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Episode 131

日本の事はずいぶん前から知っていた。

弟がゴミの中から日本のマンガをひろった事があってよんでいた。

1つしかないのに何回も何回も……。


ウチもよませてもらったけど、その話は分かりやすいストーリー。

いつも人々に悪さをする悪役がヒーローにこらしめられる。

見かえりをもとめず、ひたすらに人々を助けるヒーロー。

子供ながらにそのヒーローはすごくカッコよく見えた。


今回の仕事で日本に行くと分かったときに少しうれしかった。

日本にはヒーローがいるかもしれないとおもったから。

マンガの中の女の子の様にタダ泣きさけんでいれば助けてくれる。

そんなあこがれのヒーローが…………。


お姉ちゃんには悪い事をした。

あんなにやさしい人は初めて。

それにシカリウスも……話にきいていたのとぜんぜんちがうふんいきだった。


でもウチは行かなければいけない。

ご主人さまはきっとウチをまっている……。


ミカはイースト・エンドを彷徨っていた。

時刻は昼過ぎ。人通りは勿論殆ど無いが、追い掛けられた夜と同じくヴィジランテがこのエリアまで深く入り込んでいる。

ミカを捜しているのは明白だった。


ミカはその身軽な身体と力を使い、屋上から屋上へと飛び移っている。

左手は何とか使えるが、右手はガチガチに固定され伸ばす事も出来無い状態だ。

今ヴィジランテと鉢合わせてしまったら勝てないだろう。


「大丈夫。きっとすぐあえる。」


ミカ達はイースト・エンドに拠点を幾つか用意していた。

そこを巡れば主人と再会出来る。


だがイースト・エンドはかなり入り組んでおり、ランドマークは少ない。

それに加え他のエリアよりも改築等の変化が早く、慣れている者でも迷う事が多い。

新しい路地や、建物同士を直接繋ぐ空中回廊も増え続けている。

ヴィジランテが潜んでいるアンブラを潰せない障害にもなっている。


しかしミカは程なくして居場所を発見する。

主人への思い入れの強さが成せる術であった。


「ご主人さま!」

「!!!」


窓から入るミカに主人は思わず構える。


「貴様か……良くも戻って来れたな。」

「え?」


2日前の夜。ミカがヴィジランテから彼方此方(あちこち)追い掛け回された時から2人は逸れてしまった。

(ようや)くの再会にも関わらず、主人の取った態度はミカへの拒絶。


「貴様が大失態を犯したせいでこの街から出るのが難しくなった。ヴィジランテがそこら中に網を張っているからな。」

「ですがご主人さま……。」

「言い訳など聞きたくない!せめてシカリウスの首は取って来たのだろうな?」

「それが…………。」

「何!?あれだけ騒いで任務も失敗したのか!!?終わりだ……この街から抜け出せてもクライアントに合わす顔が無い。とんでもない事態にしてくれた物だ。」

「もうしわけありません……。」

「ここまで育ててやったのにこの大事な任務で役に立たんとは…………。」


主人はとある事に気付く。


「貴様服はどうした?」

「えーっと…………。」

「それにその右腕は自分で治療出来る物では無いな?」

「…………。」

「まさか誰かの世話になっていたのではあるまいな!?」

「…………。」

「貴様ぁ…………一体誰の…………!!!」


後ろめたさから目を逸らしてしまう。


バキッ!!!!!


主人の堅い杖はまだ傷の癒えぬ脇腹を捉えた。


「うぅッ!!!」


あまりの痛みに呻きが漏れる。


「敵地で敵の世話になっていたのか!!?」

「…………。」

「その情に(ほだ)されて裏切るつもりではなかろうな!」

「そんな……。」

「恩を仇で返す気か!?もしやここに来たのも敵に居場所を知らせるためか!!?」


有無を言わさず更にミカを殴る。


「ご……ご主人さま……イタイ……やめて…………。ウチは…………。」


受けた衝撃は全て折れた右腕に響き、苦痛を更に増加させた。


ミカの懇願を受け入れる事無く殴打は続いた。

何発も何発も。

やがてミカは動けなくなる。


「ハァ……ハァ……ハァ……。」

「どうして……もどってきたのに……ご主人さま……どうして……?」

「ハァ……ハァ……。そうか……貴様の死体が見付かればヴィジランテも満足するだろう。そうすれば私はこの街から抜けられる!」


主人はミカを担ぎ上げた。


「まって……ご主人さま……きいて……。」

「フン!どの道壊れた"人形"は廃棄せねばな。」


その顔は邪悪な笑顔に満ちていた。


「…………。」


ミカはその言葉に全てを理解した。

しかしもう抵抗する力も無く、只されるがままに窓際まで連れて行かれる。


「ここから投げ落とせば助かるまい。本当は確実に殺しておきたいがヴィジランテ共を騙す為だ。貴様は奴等から逃走中に誤ってこの建物から落ちたのだ。そう!これで正しい!貴様は普通ではない!化け物だ!いずれは退治される運命だったのだ!!」

「…………。」


もうミカは何も言葉を発しなかった。

主人は窓を開け、手を離せばもう落ちてしまう。

だが自分の運命に覚悟は決まっていたかの様に微笑んだ。


「何だその顔は。」


主人はミカの微笑みに気味の悪さを感じた。


「化け物め……。」


そう吐き捨てるとミカから手を離す。


そしてミカは8階の高さから落下しながらも少し解放感を感じていた。

只生きているだけで苦痛ばかり与える生からの解放。


安堵の気持ちもあったのかもしれない。

何故ならこの世は彼女にとって"世知辛い"のだから……。


今まで味わった事の無い衝撃が全身に走る。

そして続く激痛…………。


ミカは血を吐いた。内臓が損傷したらしい。

意識がある。残念ながら即死は出来無かった様だ。

途中窓に取り付けられていた雨除けに当たり、勢いを殺されてしまった上に落ちた先は雨で泥濘、緩衝材の役割を果たしてしまった。


ミカは自分の運命を呪った。

最後まで安らかに逝かせてくれないこの世界を。

数日前まではこんな気持にならなかったのに、出会ってしまったアンジュが、シカリウスが、彼女の閉ざしていた心を少し開けてしまった事を。

そしてその彼等ではなく主人を選んでしまった自分を……。


「知らなければよかった……。」


再び涙を流した。

昨日は何年振りに泣いたか忘れていたくらいなのに、今回は1日も経たずに涙が溢れた。


「ヒーローは…………いないの?」


死に切れない痛みに泣いても泣いても、彼女を助けに来るヒーローは現れなかった。

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