Episode 122
イースト・エンドにある寂れた8階建ての建物。そこにヴィジランテの面々が集まりつつあった。
「アドミン。ご苦労だった。よく発見したな。本体は逃したが大きな収穫だ。」
「偶々ですよヒロさん……。」
アドミンは相変わらずニヤけ顔を崩さない。
「お前の"偶々"は何回あるんだろうなぁ?」
「そんな事今はどうでも良い問題です。それより早く中へ。あまり見て気持ちの良い物ではないですが……。」
木造で造られているその建物は、雨のせいかカビ臭さに混じり生臭さも運んで来る。
イースト・エンドと言うこともあり、肝試しに来た不良共も裸足で逃げ出してしまいそうな不気味さを漂わせているこの場所は、正に"幽霊"の巣窟と言われても差し支えない雰囲気だ。
「僕ここ何か嫌だなぁ。帰っても良い?お化け出そうだし……。」
「子供の様な事を言わないで下さいジョヴィアルは。」
ギシギシと軋む廊下を進む。
腐りかけの床はいつ抜け落ちてもおかしくはない。
やがては目的の最上階の部屋へと到着する。
「Yo!ボス!それに皆んな!こっちだ。」
部屋の前で待つ男。
彼もまたヴィジランテ幹部の1人。
「お待たせしましたヤンク。すみませんねぇこんな場所に1人残してしまって。」
「良いって事さ。綺麗なBlondの幽霊とダンスでも出来るかと思ったんだがね。良く良く考えりゃここ日本でそんなの出る訳無いよなぁ。」
「因みに人形は噂通りブロンドだったよ?」
「…………オレに少女趣味はねぇぞ。」
早速余計な雑談を始めるヤンクとジョヴィアルにヒロは溜息を吐く。
「それで奴等は?」
「まぁ当然ながら戻って来る気配は無いわな。しかし中の捜査はまだしていない。と言うか正直あんな光景の中1人で捜査はちょっとな……。」
「いえありがとうございました。ではヒロさん。早速始めましょう。一応中に入るにあたって気持ちの覚悟はして下さい。」
「そんなヤバイのか……?」
「あぁ……ボス。あれは人の狂気を更にヘドロになるまで煮詰めたクソみたいな光景さ……。」
ヤンクが先導し、ヒロ、アドミン、ジョヴィアルがそれに続いて中に入る。
連れ立っていた補佐達は不足の事態に備えて部屋の前で待機させている。
部屋に入り、更に奥の扉を目指す。
この辺りの建物は殆どが誰かに依って違法改築された物だ。
元々は流れ者が自ら住むために改築している事が多く、この場所も例外なく住居としての構造となっている。
「臭いね……。」
「こっから先はもっと臭うぜ。覚悟してくれ。さあ開けるぞ?」
ヤンクがドアノブに手を掛け、徐ろにその扉を開けた。
「ほう……成る程な…………。」
「うげっ!!」
まだその惨状を知らなかったヒロとジョヴィアルが喫驚と嫌忌の入り混じった声を漏らす。
「ようこそ……ロバート・ベン・ローデスのトラックへ…………。」
そこには人の形をした物が2つあった。
その"元"人間の1人は床に転がり、もう1人は椅子に縛られている状態。どちらも男性だろう。
床の方は四肢が切断され、目玉、歯、鼻が全て無くなっている。
睾丸は生きている時に潰された様で、そこからは夥しい量の血液が出た事を伺わせる。
そして口には彼の物ではない切断された男性器。
椅子の方は裸にされ、まず目に付くのは全身にある切創。
手足の爪は剥がされており、1部の指は行方不明だ。
一見モダンアートの1つかと思ってしまう首から上。顔には血塗れの包帯が巻かれ、頭頂部からは針金が彼方此方へと飛び出している。
前頭骨の1部がくり抜かれ、そこに無数の針金を差し込んだ様だ。
そして下半身に付いている筈の男性器。それは床の"達磨"の口に突っ込まれている。
「犠牲者は8人だけではなかった様です。」
「物凄く臭いよ……吐いちゃいそう。」
「そうだな。これならクソが満載に詰まった便器に顔を突っ込んでた方がまだマシってモンだ。」
皆がそれぞれ口や鼻を押さえ顔を歪ませていた。
籠もった夏の室内の熱気や湿気で、椅子の遺体は既に腐敗が始まり虫も涌いているからだ。
「床の奴はまだ"新鮮"ですが、椅子の奴は少なくとも死後2日は経ってます。もしかすると我々が確認した最初の犠牲者達よりも先かもしれません。」
「酷い有り様だな。本当にこれも人形がやったと?」
「推測上はそうなります。ここは人形の拠点だった。」
「根拠は?」
「そこのテーブルの下にノートが残されていました。これです。」
アドミンがポケットから小さなノートを取り出す。
「私が最初にここに踏み込んだ時に発見しました。恐らく私達の動きを察知して慌ててここを放棄したのでしょう。」
「これは……日本語とロシア語?それと……?」
「もう1つはルーマニア語です。」
「ルーマニア???それまた日本ではマイナーだな。」
「ひとまず人形の出身地の推測は置いといて、文字を見て何か感じませんか?」
「おいアドミン!オレにそう言う話し方は止めろ。結果だけ分かれば良いんだ。」
「…………そうでした。これヤケに可愛い文字だと思いませんか?まるで"文字を覚えたての女の子"が書いた様に。」
「言われてみればそう見えるね!」
「どの世界でもShawtyは可愛い文字になりがちだ。」
「それからここ見て下さい。この捕捉的に書かれているロシア語。これだけ書体が違います。恐らく書いた方が違うと思われます。」
「あぁ本当だね!これは男性っぽい文字だよ。」
「えぇ。ですから私の推測はこうです。読み書きが得意でない人形が彼等に拷問を行いつつ、日本語を含めた勉強もしていた。恐らくルーマニア語が母国語の少女です。それに少なくともロシア語を使う仲間が1人いる。これは彼女等の情報にも一致します。そしてその人は男性で教養のある可能性が高い。」
「推測か?お前のそれは確信ではないのか?アドミン?」
「えぇ。実は99%正しいと思っています。ここは首狩り人形の拠点でした。」
「分かった。お前がそう言うのなら信じよう。」
ヒロが仕切り直す。
「さぁ野郎共!証拠探しだ!始めるぞ!」
「「Sir yes sir!!」」
「ハァ……僕は嫌だなぁ。こんな気持ち悪いのがある中で。」
「何を言っているのです?その気持ち悪いのも我等が片付けるのですよ?」
「うへぇ……。ヴィジランテを辞めたくなってきたよ…………。」
ジョヴィアルも口ではボヤきつつ、素直に捜査に参加する。
ヒロも彼の性格は熟知しているので、特にその軽口を咎めたりもしなかった。
「しかしその椅子のパイナップル野郎を殺した後に2日間もここに住んでたんだろ?そいつらは。」
「でしょうね。今日まで使っていた形跡がありますから。」
「だとしたら相当オツムがぶっ飛んでる奴等だな。」
「まぁこんな拷問をする時点で正気とは思えません。」
「ご尊顔を拝んでみたいぜ。」
「凄く可愛らしい女の子だったよ!目はイっちゃってたけどね。」
「…………そうか。寒気がするな。」
部屋はそれ程広くはない。拷問が行われたリビングルームと、後はバスルームとキッチンだけだ。
4人も居ればすぐに捜査は終わるだろう。
「皆でここを探しても効率が悪い。手分けするぞ。ヤンクはキッチン。アルはバスルームを見て来てくれ。」
「あいあいさー!」
「了解だボス!」
「やったねー!ここよりか絶対にマシだよぉ!」
「早く行け!」
「はーい!」
2人はそれぞれの持ち場へと向かった。