Episode 141
「シカリウス!テメェ!!!」
シカリウスはヤーコフを撃っていた。
「ミカ……俺はお前の主人を倒した。これからは俺がお前の主人だ。だから俺の言う事を聞いて貰おう。」
「!!!」
ミカだけでなくその場の殆どが呆気に取られていた。
「全く……無茶苦茶な人ですよ……シカリウスは…………!!!」
アドミンが急いでヤーコフの状態確認に向かう。
しかし彼はヤーコフを見るや否やその状況を知る事になった。
「ヒロさん……これは……。」
ヒロに向けて合図を送る。
「大丈夫。殺しちゃあいない。」
「…………やってくれるじゃねぇか。そんな弾でオレ達を脅してたってのか?」
「ハッタリも大事だろ?」
イタズラ好きの子供の様に笑うシカリウス。
ミカはそんな横顔を見つめていた。
「アナタ……どういうつもりなの?ウチを…………。」
「あまり面倒い事を考えんな。お前は糞餓鬼らしく今日も鼻水垂らして飯食って糞して寝ろ。」
その笑顔はミカにも向けられた。
あぁ……この人にはぜったいにかてない。
ミカは何故だか心休まる気持ちと共にそう思っていた。
「つーこって。子分の不始末は主人である俺が責任を取ろう。何なりと言ってくれ。」
「シカリウス!!?」
「シカさん!」
「…………。」
ヒロは険しい顔を崩さない。
だがその時、包囲作戦時から別行動を取っていたヤンクが丁度戻って来た。
「アドミン!アンタの言う通り色々あったぜ!ボス!証拠を取って来たんだ。そのクソ野郎のな。」
「ご苦労様でしたヤンク。」
アドミンはしたり顔を向ける。
「ハァ……お前はどうしてもオレにやらせたくないらしいなアドミン?」
「気のせいですよ。」
表情からは真意を感じ取れないアドミンにヒロは溜息を吐く。
「…………撤収だ。誰かその"化け物"を連れて来い。」
1瞬ミカの身体が強張るが、ヒロが指示したのはやはりヤーコフの方だった。
"化け物"それは人外の力を持っている者なのか、将又人の心を持ち合わせていない者の事なのか。
そしてヒロはシカリウスに向き直る。
「お前等は首を洗って待っていろ。この街に問題児は必要無い。」
「それはそれは。寛大な処置をありがとうございます。」
シカリウスは諧謔を弄した。
ヒロはその皮肉を無視し、踵を返すと振り返る事も無く去って行く。
「銃……変えたのか?」
背を向けたままヒロが最後の問い掛けをした。
「バルトリの奴等に壊されちまってな。」
「…………。」
それに答える事も無く姿は薄暗い路地へと消えて行く。
今度はヤンクと目が合った。
「やっと会えたなビッグボス。」
「よせ。俺はもうお前のボスじゃあない。それに言ったろ?俺はYankeeが嫌いなんだ。」
「ハッハッハ!またそれか。アンタが嫌いなのはU.S. Armyだろ?」
軽口を叩き合うくらいに2人は良好な関係だった。
昔は…………。
「それじゃまた何処かで会おう!」
「シカリウス。今日やり過ぎた事への弁明を今度聞きますからね?」
次々とこの場から離れるヴィジランテの面々。
ヤーコフは大柄な兵隊に依って担ぎ上げられた。
「あ…………。」
その光景に1歩歩み寄ろうとするミカ。
「ミカ……。」
しかしシカリウスはミカの頭に手をポンと乗せ、首を横に振りそれを遮った。
「シカさん……ミカちゃんの…………。」
「アンジュもすまない。これ以上は俺には何も出来無い。寧ろミカが助かる為にはヴィジランテにとってもここが落とし所なんだ。耐えてくれ。」
「…………。」
それ以上何も言う事は無かった。
アンジュも分かっている。
間も無くシカリウスと出会って1ヶ月。
様々な出来事を経験し、小さな自分の力ではどうにもならない事も沢山あると。
ふとミカの身体から力が抜ける。
「おっと!」
隣に居たシカリウスは間一髪それを支えた。
「ミカちゃん!」
腰の抜けていたアンジュもすぐに立ち上がりミカの元へ駆け付けた。
「どうしましょうシカさん!」
オロオロするアンジュ。
「こんなボロボロの身体で……当たり前だヨ。頭は……打って無さそうだネ。一安心だヨ。取りあえず右手を固定しないと。」
ミディアも集まる。
「ミディア!あのヤブ医者のジイさんはまだくたばって無いよな?」
「あぁ……生きてると思うけど……もう呑んだくれて寝てるだけのジジイだヨ?」
「この街で腕が確実なのはあのジイさんしか居ないんだ。叩き起こしてでもミカを治療して貰う。」
シカリウスはミカを背負った。
「確かに外の病院に運ぶワケにもいかないしネ…………でももう夜だヨ?」
「大丈夫だ!アンジュ!レーダー役を頼む!」
「任せて下さい!!」
「おぉ!そう言えばその手があったかヨ。」
「僕にも護衛をやらせてよ!」
残っていたジョヴィアルまでもが名乗り出た。
「何だまだ居たのかお前?」
「あ!酷くない?手伝ってあげようってのに。」
「いやそれは助かるが……良いのか?俺達は刑罰を待つ被告人の様なモンだぞ?それをヴィジランテが助けるなんて。」
「大丈夫だよ。刑が確定するまでは普通の市民と同じ。下界でもそうだろ?それに僕は今回の件で君達に感謝しているんだ。僕の中の正義ってのを思い出したからね。」
ジョヴィアルは子供の様なキラキラした眼をしている。
「シカさん。折角ですしお願いしましょう。アルさんありがとうございます!」
「僕も杏珠ちゃんの男気見せて貰ったからね。こちらこそありがとう!」
「いやぁ~照れますねぇw ……って男気!!?」
「そう男気。」
「いや私女子女子!女子ですから!嬉しいけど何か悲しいかよ……。」
「さぁ!漫才も良いけど人形の容態も気になるし早く行こうヨ。」
「そうでした!早く行きましょう!」
一行はアンジュとジョヴィアルを先頭に医者の元へと向かう。
「それからミディアさん。」
「ん?何だヨ?」
「"ミカちゃん"って呼んであげて下さい。」
「…………そうだったネ。ごめんヨ。」
ミディアは感じていた。
また厄介な物と付き合いが長くなりそうだと。
だが彼女はだからと言って拒否する気持ちは無い。
昔から面倒見の良い性格で、やはりボラカイで受け入れている連中も皆何かしら事情を持っている。
全く……やれやれだヨ…………。
シカリウスの背中に居るミカを見て心の中で呟いた。
完全にシカリウスの口癖が伝染ってしまっている。
しかし出て来た言葉とは裏腹に、煩わしさは一切感じていなかった。
「雨が止みましたね。」
ずっと降り続いていた雨が止み、雲には切れ間が見え始めている。
「漸く梅雨も終わりか……。」
「これから夏本番ですよ!今年はシカさんやミディアさん。ミカちゃんとも沢山遊べたら嬉しいです!」
「良いね!僕も混ぜてよ!」
「もちろんです!アルさんも一緒に遊びましょう!」
「アンタ達静かにしなヨ。まだここが夜の鬼棲街である事を忘れてないだろうネ?」
「ちぇ……真面目だね。」
「アンジュが居るからって安心は出来無いヨ。警戒は怠らない様にネ。」
「はーい。ごめんなさい。」
ミディアの心配を余所に、数日間ヴィジランテが活発に動いた為辺りは静かなものだ。
月が顔を出し、霧も晴れた街が照らされる。
普段なら酷く不気味な夜の鬼棲街であるが、この夜ばかりは心地良ささえ感じさせてくれる。
それはまるで皆の心を反映しているかの様だった。