Episode 11
誰かが近づいてくる気配で目が覚める。外の暗さにすぐに時計を確認するが、1時間も経過していない。
一応警戒し、いつでも銃を抜ける体勢を作る。気配は大きくなり、足音も聞こえ始める。確実にここへと近づいて来ているようだ。
ドアの目の前で足音は止まる。神経は細部まで緊張し、どんな行動でも取れるように身構える。
その気配の主はドア越しに話し出す。
「おい!ワシだ!お前さんのことだから起きているんだろ?入るぞ?」
それはよく知っているしゃがれ声だった。
入ってきたのは、年の頃は60手前、白髪に白髭を携え、右目は義眼のため動かない、いかにも怪しい人物。
しかし体の緊張を解し、見知った顔を向かい入れる。
「こんな時間に何してんだ?ジイさんは寝てる時間だろ?」
「そのままそっくり返すわ!ガキは寝てる時間だ!……いやホントに寝てたな……。」
「うるせぇ!それより何か用かよ?こんな所で。」
「ワシは元より取引の約束があったんだが、お前さんの方が招かれざる客だ。」
「まだあんなガラクタ屋やってんのか!?早く畳んじまえよ。」
「……皮肉合戦は時間の無駄だ。止めよう。それより欲しがってたアレが手に入るかもしれん。今度店に顔出してくれ。」
「態々伝えに来てくれたのか?サンキューな!」
「フン!キムラにお前さんが上で寝てると聞いたからな。ついでだ。」
美少女に言われるならまだしも、ジジイのツンデレっぽい態度とは何とも気持ちの悪いものだ……。
ベッドに腰掛け落ち着いた俺は、売買を持ちかける。
「そんな事より丁度良い、今弾は持ってるか?」
「車にそんな物騒なモン積めるわけなかろう。……何が欲しいんだ?」
「9mmパラベラムと.50 AEだ。」
「……9mmはフルメタルなら多少あるが、お主が普段使ってるホローポイントは今はない。しかし.50 AEとは……グリズリーと近距離戦闘でもする気か?」
「備えあれば何とやらってやつさ!取りあえず9mmくれ!どの位ある?」
「今持ってるのは2箱だ。もっと欲しいなら店に来い。9mmパラベラムのフルメタルならいつでもストックしている。」
「取りあえず貰おう。.50 AEの方は手に入るか?」
「東南アジアからのルートにあればいいが、他からなら高くつくぞ?」
「手に入るなら頼む。この前の注文と一緒に引き取りに行く。」
「構わんが、今この場で金を払えよ?」
「うわぁ~がめついね~。」
「人の事言えんじゃろ!払わんなら取り寄せんぞ!?」
「キムラのおっさんにも支払いがあるからな……。持ち合わせが足りないかも……。」
「じゃこの話は無かった事にしてくれ。」
「人でなし!」
「何とでも言え。ワシは金以外の味方はせん。」
「ちぇ……。仕方ないな。9mmだけ貰って帰るか。」
「そう言えばお前さん、今だにあの旧型シグ使ってるのか?」
「何だよ、悪いかよ。」
「ワシが売ってやったベレッタはどうした?」
「フン!あんな優等生倉庫行きだね!それに売ってやったんじゃなくて、処分したかっただけだろ?」
「何を言っとる。旧型のシグじゃ手入れも大変だろうと思ってだなぁ……。特にホローポイントなんぞ使っとったら余計じゃろ?その分ベレッタは手入れもし易いぞ。」
「まぁ気が向いたら使うよ。でいくらだ?」
「あっ!因みに9mmは値上げで、1箱1万5千円だ。」
3倍の値上げに、目が飛び出そうになる。
「高ぇじゃねぇか!!!」
「安く入れてた頃のストックがもう無くなった。お前さんも知っておろう。春鳥の奴らにルートをいくつか潰されたんだ。今日本で簡単に弾薬が手に入るだけありがたいと思え。」
またマッテオか……。何かとよく耳にする名前だ。出来れば仕事以外で聞きたくはない。
「商売を寄越せと言ってきやがったから、断ったら潰された。まぁワシのパイプは、新参者に乗っ取れるような柔いパイプじゃない。結局あやつらもワシを頼らずには、日本では上手く活動出来んからな。今は逆に上客だ。」
「恨まないのが凄いな。」
「恨む?とんでもない!むしろ単価を上げてくれて感謝してるくらいだ。」
「金の亡者め……。」
「人は裏切るが、金は裏切らん。だから金さえ払えば誰でも客だ。それが親の敵でもだ。ワシは誰の味方にも敵にもなったりせん。」
「クソ……ほら3万だ。」
「それと前回のツケも払え。」
「ジジイのクセに記憶力いいな。」
「払わんと弾も売らんぞ?」
「持っていきやがれ人でなし!」
「毎度!それに安心しろ。しばらくしたら値は下がる。」
「……それまでは俺も値上げするか…………。」
「弾は車だ。取りに下に来い。」
ガラクタ屋のジイさんに続いて階段を降りる。そこにはすでに、外装と骨組みだけになっている、持ち込んだ車。
ジイさんは自分の車へと向かい、暇なのでキムラのおっさんと話す。
「相変わらず仕事が早いな。」
「馬鹿言え、もう1時間だぞ?それに軽だし、遅かったくらいだ。しかし使える物は少なそうだ。オークションにかけてみるしかないな。」
「じゃあ俺の割引はどうなるんだよ?」
「次回に還元してやる。」
「マジかよ……。今の手持ちはあんま無いんだが……。ジジイに結構取られちまったし……。」
「お前の時計を担保にしてやる。良いヤツつけてたろ?」
「今日はあんたら2人に身ぐるみ剥がされる勢いだよ……。」
「何を被害者振りやがって。元々人の金で買った車だろうが!」
「そう言われればそうだ!」
「お2人さん、盛り上がってるとこ悪いが、ワシの荷物を早くまとめてくれないか?」
ガラクタ屋のジイさんが、手に紙で出来た箱を持ってすぐ帰って来た。それをお手玉のように投げて寄越す。
慌ててキャッチする俺を見て笑い出した。…………クソジジイが!
「マスターの物は全部、そこのダンボールにまとまってるぜ。今回はいくら払ってくれるんだい?」
「まあ今回は大した物は無かったな。この位しか出せん。」
指を立てて3の数字を示す。
「いくらでも良いさ。そういう取引だからな。」
「ジイさんは何を買ってるんだ?」
単純な好奇心が質問をさせる。
「こやつはウデは良いが、少し物の価値に疎いトコがあるからの~。ワシが不要品と見なされた中から、マニアに売れそうな物を探し出して言い値で買っとる。」
「おい……キムラのおっさん!このジジイに騙さてるぞ!」
「いいさ。確かに価値は分からないし、全部の品をオークションに出してる暇もないし、むしろガラクタを持って行って貰えるのはありがたい。」
「おい!お前さんまでガラクタと呼ぶな!ワシにとっては、宝の山を捨てとる方が信じられんがね。」
「じゃあ俺の車から出たガラクタも買い取ってくれよ!」
「バカ言え!あの車から出た物なぞ逆に処分料を取るわ。"おまけ"も付いとるしな、化けて出られたくないわい。」
意外にもこのジイさんが、幽霊の類いを気にしてるとは。
「……しかし仕事は順調のようだな。」
「順調で良い事なのかは甚だ疑問だけどな。」
まるで父親の様に聞いてくる。
まぁたまに気を使ってくれるこのジイさんは、やっぱり良いヤツだと思う。
「まぁあんたらみたいなののおかげで、ウチが儲かるんだがな。こんな時代だ、本業だけではとっくに潰れているさ。」
「しかしなぁ……。ワシらが普段使ってる物の中にも、"それ"が混じっとるかもしれんとなると複雑な気分だな。」
「心配ないよマスター。不純物を取り除く作業なんだから、"それ"は残渣になる。所謂カスとかゴミだな。」
「ジイさんがそんな繊細なんて意外だな。むしろ厚かましいくらいなのに。」
「やかましい!お前さん達も、弔いの気持ちくらい持ってやれ。そんな事より何か臭わないか?」
ジイさんが"元"丸帽の運送車だった物体を見つめる。
「あれまぁ……奴さん、溜まってたのかな?」
「仕方ないさ、よくある事だ。」
「お前さん達は何の話をしとるんだ?」
キョロキョロするジイさんに教えてやる。
「ケツの硬直はまだ始まってなかったって事さ。」
「Oh~shit!!!」