

それにその名前を聞いたら素直に出て行けないな。


「別にあんたらのゴタゴタに口出すつもりは無いんだが、俺は静かに飲んでいるのを邪魔されるのが嫌いでね。」


これまたどっかの西部劇で聞いたセリフを返してみる。


「ヒョロガキが!痛い目に合いたいのか?」


ガキか……。アジア人の血が入ってると若く見られるもんな。これでも多分あんたより年上のオッサンなんだが……。

ヒョロいと言われるのも心外だ。これでも結構鍛えてるんだぜ?確かにあんたは体格が良いが、ただのデブって言うんじゃあないか?それは。


「やれるならやってみろ。」


無視して再びボトルを傾けるが、どうやら俺の言葉は怒りを買ったらしく、太った男が鬼の形相で近づいてくる。

肩を掴まれると、明後日の方向を向いていた俺を椅子ごと振り向かせてきた。

しかしその刹那にホルスターから銃を抜いていた俺は、正面に向き合った瞬間に逆に胸倉を掴み、額に銃口を突き付ける。

途端に両手を挙げ、鬼の形相だった表情は一変し、怯えたものになる。


流石コイツらはやりやすい。銃の怖さを知っている。


Calmate(落ち着け)! Calmate(落ち着け)!!!」


焦りのせいか、母国語になる。


Estoy(俺は) calmado(冷静だ).」


相手は呆気に取られている。

店主と話していた男もこちらに注目している。


「お前らマッテオのトコのモンだって?アイツがこんな小さい場末の飲み屋の権利を欲しがってるとは思えないな。自分達の小遣い稼ぎなら春鳥の名前は無しでやれよ!」

「あんたナニモンだ?」

「只の"便利屋"だ。お前らこそ怪我する前に帰りな!もっとも怪我で済めばの話だがな!」


掴んでいた胸倉を離してやる。


「チクショー!覚えていやがれ!」


2人して慌てて帰っていく。最後までお約束の台詞回しだった。

俺は少し遊び足りない感がしていた。


「あの~何か助けて頂いたみたいで……。」


店主が恐る恐る話し掛けてくる。


「いや気にしないでくれ。」


最後の少し残っているビールを流し込む。


「それじゃあ満足したし俺も帰るわ!」

「あ……あの……。」

「……ん?何か?」

「いえ…………。」


何か言いたげだが……何とも気の弱そうな主人だ。こんなんじゃまた付け込まれるんじゃあないか……。

まぁたまには飲みに来てあげよう。


「ありがとうございました!」


店を後にする。1本しか飲んでいないが、気分は爽快だった。

まるで寸劇でもやっていた様だ。俺も役者として使えるんじゃあないか?

ウダウダ考えていたのを丁度良くふっ飛ばしてくれた出来事だった。


しかし春鳥の問題を垣間見た気がした。

確かにマッテオの統率力は大したもんだが、昨今の急激な成長、それに伴う構成員の増加。末端までは統率しきれていないらしい。

元々日本でマトモに仕事すら出来ないチンピラ移民の集まりだ。必ず組織の意図に反した行動を起こす奴は出てくる。これからは更に増えるかもしてない。


ついでだしアイツに教えといてやるか。

携帯を取り出しマッテオにコールする。

短いコール音の後、意外にも早く応答した。


「よう!元気かシカリウス?久しぶりだな!」

「まぁボチボチさ。昼間返信した件だが、引き受けようと思ってな。」

Grazie(ありがとう)!そう言ってくれると思ってたぞ!」

「詳細はまたメッセージで送ってくれ。それとさっきお前んトコの下っ端に絡まれたんだが、逆に追い返したけど構わんだろ?」

「おぉ何があった?」

「小さい店で飲んでたんだが、いきなり来て店の権利云々言って俺にも絡んできて、春鳥のモンだって言うからから言ってやったんだ。」

「…………。」

「お前はこんなみみっちい事望んじゃいないだろ?って。少し脅しちまったからお前にも一応言っとこうと思ってな。」

「…………それはすまなかったな。」


声のトーンが少し変わってることに気付く。


「……?どうした?今忙しかったか?」

「何がだ?どうもしないぞ?と言うかオレはいつでも忙しいんだ。」


いつもの調子に戻る。


「……そうか。まぁ兎に角2週間後にな!」

「あぁ頼んだぞ。前金はいつでも取りに来てくれ。部下に伝えておく。」

「ありがとう。じゃあまたな!」

Ciao(またな)!」


通話を終えた後、今日の寝床へ向かう。ここから歩いて行ける場所にも1部屋持っている。

"あの街"から出て1番最初に借りた部屋。決して広くないボロい安アパート。それでもあの頃の俺には充分だった。

ボラカイからの仲介仕事しかなかったし、立地的にも好都合だった。

六本木に来ることも少なくなり、そのアパートに帰る事もほぼなくなったが、今だに所有しているのは当時の思い出が残っているからだろうか……。


扉を開けるとカビと埃の匂いが充満していた。


「うわ!ちょっと酷いな……。」


カビの匂いは当時からしていたが、人に手入れされなくなった部屋というものは、こうも傷み易いらしい。

小さい部屋だし掃除は簡単に終わる。元より今日は雑魚寝が出来れば充分だと考えていた。


「今度ちゃんと大掃除してやるか……。」


いつになるやも知れぬ予定を呟いた。

置き去りにされていたタオルで埃を拭い、取り敢えずの清掃を終わらす。


窓際に腰掛けると、正面の壁に今だ貼られている少し色褪せた数枚のポスターが目に入る。

ポスターと言うよりそれらはチラシ。当時旅行代理店の店頭から持ってきたものだった。

日本の沖縄を始めとし、ニューカレドニア、マルタ、モルディブ、カリブ海や東南アジアの島々。

兎に角どこでも良かった。南の島に行きたいと思っていた。海辺でのんびり酒を飲みながら、読書したり、釣りをしたり、そんな生活に憧れていたのだ。

いや……それは今も変わってはいない。本当は何もかも捨てて逃げてしまいたいのかもしれない。


今回のマッテオの依頼が終わったら、休暇を取ってどこか行ってみるのも良いかもしれない。

どこに行きたいか目移りしていると、ミディアからメッセージが入る。早くも仕事を見つけてくれたみたいだ。


内容は人や物捜し、身辺警護、荷物の運搬などが多い。

どれも警察やら探偵やら正規の業者に頼めない案件ということは、一筋縄ではいかない犯罪絡みがほとんどであろう。

中には取引への同行なんてのもあった。明らかにヤバイ取引だ。


比較的すぐに終わる仕事を適当に何個か選び返信する。

しばらくすると、報酬が安い仕事ばかりだが良いか聞いてきた。

要は今回は只の暇つぶしだ。2週間予定がないのは暇過ぎるからだ。内容や報酬はどうでも良かった。

問題ない旨を返信する。


30分もすると詳細な依頼内容を送ってきた。それに許諾する。これで正式に仕事の契約成立となった。

今日はまだ早いがやることもないし、休息を取ってしまおう。仕事の1つは明日にある。


「やれやれだ……。」


何に疲れているわけでもないが、いつもの口癖を呟いて頭を壁に預けた……。


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