Episode 12
ジイさんはジジイギャグが決まったところで足早に去って行った。
俺はもう少し寝ようかと階段に向かうが、キムラの言葉が俺の足を止める。
「マスターとも話していたんだが、お前も最近春鳥と仕事しているらしいな。」
「それほど頻繁でも無いが……どうかしたか?」
「出来るなら、あいつらとは関わらん方が良いぞ。相当ヤバい事やってるんじゃないか?」
「あいつらがおかしい事なんて元から分かってるさ。」
キムラは作業着の胸ポケットから煙草を取り出し、その一本に火を付けた。
フーッと白い煙を吐き、続けて話し出す。
「この前ウチに依頼に来たんだ。事前連絡もなしに、10tトラックで乗り付けて、丸ごと処分してくれだとよ。流石にウチのキャパを超えてるから最初は断ったんだが、まぁその"おまけ"を確認したらそうもいかなくなった。」
2口目の煙を吐き出す。
「コンテナにびっちりだ。中で何やったんだろうなぁ、壁や天井にまで破片が飛び散ったそれは、まるで"肉の洞窟"だった。頭数からして、少なくとも20人は居ただろう。グチャグチャで顔なんぞ見れたもんじゃ無かったが……。あまりの光景と悪臭に、少しは慣れたと思ってたが、しばらく肉は食えなかったさ。」
俺は押し黙った。嘔気にも似た心地。
マッテオの残虐性は聞いていたが、ここ日本でそれほどの殺戮をするとは……。まるでメキシコの麻薬戦争の話を聞かされてるみたいだ。
『裏切り者は一族郎党皆殺し』そんな噂も耳にしていたが、やはりマジな話らしいな……。
ヤクザ同士でもたまには抗争があり、殺されたり、処刑されたりはあるだろうが、彼らまで酷いものは起こさない。何と言っても日本は平和なのだ。
国内の主だった組織が、浮き足立つのも分からなくもない。
「ともかくだ。今は懇意にしていても、いつ自分らが"そっち"側に立たされるか分からん。あいつらは異常だ。どういう状況なら、20もの人間が肉片になるんだ?」
分かっている。
マッテオとは直に会っている身だ。彼の気さくな態度の端に、およその常識からはかけ離れた狂気を多々感じる。
「忠告感謝するよ。心に留めておく。」
無表情に言い放つと階段を昇り、ベッドへと戻る。
夜明けまではまだ少し時間がある。再度枕へと頭を預けた。
次に目を覚ましたのは、カーテンから差し込む木洩れ日の様な、それでいて未だ薄暗い陽射を感じた時だった。
遠慮がちな太陽から鑑みるに、午前6時頃だろうか。腕時計を確認しようとするが、既にキムラに担保として取られた後だった事を思い出す。
時間にして数刻の休息であったが、俺とっては充分なリフレッシュとなった。
昨夜、人1人を担いだ反動を肩と脚に感じながら階段を降りる。
作業場からは、徹夜したとは思えないほど元気な声で、キムラが迎えの言葉を述べる。
「お早うさん!意外に早く目覚めたな!だが悪いが作業は7時からだ。」
近くに住宅地は無いとはいえ、中には住んでいる者も居る。近隣住民とのトラブルは出来るだけ避ける方が、彼の"裏稼業"にとっては好ましい。
まぁ騒音問題だ。これから使う機械は結構な音を生み出す。
「コーヒーでも飲むか?お前は一応客だしな。」
「……ミルクはあるか?」
「そんなものあるように見えるか?」
「じゃあ遠慮する。お前の淹れたコーヒーはまるで泥水だ。」
「…………文句はインスタントコーヒーのメーカーに言ってくれ。」
作業場入口付近の座れそうな所に腰掛け、まだ何か作業を続けているキムラをボケーっと見つめる。
年季の入った工場だが、所々に最新の機器も見られる。
どうやら儲かっているらしい。
ここは裏社会の人間なら知る人ぞ知る"ゴミ捨て場"だ。
元々は金属の精錬業から始まったらしいが、今では金属類を何でも引き取り売り捌き、それが転じて車の修理や売買まで手を出すようになった。
こちらの世界で重宝される訳は"如何なる理由があろうとも引き取る"事。
犯罪に使われようが、積荷に死体があろうが、車に金属がある以上は引き取ってくれる。
もちろん処分費は割高だが……。
そしてプレス機も精錬炉もあるここに持ってくれば、証拠は完全に消えてなくなる。
様々な不要とされた金属が集まるこの場所は、ガラクタ屋のジイさんみたいな、ジャンク品を欲しがる者にも知る所となった。
「そろそろ始めるか。」
1時間などあっという間だった。キムラが声を掛けてくる。
作業場からさらに奥に入った精錬所に、1連の大型機械が設置されている。電源の入れられているそれらは、ゴォォォと稼動音という唸りを上げていた。
今回潰す車は"積荷"と共に、他のものにも混じって、既に大型コンベアーに乗せられている。
「じゃ動かすぞ!」
キムラがボタンを押すと、コンベアーが動き出す。先ず向かうのはプレス機。そこで炉に入る大きさにする。
「作動中は5メートル以内に近寄らないようにねっ!」
まるで工場見学に来た小学生を相手にする言い草だ。
プレス機が一杯になった所で、コンベアーが停まる。どうやら俺の廃棄物は次回へと持ち越された様だ。
どんな物も抗う事の出来ないその圧力は、金属の拉げる凄まじい音と共に、全てを小さな塊へと変えていく。
用済みになったガラを吐き出したプレス機は、次の圧縮志願者達を受け入れる。
まるで断末魔の叫びの様に、心成しか先程よりも大きな音を立てて、2回目のプレスが終わった。
次のコンベアーへと乗せられた小さな塊は、それが車であった事を窺わせる余地はない。況してや、中の"彼"がどうなってるか?何て事は考えたくもなかった。
小さく纏められた塊は自動的に次の炉へと向かう。
「コンベアーに乗せれば、あとは全て機械がやってくれる。なんとも楽な仕事だ。」
キムラが笑いながら自虐する。
その間にも炉へと着々と入って行く塊たち。
「金属の精錬も設定さえすれば自動でやってくれる。金属によって色々炉が違うんだが、まぁ今日はお前が分かりやすい様に、乾式精錬の高温の炉だ。どーせ今日のは全部ゴミにするつもりだし。勿論有機物が耐え得る温度じゃない。"おまけ"が付いてたってすぐに"蒸発”するか"炭"としてカスになっちまうさ。」
笑いながら説明する彼もまた、少しネジの外れた人間だと思う。良心の呵責は感じられない。
「さて……。もう見届けたからいいんだろ?全くご苦労なこって、そんな律儀にならなくても。」
そう。今回の依頼は遺体の"完全処理"まで。俺にはその消滅を見届ける義務があった。
「まぁこれは俺のポリシーっつーか、"自分の目で見た物以外を信用するな"っつーとある人からの受け売りだ。それに生憎誰の事も信用してないんでね!」
キムラがニヤケながらタバコに火を付ける。
「まぁこの世界じゃお互い様だ。」
「おい!工場内は禁煙だろ?」
「硬ぇ事言うなよ。今は1人なんだ。社内ルールなんてあって無いようなもんだ。」
その時、短い通知音と合わせるように、携帯電話が振動する。それは仕事の連絡用に使っているSNSからの通知音だった。
ポケットから取り出し、メッセージを送って来た相手を確認し、またすぐにしまった。
フーッと溜息を吐くと共に言い得ぬ気持ちに襲われる。
一件片付いたばかりなんだ。一杯くらい飲ませてくれよ……。
「仕事だろ?良いのか?それにしても早起きな依頼人だな。」
「これから寝るんじゃあないか?夜行性の奴らだからな。」
既読を付けてしまうと、直ぐにでも追撃の連絡が来そうだ。返信は東京に帰ってからしてやろう。
昨今のアプリも余計な機能を付けてくれたものだ。
「それより帰りの足はどうするんだ?まさか送ってけとは言わないよな?」
「安い車か単車でも売ってくれよ。何かあるだろ?壊れかけててもいいから。」
「金の無い人間がよく言えたな!」
「担保にやった時計は中古でも300万はするんだ。その位都合付けてくれても良いだろ?」
「…………作業場の奥にボロい250がある。それを持ってけ、まだ動くはずだ。」
渋い顔をして了承すると、次の1本に火を付けた。
「サンキューな!吸い過ぎは毒だぜ!」
「余計なお世話だ!」
精錬所を後にすると、最後にキムラが叫ぶ。
「捕まるなよ!?偽造ナンバーだからな!!」
振り向かずに右手を振って応える。
作業場の、売り物になりそうな車達に隠れるように、そのバイクはあった。
「RZ250じゃねーか!」
今や化石に近い旧車に思わず声が漏れる。整備はやるくせに知らないのか?
物の価値に疎いと言うのはこういう所なんだな。マニアには高く売れそうなのに……。
確かにそれは古くてボロいが、エンジンや足回りワイヤー類など、しっかりと手入れがされている。
プレキックの後、鍵が刺さりっぱなしのイグニッションをオンに入れ、本キックでエンジンは唸りを上げ、1発で始動する。
スロットルを開けると、小気味好い2気筒の排気音が木霊した。
「調子は上々だ!」
近くにあったフルフェイスを勝手に拝借し、さっそく跨る。
ギアをローに入れると、カコンという音と共に車体が振動する。そのままスロットルを開け、クラッチを繋いで走り出した。
吹けも上々、良く仕上げてある。
天気は雲が疎らに映える青い空。暑過ぎず、かと言って風を切っていても、寒いという事はない。
海沿いを走るにはとても気持ちが良い。
高速に乗るのはやめて、下道でゆっくり帰ろう。休息も取れたし、今はこの心地良さを感じていたい……。