Episode 126
とある話をしましょう。
ある所に1人の不幸な少女が居ました。
望まれない私生児として生まれ、その出生から父親には子として認知されず、成人を待たずに母親からも捨てられてしまいました。
しかし幼いながらも頭の回転は良かった少女は、何とか自分でお金を稼ぐ方法を見付けては慎ましく生きていました。
ですが家柄も何も無い一介の少女を気に食わない大人も沢山居ます。
悪い大人達はその少女が小金を稼ぐ度にどうにかして騙し取ってしまいます。
生きて行く術を誰からも教わらなかった少女は簡単に騙され、時には自分が生きる事すら困難になってしまう程に追い詰められてしまいました。
「世知辛い……。」
それが少女の口癖でした。
ですがそれはこの世に対しての嘆きと言うより、"仕方無い、この世はそういう風に出来ている"と諦めに近い物でした。
ある日少女はまた酷く騙され、コツコツと貯めていたお金を全て取られてしまいます。
3日も食べる物すら無く、もう体力の限界を迎え、いっそ死んでしまおうかと思った時に1人の男性と出会いました。
男性は行き倒れの様な少女を家に連れ帰り1杯のスープをご馳走しました。
それは少女が生まれて初めて食べた人の優しさの詰まった料理でした。
泣きながらスープを飲む少女に男性は。
「世の中悪い事ばかりでは無い。人の力になりたいと思ってる人も居る。だから諦めたらダメだよ?」
そう諭し、少女を絶望の縁から引き戻してくれました。
その1件から少女と男性の交流が始まります。
男性も似た様な生い立ちで身寄りも無く、自力で生きてきた為に様々な事に詳しく、その経験を少女に教えると少女はより賢くなっていきました。
そして人に騙される事も少なくなってきた少女は、もう路頭に迷う事も無くなり、友達も出来て幸せに過ごせる様になっていきました。
そんな日々を送っていましたが、事態は突然に急変します。男性が逮捕されてしまったのです。
罪名は未成年誘拐。少女を助けた際に、暫く男性の自宅で保護していた事が罪になりました。
この国では未成年誘拐は重罪で、下手をすると何十年も刑務所に入ったままです。
勿論少女は必死に男性の無実を訴えましたが、裁判所は少女の証言を聞き入れませんでした。
事実男性にやましい所はありませんでしたが、少女の言葉を証拠にしない理由は"ストックホルム症候群"。そう少女を診断してしまったのです。
少女は暫く忘れていたこの世の無情さを再び思い出しました。男性が逮捕された理由を知っていたからです。
密告したのは親しくしていた友人でした。その友人は悪い大人達と繋がっていたのです。
またしても少女の幸せを奪って行く大人達。そこには少女の成功を許さない階級社会の闇があったのです。
今度こそ少女は絶望しました。そして社会への復讐を誓います。
ですが男性と出来る最後の面会の際にこう言われてしまいます。
「君が騙されてしまうのは君の心が優しく、純粋さを忘れない証拠だよ。だからこんな世の中でも恨まないで欲しい。復讐をしたって時間の無駄だし、もし成し遂げたとしてもその後に待っているのは只の虚無感。それなら人助けに時間を使った方が100万倍マシさ。君は出来るかい?僕が君にした様に今度は君が困っている人を助けるんだ。そしてその人はまた別の人。優しさの連鎖はいつかきっと君も救ってくれるよ。」
少女は再びこの世界を受け入れます。"仕方無い、この世はそういう風に出来ている"と。
「それならせめてウチだけでも誠実であり続けたい。」
それは諦めではなく決意でした。
「世知辛い……。」
男性から引き離されてしまった少女は相変わらずしばしば騙されてしまいます。
それでも少女は真っ直ぐに生きています。
新しい友達も増え、優しさの連鎖から生まれた出会いもありました。
その輪の中でも問題が起こる事もあります。
いつも最後に損をするのも少女でした。
その度に少女は口癖を吐きます。
「世知辛い……。」
昔は溜息混じりに吐いていた言葉も、今では前に向き直るおまじないとなっています。
「とかくこの世は世知辛い……。」
少女はこの世界で生きていきます。
「それでも…………。」
―*―*―*―*―*―*―*―*―
「ヒロさん……。」
ヴィジランテの集会所。その屋上で1人佇んでいるヒロの元にアドミンが顔を出した。
「どうした?お前が屋上に顔を出すなんて珍しいな。人形の件か?」
「そうです。ヒロさんに頼まれた物を出来るだけ仕入れました。」
「12時間。早かったな。上出来だ。」
「ありがとうございます。それで……その中でも気になる物がありまして。それをこれから彼女と面識のあるジョヴィアルと下で検証する事になっているのですが、ご一緒にいかがです?」
「そうだな……。行くとしよう。」
階下にあるヴィジランテの情報処理室とでも言うべきだろう、様々な端末が設置されている部屋へと降る。
ここにある物は殆どがアドミンが持ち込んだ物で、彼が普段情報収集を行っている場所だ。
「ヤッホー!ヒロ君も来たのー?やっぱり小さい子に興味があったりして。」
フルーツタルトを頬張りながら、嬉々として諧謔を弄するジョヴィアルに、ヒロは恐ろしい程の蔑視の眼差しを向けた。
「ひっ!!!ごめんなさい……。」
「ハァ……相変わらず空気の読めない男ですね。その冗談はヒロさんに通用しないと経験済みでしょう?昔不用意な発言で散々虐められてたのを忘れたのですか?」
「調子乗りました……。」
「もう良いからとっとと始めるぞ?」
アドミンがPCを操作し、とある動画の再生を始めた。
「気になったのはこの少女で、かなりの数の作品が出回っています。これは初期の作品で少しエグいですが我慢して見て下さい。」
「あっ!この子似てるよ!この前見た時より大分幼くてガリガリだし顔色も悪いけど、顔の造りや髪の特徴なんかはそっくりだ!」
「これはその筋では有名らしいです。あちらの少女性愛者には大変人気で、各国の政治家等にも御用達だった様です。」
「販売元は?」
「情報によると出始めたのはウクライナ。その中のとある大富豪の名前が挙がっておりますが、本人が既に死亡しているため真相は不明です。」
「ウクライナ……。モルドバともルーマニアとも国境を有する国か。アルも似てると言ってるし当たりだな。」
映像はやがて過激になり始める。
「うわ……これ酷いよ。」
まだ"行為"に慣れていない少女はあまりの痛みに中断を懇願しているが、相手の中年男性はお構い無しにその"行為"を続ける。
「実際に客を取らせ、その様子を撮影していた様です。ですので男性の方は何処ぞの大物。その証拠に男性は極力映らず、顔は一切出てきません。正体がバレるとよろしくないのでしょう。」
暫く誰も言葉を発する事が出来ず、少女が折檻に発展した状況に泣き叫ぶ声だけが部屋に響いていた。
不意にヒロが映像を止める。
「もう沢山だ……。これ以上観てられない。」
「おや?冷酷無比と言われた男も繊細な面があるのですね。」
「茶化すなよ。こんなクソの様な暴力映像を観たい奴なんてイカレ野郎以外居ないだろう。」
「その通りさボス。」
いつの間にかヤンクも後ろに居た。
「あなたも観てたのですか?」
「あぁ。最後の方だけな。オレの国でもPedophiliaは肥溜めみたいな支配欲の塊で、そいつらはガキを簡単に手懐けるために暴力を振るう。実際に子供に手を出す奴はクソ野郎と相場が決まっているが、Euroの闇はもっと深そうだな。」
「東欧の貧しい国では人身売買が平気で行われています。白人が白人を買う。そんな時代になってしまったのです。」
「いつの時代も無駄に金や権力を持っちまったWhite supremacismが1番質が悪いのさ。」
「とにかく人形の正体は掴んだ。何故今はあんな事をしているのか分からんが……。」
「ボス……こんな事件は必ず裏で悪党が絡んでいる。それも飛びっきりのFiendがな。」
「あぁ分かっているさ。アドミン。彼女の経歴から今のパートナーの情報を辿ってくれ。」
「かしこまりました。」
「それと……。」
「何でしょう?」
「どうやってこの映像を見つけた?未だ販売されてるって言うのか?」
「恐らくは……。私はロシアの会員制闇クラブのウェブサイト。そこに侵入し、アーカイブスから引っ張ってきました。」
「潰せるか?」
「え!?」
「この映像。それから関連する全ての映像をこの世から潰せるか?」
「正直1度インターネット上に流れてしまった物を全て潰すのは不可能です。ですが…………。」
「よろしく頼む。」
アドミンの口角が上がる。
「……御意。」
彼の底知れぬ能力は時に大いなる力となる。
「手の空いている者は全員引き続きその足で人形を捜索させろ!ヤンク!お前が陣頭指揮を取れ。オレも後で出る。」
「了解だボス!」
「さっさと終わらせるぞ!余所者に鬼棲街の流儀を教えてやれ!!」
「「「Sir, yes sir!!!」」」