Episode 121
反省をしつつも懲りる事無い俺の性分は自然と次の目的地も飲み屋へとなってしまう。
まぁ仕方無いさ。おっさんだもの。
そう自分に言い訳をしながらも馴染みのある店へと足を踏み入れた。
看板も何も無い、果たして店と呼べる程かも分からないくたびれたビルの1部屋。
今も営業を続けている無口なマスター。
出しているのは安っぽい味のする酒ばかり。値段も相応に安い。
そして客は数名。
中には餓鬼共やアンブラも居るかもしれない。だが誰も素性は聞かない。
昔は彼方此方にこの様な安く酒が飲める店があった。
当時は鬼棲街の金回りも悪かったので、それでも酒を飲める連中は金持ちの部類に入っただろう。
そのせいで酔った住人を狙ったドルギースの強盗殺人が横行し、ヒロは店を認可制にしてなるべく西側に集めた。
イースト・エンドに近いこの店は認可を取らず闇営業している。
確かに治安は格段に上がったが、俺としてはこの場末感も嫌いじゃあない。
何よりこの互いに干渉しない空気感が俺には合っている。
一方ダウンタウンは常連が集まり、顔見知りのコミュニティーが出来てしまっているので、殆ど外の飲み屋街と変わらない状況になりつつある。
結局人と上手く接する事が出来ないコミュ障の俺は賑やか過ぎる場所は落ち着かないのだ。
だがやはり俺は何をしているんだ?
本当に今日は呑んだくれて終わりそうだ。
しかしこのまま帰る訳にもいかない。
どうしよう…………。
「悪いが今日は店終いだ。」
酔いも大分回った頃、気付けば何やら外が騒がしい。
ヴィジランテがこの付近に集まって来ている様だ。
許可の無いこの店が営業を続けるのはリスクが大きいのだろう。
半ば追い出される形で店の外へと出る。
辺りはすっかり暗闇に満ち、再び雨も降り出していた。
他の客達はぞろぞろとその闇へと消えて行く。
アイツ等は大丈夫なのだろうか?
まぁこんな店に来ている連中だ。襲われない自信があるか、人生を捨てた様な奴しか居ないだろう。
俺は…………。
酔い冷ましの意味もあり、自宅には帰らず付近を歩き回る。
ヴィジランテが集まっている状況で襲われる確率は減る。
もし襲われた所で相手は餓鬼共だ。能力も経験も俺が上。それに銃もある。実弾ではないが……。
寧ろヴィジランテに捕まらない様に注意する事の方が重要だ。
10年前の面影は殆ど無くなってしまった路地に懐古の気持ちなど持てる訳も無く、何処か寂しさを感じながら只ぼんやりと歩いていた。
何があったのだろう……彼方此方でヴィジランテが走り回っている。
下手をしたらこれはヴィジランテ総出なんじゃあないか?
銃声も聞こえていたし……。
まさかダウンタウンでの乱闘が大事になっているなんて事は……。
その時突然目の前に佇む小さな人影を捉えた。
雨を避ける訳でも無く只その場に立っている。
不審に思いながらも、最初に思ったのは"綺麗なお洋服が台無しだなぁ"などと言う呑気な物だった。
その者が身に纏っている黒と白のヒラヒラした洋服は汚れに塗れ、所々が破けている。
左腕と下腹部で血を流しているし、擦り傷切り傷も多数見られる。
女の子だ……。まぁ何があったかは大方予想がつく。
だがここは弱肉強食の鬼棲街。
助けてやる義理も無いし、無責任に捨て猫を拾う様な真似もしたくは無い。
俺は視線を合わせる事も無く、無言でその子の横を通り過ぎた。
彼女の方から何かを訴えて来る事も無い。
もう受け入れてしまっているのかもしれない。こんな事はこの街では日常茶飯事だと……。
これで良いのだ。一々気にしていたらキリが無い。
しかし…………。
ふと足を止めてしまう。
その瞬間に背後から言い知れぬ途轍も無い殺気を感じた。
!!!
振り返った時には何処から取り出したのか、先程は見当たらなかった大きな斧のその刃先が自分目掛けて飛んで来ていた。
しかし俺はその状況に安堵する。
何だよ。そういう事かよ……。
右手で軽く叩き落とすと、その子は目を大きく見開き驚いた表情を見せた。
少女にしては速く重い1撃だったが、所詮は餓鬼。どうって事は無い。
その少女は斧を捨て、後ろに飛び退くと不気味な笑顔を浮かべる。
「強いわね。アナタこそもしかして……。」
「ハァ……。今度は餓鬼共も囮を使って情に訴える作戦を始めたのか?だが相手が悪かったな。仲間は何処だ?見てるんだろ?」
今度はキョトンとした表情。
「……なかま?」
「しかし質が悪い囮だな。少女のレイプ姿なんて流石に俺も見たくないぞ。」
「そう言えばご主人さま……。」
少女が辺りをキョロキョロ見渡す。
「何だ?仲間に見捨てられたのか?今は餓鬼共の仲間意識も低くなってんのか?」
「世知辛い……。」
「お……おう。そうだな。」
何だこの子。
今度は無表情でそう言い放つこの子は少し変に感じる。
「まぁ大人しく仲間の所に帰んな。今日はヴィジランテが多いからな。」
そう言って目線を逸した瞬間に少女は俺の足元にある斧目掛けて飛び付いて来た。
俺は柄を足で踏み付けそれを阻止する。
「何やってんだ!お前は俺に勝てない。早く帰れ!!」
そう言うと少女は恐ろしく無感情な視線で俺を下から見上げた。
「世知辛い……。」
何かこの世の物を見ていない感じがした俺は足の力を少し弱めてしまう。
そして次の瞬間には少女に斧を奪われ、それは再び俺へと目掛けて振り下ろされる。
ガシッ!!!
今度は左手でしっかり柄を受け掴んだ。不思議に思ったのは先程の様な重みが無い。
それに掴んだ時に柄から伝わった振動。この感触は……。
だが少女は俺から斧を奪おうと頻りに柄を引っ張っている。
「ウチが……ウチが……。」
やっぱりこの子何処かおかしいのか……?
「はなして……。」
「おい止めろよ!お前腕が……。」
「うるさい!」
「…………。」
興奮状態の獣は話にならない。
「返したら大人しく帰るか?」
「またアナタをおそうわ。」
「なら返せる訳無いだろ……。」
「はなしてっ!!!」
強気の態度とは裏腹に少女の力はどんどん弱まって行く。
ぐぅぅぅぅぅぅぅぅ!
突然少女の腹が鳴り、その場に蹲る。
「目の前にいるのに……。おなかすいた……。ご主人さま……。」
「お……おい!」
ついには倒れてしまった。
…………。
やれやれ何なんだこの状況は……。