Episode 127
天気予報は大ハズレ。昨日で木っ端微塵となるはずの梅雨前線は、今日も最後っ屁の如く雨を捻り出している。
勿論俺の気分は早朝から沈みに沈んでいた訳だが、今は更に地球の裏側まで落ち込む様な状況に置かれている。
「それで?」
冷ややかな視線を俺に突き立てるこの女が原因だ。冷汗が止まらない。
「いやぁ……ですからぁ…………。」
「へぇ……まさか知ってて助けたんじゃないよネ?」
ミディアがデスクの下に手を入れている。
それは臨戦態勢。ちょっと良くない状況だ。
「兄さん!今すぐ拘束して下さい!!」
ディアンも興奮して車椅子に座りながらも銃口を俺の傍らに向けている。
「お願いします!皆さん落ち着いて!私は知ってました。その上でここに連れて来る事を提案したのも私です。」
アンジュは抱き締める様に銃の目標になってるモノを庇っている。
「アンジュ離れなさい。相手が相手なんだヨ。それにワタシはこのバカが事件の中心に居るってのに、何も知らないで呑気にそんなもの連れて来たのが気に食わない。」
「あのぉ……ミディアさん?」
上目遣いで訴える。
「何だヨ気持ち悪い!!!」
怒られた……。
「俺もまさかこの子が首狩り人形だったなんて……。しかも実はハンターで俺がターゲット?ハッハッハ!そんな馬鹿な事って……。」
人形は何も言葉を発せず、アンジュに抱かれて縮こまっている。
「実際そうなんだよ!!!」
バンッ!とデスクが叩かれる。
その音とミディアの迫力に年甲斐も無くビクッとなってしまった。
「とにかく動けない様に拘束してこちらに引き渡して下さい!」
「ディアンさん!この子は既に重傷です。両腕も使えないしそんな事は必要ありません。話を聞いて下さい。」
「アンジュさん。いくら貴女の頼みでもそれは聞けません。それに貴女も目の当たりにした筈です。この子の恐ろしさを。」
「そうなんだヨ。子供とは言えその子もプロだ。ガルディアンに大怪我をさせた落とし前は付けさせないといけないんだヨ。」
「つまりはこんな怪我した小さい子を……"ミカちゃん"を更に虐める気なんですか?」
『そう言えば名前を聞いてなかったね。わたしは杏珠。そっちはシカさん。あなたは?』
『……ツァーミカ。』
『え?ごめん聞き取れなかった。もう1回言って?』
『……フェティツァーミカ。』
『えと……えと……。フェ……ティ……難しい発音だね……。』
『面倒臭ぇ!ミカで良いじゃあないか。』
『おぉ!流石シカさん!それなら私も呼び易いです。』
『ミ……カ……?』
『そう!あなたはミカちゃん!よろしくね!』
「そう言われると……本望ではないんだけどネ…………。」
ハァとミディアが深く溜め息を吐く。
「聞いてアンジュ。ワタシ達の世界では1度ナメられたら終わり。次の奴からも間違いなくナメられるんだヨ。そのレッテルは中々覆せる物じゃない。特に今回はこっちが一方的に攻撃されたんだ。例え相手が女子供であろうと許す事は出来ないんだヨ。」
「ではボラカイの面目を保つ為にミカちゃんは酷い目に遭わされるって事ですね?」
「アンジュ……お願いだヨ。」
改めてアンジュも相当頑固だと思った。
「ミディアさんは『ワタシ達の世界』と言いましたね?私にも私の世界があります。それはどんな理由があろうと、既に大怪我で動く事も大変なこんな小さな子に酷い目になど遭わせない事です。もしミディアさんがミカちゃんに手を出すと言うのなら、私は全力でそれを阻止します!!」
俺はあちゃーと頭を抱え、全員押し黙ってしまった。
「それはワタシを敵に回す覚悟があるのかネ?」
「もしミディアさんが本当にそんな非道い人ならそうするつもりです!」
「…………。」
本気の眼だった。
どうすんだアンジュ?もう取り返しがつかないぞ?
「ハァ…………ガルディアン。その子の手当てをしてやんな。」
「ミディアさん!」
アンジュに笑顔が戻る。
「正気ですか!!?姐さん!!!」
「もしワタシが気付かない内にクサでも吸わされてなければ正気さ。但しアンジュ!その子が少しでもおかしなマネをしたらガルディアンは容赦なくその子を撃つヨ。それで良いかネ?」
「ミカちゃんはそんな事しません。私が側に居ます。」
「それは合意と受け取るヨ?じゃガルディアン聞いての通りさ。店内でも発砲は独自の判断で許可するから。それと着替えも。子供用があったハズだよネ?アンジュの服じゃブカブカ過ぎだヨ。」
「…………分かりました。」
些か不満そうだが、ディアンもその条件に納得した様だ。
「もちろん治療が終わったら色々と聞かせて貰うからネ?」
「はい!ありがとうございます!やっぱりミディアさん良い人です!だから私大好きなんです!」
「……ったく。女誑しだネ。この娘は。」
3人が治療に向かう。
ミカは終始無言で無表情だった。
「大丈夫かネ?」
「大丈夫だろ。ミカは何故だかアンジュに凄く懐いているんだ。それに昨夜目を覚ましてから攻撃的な行動は一切してない。」
「しかしオマエも筋金入りのバカだヨ。自分を殺しに来たハンターを逆に保護しちゃうなんて。」
「止してくれ。本当に知らなかったんだ。」
「それで……またこんな厄介事を抱え込んでどうするつもりかネ?」
「さぁな……。」
「ハァ…………。」
「おいおい。ヤケに溜息が多いな。もうお前の癖になりつつあるぞ?」
「こんなバカや頑固者ばっかりに囲まれてたらそりゃ溜息も増えるさネ……。」
「老けるぞ?」
「うるさい!!!」
怒りを示しながらもミディアは心配をする表情でデスクに頬杖を突く。
「オマエ本当に分かってる?ワタシのさっき言った事は脅しじゃない。ウチは良いヨ。被害はガルディアンだけだしネ。彼が許すと言うならあの子に何もする気は無いヨ。でもヴィジランテはどう?仲間から3人も重傷者を出している。それにアイツラが守る街に手を出された。こちらは新たに2名の犠牲者が確認されて死者10名、酒場でも15人の重軽傷者を出している。"小さな女の子だから不問にします"なんて事には絶対にならないと思うヨ。」
ミディアの言う通りだ。
もし俺達がミカを保護してるのがバレようモンなら、俺達もヴィジランテの攻撃対象になるだろう。
「差し出す気はあるんだろうネ?」
「それは…………。」
「飽く迄あの子を匿うと言うのなら、恐らく鬼棲街では生きていけないヨ。あの街でヴィジランテから隠し続けるなんて無理な話だからネ。」
「分かってる。」
「分かってる?じゃ一緒に街を出て行くつもりかネ?確かにヴィジランテから逃げ回るよりバルトリから逃げ回る方が楽かもネ。世界は広いんだし。」
「…………。」
「でもそうしたらアンジュはどうするんだヨ。今度は逆にアンジュが外では生きてはいけないんだヨ?容姿を変えてるから今すぐにはバレないかもしれない。でもバルトリをずっと騙す事も出来無いヨ?それに人形と違ってアンジュは自分の身を守る術すら知らない。オマエはそんな娘を抱えて逃げ切れないと思ったからウチに来たんじゃなかった?それともまた置いてくとか言い出すんじゃないだろうネ?」
ぐぅの音も出ない。
「まさか本当にアンジュを切り捨てるとか言わないよネ?」
「そんなつもりは無い。でもな……聞いてくれるか?」
「何だヨ?」
「昨夜な……ミカに飯食わせてアンジュと一緒に寝かせた後に俺はシャワーを浴びてたんだよ。そしたらさ……いきなりバスルームにミカが動かない身体引き摺って来てこう言ったんだ。『ウデがうごかないので口だけでもいい?』ってな。」
「それって……。」
「あぁ……俺が食事を与えた見返りに"そういう事"をするつもりでいたんだろう。」
「オマエ……まさか…………。」
「アホか!!蹴飛ばして追い返したわ!餓鬼が変な事考えてんじゃあねぇ!ってな。でもそれがアイツの日常だったんだ……。今までそうやって生きて来たんだ……。それが当たり前だったんだ……。」
「…………。」
「アイツ何て言ったと思う?食事の"代償"だって言ったんだ。"代償"だぞ!?普通じゃあねぇ!それに日本じゃあまだ鼻水垂らして遊んでる位の歳なのに、そんな餓鬼が飯を与えられるのに"代償"が必要だって思ってる!!」
「いや……流石にあの歳で鼻水は垂らしてないだろ……。女の子だしネ。」
「兎に角!自分が払える代償は身体しかないと……。高が飯だぞ!?絶対そんな事は間違ってる!!!」
――熱くなってるよ?ぼくのせいかな?
「ハァハァ……。」
いつの間にか息が切れる程熱くなっていた。
「オマエもアンジュも……。本当に似た者同士だネ。分かったヨ。人形も切り捨てる気は無いんだろ?」
「すまない……ミディアにはいつも迷惑ばかり掛けるが。」
「良いんだヨ。オマエの事を重荷に感じてるならとっくに見捨ててるからネ。」
やはりミディアには頭が上がらない。
「方法は1つ。黒幕を探し出す事だネ!」
「黒幕?」
「そう。人形を操ってる奴。飼い主さ。もちろん本当の背後にはバルトリが居るだろうが、アイツラを今引っ張って来てもこの問題は解決しない。その他に直接人形を操ってる奴が居る筈だヨ。」
そりゃそうだった。
「あの子1人で外国から鬼棲街に入り込むなんて絶対無理だヨ。必ず手引している主犯が居る筈さネ。」
少し考えてた事を忘れていた。
「主犯を捕まえてヴィジランテに突き出せば、あの子は許されはしないかもだけど罪の軽減はあるだろうネ。それに賭けるしか無いヨ。」
「そうか……。」
「あの子が素直に色々喋ってくれれば良いけど……何か無口そうな子だったし。」
「まぁせめて治療が終わるまで待ってくれ。アンジュになら何か話してくれるかもしれん。」
「そうだネ。今日は取りあえずウチで預かるヨ。オマエの所に居るよりかはヴィジランテにバレないと思うし。」
「サンキュー。ミディアには本当に感謝してる。」
「感謝してるなら溜まってく一方のツケを少しでも払ってくれヨ。」
「…………。」
コイツの言うツケは、手前が勝手にアンジュと遊んだ分も含んでいる。
「恐らくもう時間はあまり無いヨ。人形は少なくとも1日半も"ソイツ"の元へ帰ってない。見限られて街を去られるのも時間の問題ってヤツだヨ。相手が切れ者なら尚更だネ。」
「大丈夫だ。必ず見つけ出してやる。」
子供を盾にして表舞台に姿を表さないクソ野郎を!