Episode 142
夕方から酔っ払って寝ているヤブ医者を何とか焚き付けて、ミカを治療して貰った次の日。
ふぁくとたむのオフィスは招かれざる客の襲撃を受けていた。
呼び出されたミディアやガルディアンもその客の威圧感にピリピリとしながら佇んでいる。
因みにミカは今客間で寝ている。
ボロボロだった身体の複合手術を受けた後、痛み止めと点滴薬だけ渡されて帰された。
元々行った先は病院でも何でもない。入院設備などある筈も無かった。
「それで何のご用ですかネ~?」
警戒の為か、営業スマイルと変な敬語になってしまっているミディア。
コイツにしてみれば、俺達に刑罰の内容を伝えに来た様に見えるからな、この男は。
「そう威嚇しないで下さいよ。いくら私でもあなた達を取って喰う訳ではありませんよ?」
そう言ってアドミンは客用のソファーに座って、今日も不敵にニヤケている。
「どうだかネ!アンタの考えてる事は分からないからネ!」
「まぁまぁ姐さん。そこまで敵意を向けなくても……。」
昨日現場に居なかったディアンは少し冷静だ。
「そうですよ!落ち着きましょう。今日アドミンさんはお客さんとして来て下さったんですから。」
アンジュに至ってはボラカイから分けて貰ったお茶を出しつつ変な勘違いをしている。
俺はそんな彼女達を騙している様な気分で見ていた。
何故なら俺はアドミンがここに来た理由をもう知っている。
「一先ずはお疲れ様でしたシカリウス。」
「よせやい。お前からそう言われると何か気持ち悪いぜ。」
「別にお礼してる訳ではありませんよ?あなたが余計な事をしなければもっと簡単に終わっていた話ですので。」
「…………。」
そこは……結果オーライだろ?
「何だヨ?オマエラ2人して何か仕組んでたのかヨ?そう言えばヒロが何か言ってたネ。芝居だとか何とか……。」
「えぇあなた達がヒロさんのプライドに火を付ける様な事をしてくれましたから、私が下手な演技で場を持たせなくてはならなくなりました。」
「オマエが演技しなきゃいけない理由って何だヨ?」
「それは人形を生かす為です。」
「!!!!!」
ミディアとディアンは余程の衝撃だったのか固まっている。
「やっぱりヴィジランテさん達は良い方達なのですね!」
相変わらず1人ズレた感想を持つアンジュ。
「いや俺も正直驚いたけどな。コイツの口からミカを生かしたいって聞いた時は。」
「誤解を与えてしまいそうなので補足しますが、私としては人形に死んで貰った方が良かったのですがね。」
「何なのヨ……。」
「私は只ヒロさんの心の古傷を開かせたく無かった。」
「ヒロの心の古傷?」
「我々は図らずも捜査の過程で人形の過去を知る事となった。知ってしまってからも人形を追い詰めなくてはならないヒロさんは、やはりずっと悲しそうな表情を浮かべていました。」
「何でアイツがミカの過去で心を痛めるんだ?」
「それはやはり幼少の頃の境遇が似ているからでしょう。特にHustlerだった頃の事は思い出したくも無いでしょうからね。」
「アイツHustlerだったのか!?」
「オマエ……昔はあんなに仲良くしてたのに知らなかったのかヨ……。」
「いやぁ……人の過去には興味無いもんで。」
「ともかく、ヒロさんは人形を殺す事を躊躇っている様に見えました。しかし組織の長としてやらなくてはいけない。そこは同じ様な立場に居たミディアさんなら分かるのではないですか?」
「確かにネ…………。自分の中の正義と、組織と言う1つの社会の正義は異なってくる。よく葛藤したモンだヨ。いやそれは今も感じるけどネ……。」
「だから私等はヤーコフが捕まればそれで良かった。人形を出来れば処刑したくは無かったのです。」
「じゃー何であんな状況にしたんだヨ。」
「それは勿論部下達に示しをつける為にも建前は必要でした。ですが私もミディアさんの登場は予想外でしたよ。恐らくそれでヒロさんも引っ込みが付かなくなったかと。」
「ワタシのせいかヨ……。」
「半分冗談です。しかしまぁ人形が単体で捕まったと聞いた時はヒヤヒヤしましたよ。何せシカリウスから全く連絡はありませんでしたので。その場での処刑を許可されていたヴィジランテとしては、誰かが処刑していても不思議ではありませんでした……。」
「俺だって出来る限り急いでたさ。しかしいくら現役じゃあないからって相手もプロだからな。捕まえるのに一苦労だ。」
「そう言えばどうやってヤーコフを見つけたのヨ?」
「アドミンの情報と俺の勘ってやつかな。」
「何だヨ……それ。」
「アドミンはヤーコフの拠点から昔の地図を見付けたんだ。それは一見見逃しそうな証拠だった。しかしアドミンはそれにある法則がある事を睨んだ。知ってるだろ?戦前はここにも住所があった事を。」
「あぁ知ってるけど……。」
「そう……その拠点が8番地の8階にあったんだ。元々ヤーコフの存在を疑ってた俺は8に関係する場所に絞って捜索をした。何せロシア人って奴は縁起を担ぐのが好きだからな。実際何ヶ所かあった拠点は全て8の付く番地の8階にあった。奴のラッキーナンバーだったみたいだ。実際はそのラッキーナンバーのせいで俺に見付かった訳だが。」
「成る程ネ。」
「シカリウスから各拠点の場所の位置を貰った私はヤンクをその場所に派遣し、ヤーコフの容疑の証拠を集めさせました。シカリウスが間に合わなかった時の保険と、ヒロさんや部下達を納得させる為に必要でしたからね。」
「ですがシカさんが間に合って良かったです。実際危機一髪でしたよね?w」
「ホント笑い事じゃないヨ。ワタシはミカを撃たなきゃいけないところだったんだからネ。」
「ミディアさんが人形を撃っていたらそれはそれで面白かったんですがね。」
「アドミンさん!?ガルルルルル!」
その言葉に今度はアンジュがアドミンを威嚇する。
「まぁ冗談はさておき、シカリウスが間に合ってたかは甚だ疑問ですね。杏珠さんが時間を稼いでくれなかったら、もっとややこしくなってたかもしれません。しかしどうやってあの煙幕の中奪還出来たのですか?ジョヴィアルがあなたについて良く分からない事を言っていましたが……。」
「それはですねぇ~。」
アンジュは得意げに話し始める。
「ちょっと待った!!!」
「うわっ!ビックリした!何ですかシカさん?」
「それはふぁくとたむの企業秘密ってヤツだ。」
アンジュの能力は非常に価値がある。
バレていないのなら、あまり知られないに越し事は無い。
「教えて頂けない訳ですね?まぁ良いでしょう。私の思惑が上手く行ったのも杏珠さんの行動が大きかったので、今回深く追求するのは遠慮しましょう。」
「へへ~んwww」
鼻を擦るな鼻を。
わんぱく少年かお前は!
しかしアドミンのアンジュを見る目は諦めていない様子だ。
「ヴィジランテの被害はどうなんだヨ?あれだけ派手に動いたんだからその……死者とか……。」
「幸いな事に今回殉職者は出ませんでした。ですが怪我の大小合わせて負傷者が12名。暫くは任務に影響が出そうです。それでも数年振りにイースト・フロントを大きく押し上げました。これはとても喜ばしい事です。」
エクスチェンジとイースト・エンドの境。イースト・フロントは状況に応じて変動していたが、ここ数年は膠着していたらしい。
イースト・フロントの位置は大きな指標となる。ヴィジランテにとってもアンブラにとっても。