Episode 13
「全てが順調に進んでいるわね。」
「大変だったのは先方への根回しだけで、準備はウチの奴らが全部やってくれたからな!」
「でも私が言い出してから、たったの2ヶ月で準備が整うなんて……。」
「曲はプロに任せりゃすぐ出来る。後は発表の日程の調整が殆どだ。急なデビューになっちまったし。」
「お金にならない事させちゃってごめんね。」
「いいさ!女の我儘を聞いてやるのは男の甲斐性だ。それに前にも言ったが、悪巧みは嫌いじゃないんだ。」
「マジでありがとー!愛してる!」
「ハッハッハ!俺もだ!」
「あいつの絶望する顔が楽しみね!夢が叶うトコから、一気にドン底に落ちるんだからね!」
「悪い子だなぁ。将来が不安だ。」
「うるさいわねぇ〜いいの!それよりワザワザお金払って"彼"を使うの?」
「彼は保険みたいなものだ。こんな事オレらがしてるって先方にバレたら、ビジネスに影響が出ちまうからな。」
「どういう事?」
「彼との契約は実は"口約束"なんだ。まぁそれがあいつのやり方らしいんだが、良くも悪くも証拠は何も残らない。」
「もっと分かりやすく説明して!」
「う~ん……。例えば今回の事がバレるとするだろ?でもオレと彼の間に契約の証拠は無い。彼はフリーだから誰でも雇える事になってる。つまり黒幕は分からない。表向きにはな。」
「表向きには?」
「実の所、先方だってバカじゃない。恐らくこっちの悪巧みに気付くだろう。でも前にも言ったが、この世界は道理の通っている方が勝つ。彼らは証拠が出るまで、こっちには何も出来ない。」
「なるほど!頭良い!」
「何年この世界でやってきたと思ってんだ。もうこっちの道理が通るように準備はしてある。完璧だ。」
「すご~い!早く当日が来ないかなー。」
「もうすぐさ……。」
―*―*―*―*―*―*―*―*―
都心から少し離れた住処に辿り着いた俺は、先ずは長時間運転で凝り固まった身体をストレッチで解す。
高速で帰るよりも倍の時間が掛かったとはいえ、時刻はまだ昼前だ。
ふと空腹でいる事に気付く。そう言えば昨日の昼から何も口に入れていない。
とは言え普段それ程利用する部屋では無い為、冷蔵庫には何も入っていない。
折角キッチンもあり、少しの調理器具や、1通りの調味料も置いてあるのだからと、何か無いか探してみる。
見つけたのは米とトマト缶などの野菜の缶詰が少し、冷凍庫には何かの肉が入っていた。何の肉だったか全く記憶に無い……。
少々心許ないラインナップだが、適当に作り始めるとしよう。何よりも俺は料理する事は嫌いじゃあないのだ。
しかしこの材料で作れるものは高が知れている。
先ずは米を研ぎ、炒めたら具材をぶち込んで、出汁やらハーブやら香辛料で味を付けたら暫く煮込む。
完成したのはよく分からない代物。
だが仕方がない、なにせ具材は肉とトマト缶だけだ。
取り敢えず味見をしてみる。
ニンニクも無かったため、気の抜けた味ではあるが、トマト缶には玉葱が入っていたらしく、何とか形にはなっている。
まぁ有り合わせで作ったなら上出来だろう。
コーヒーを淹れて、その何だか分からないものに有り付く。
口一杯にご飯を頬張りながら、PCで今日のニュースを調べる。
昨晩の事は事件にはなっていない。
とは言え、交友関係は広そうな奴だ。誰かが通報するのは時間の問題だろう。
もしかすると恋人か愛人だかが、直ぐにでも異変に気付くかもしれない。
何にせよ証拠隠滅は完璧だ。足が付く事は無い。
食事も終え、コーヒーも飲み干したトコで、仕事のメッセージを受け取っている事を思い出した。
「やれやれだ。」
かぶりを振りつつも再度送り主を確認する。
"マッテオ・バルトリ"
俺は差し当たって、この名前と一致する人物を1人しか知らない。
本人から直に連絡が来たという事は、個人的な依頼か、若しくは緊急の依頼だろうか。
覚悟を決めてメッセージを確認する。
結果から言うと、依頼内容は拍子抜けだった。
約2週間後の6月25日にとある人物に圧力をかけるので、同行して欲しいとの旨だ。
急な仕事でもハードな内容の仕事でもないし、特に脅嚇をかけるなら、名の通っている自分の部下の方が適役だと思うが……。
やはり個人的な依頼だろうか……。
少し疑念は残るが無下にするわけにもいかない。
検討する旨を返信したが、断る理由が特に無ければ恐らく引き受けるだろう。
「2週間か……。」
結構な時間がある。今回はやけに計画的な依頼だ。春鳥からの依頼にしては珍しい。
ともあれ時間に余裕が出来たのだ。
「たまにはミディアのトコにでも顔を出すかな。」
有意義な時間を過ごそうと思いつつも、仕事に関係のある事を選んでしまう俺は……。
仕事熱心ってやつ??
――どっちかって言うと病気??
そんな酷い言い方しなくても……。
――と言うか仕事関係の知り合いしかいないもんね!
グサリとくるね!その言葉は。
――何?慰めて欲しい?
優しい言葉が欲しい……。
――妄想で慰めてられても悲しくない?
……友達が欲しいです…………先生!
――まぁ心配しないでよ相棒!ぼくがいるじゃないか!
それはそれで悲しい気分になるんだが……。
――てか感傷に浸るよりも電話に出なよ!噂をすればってヤツだね!可愛い可愛いあの娘からだよ!
ふと我に返ると電話が鳴り響いている。そして通知された名前を見て驚愕した。
いや驚愕するほどの事でもないが、つい数分前に思い浮かべた人物からの電話だった。
「オマエ今何してるか?」
「いや特に何もしてないが?」
挨拶もなしにぶっきらぼうな物言いが電話口から聞こえる。
「1人か?」
「残念ながら1人だよ!仕事の斡旋か?なら丁度今晩店に……。」
「トミオカ知ってたネ?」
食い気味に言葉を遮ってくる。
知ってるも何も何回か一緒に仕事した仲だ。
「勿論知ってるが……?」
「アイツ多分殺されたヨ。」
突然の告白にドキッとする。
いやそれは言葉の弊害がある。
「多分と言うのは???」
「まだ死体は見つかってないヨ。でも血痕が見つかったんだヨ、アイツの部屋から。でも恐らくはもう死んでいると思うヨ。」
こんな業界だ。命を落とす要因はいくらでもある。
それを態々伝えてきたという事は、何かしらの事態があったんだろう。
「とにかく空いたらウチに来るといいネ。詳しい事は直接。」
行こうかなんて考えていたら向こうからのお誘いだ。
と言うか、電話では言えない程の深刻な事態なのか!?
「分かった。今晩顔を出す。どっちにしろ行こうと考えてたトコだ。」
「……待ってる。」
短い通話で終了する。
しかし相変わらず良くない報せばかりを持って来るな、コイツは。
左手に持っているスマートフォンを見つめ呟く。
兎も角夜まではまだ時間がある。
「買い物にでも行くか……。」
この淋しい冷蔵庫を少し飾ってやるとしよう。
俺はこの街が少し好きだ。
23区の端っこに位置するワケもあって、栄えてはいるがどこか田舎臭さも感じる。
海も近く、小さい工場が多く集まって発展して来た街だ。その為地方からも労働者が集まる。
このご時世に町場の工場に出稼ぎに来るのはワケ有り者が多い。
人情は残りつつも、他人の素性までは詮索しない。そんな暗黙のルールみたいな物がここにはある。
フラっと何処かに飲みに入っても、皆受け入れてくれるが、知り合いにはならない。その場限りの相手を務める。
住居にしても回覧板なる古臭いシステムもあるが、余程の騒音でも出さない限り、隣に誰が住んでいようが誰も気にしない。
そんな他人との絶妙な距離感を保つから好きなのだ。況してやこの俺の職業柄尚更だ。
そして少し足を伸ばせば、東京で2番目に大きい市場があり、そこでよく買い物をする。
特に日本では世界中の食材が集まってくる。それは見ているだけでも楽しいのだ。
しかしながら時刻は既に昼過ぎ。今から市場に行っても閉まっているだろう。
今日は近くのスーパーで我慢しよう。
保存食や冷凍出来るものを中心に、適度に買い込み後にする。
部屋に戻り、一緒に買ったビールを広げ、夜までの暇つぶしに昼間っから飲み出す。
トミオカは"掃除屋"として名を馳せた男だった。
どちらかと言うと事後処理に長けた奴で、キムラのおっさんを紹介されたのも彼からだった。
慎重かつ臆病。言い変えれば完璧主義で、1つの綻びも見逃さないほどの几帳面さがあった。
そんな彼が殺された。そしてそれは俺にも関係する事であろう。これは知っておく必要がある。
それにはあの街に。最近敬遠してた、ミディアの店もあるあの街に行く必要がある。
この街に似ているが、もっと陰湿で、掃き溜めのような場所…………。