Episode 114
自分達はその証拠を持ち、目撃証言を更に詳しく検証する為に街の西側へと向かう。
「結構お店があるんですね!知らなかったです。それにあそこのは歯医者さんでしょうか?」
「一応この街の中でも経済はある程度回ってますからね。食品や日用品を扱っているマーケットや、レストランやバー等もちょこちょこあります。」
「あ!!この前あそこのお菓子屋さんにはミディアさんとシカさんと行きましたよ!フルーツタルトが美味しかったです!」
杏珠さんが指差す方向にPâtisserieの文字。
「あそこは姐さんが偶に行く店ですね。自分も連れて行かれた事があります。現在鬼棲街で店を続けるにはヴィジランテの承認が必要となりますので、ああやって堂々とやっている店は問題無い事が多いです。それでも隠れて商売している所もありますし、医療関係は免許など気にされないのでモグリが多いですね。」
「その歯医者さんで治療するのはちょっと勇気が入りますね……。でもそうなるとふぁくとたむはどうなんですか?私達ヴィジランテさんの承認を受けているのでしょうか?」
「あそこはですね……少々複雑で所謂"聖域"みたいになっているんですよ。入口は蛇唆路にあるのに建物自体は殆ど鬼棲街の中。それで蛇唆路をケアしているウチと、鬼棲街の番人のヴィジランテで昔揉めましてね。結局ウチが賃料をヴィジランテ側に払う事で、彼等はあのビルに干渉しないと言う事に落ち着きました。」
「はぇ~……そんな事情があったのですねぇ。」
どんな国の法律からも逸脱した地帯。
だからこそ独自でルールを作らなければ昔の様に混沌とした街になってしまう。
店が多くなってきたら間も無く西側エリアに到着だ。
このエリアはウェスト・コーストと呼ばれている。
別に海岸がある訳ではないのだが何故かそう呼ばれている。
鬼棲街は大きく3つのエリアに分かれる。
危険地域のイースト・エンド。
ヴィジランテとセナテの集会所がある街の中心地はエクスチェンジ・ディストリクト。
治安が最近では頗る良い西側ウェスト・コースト。
人が住んでるのはエクスチェンジとウェスト・コースト。それらとイースト・エンドの境、イースト・フロントからはアンブラが徘徊するエリア。
なので商業も殆どが西側で盛んで、ウェスト・コーストには繁華街もあり、唯一そこは鬼棲街でも夜に人が溢れている。
故にウェスト・コースト全体を指して、単にダウンタウンと呼ぶ者も多い。
正午までは閑散としている繁華街も、14時15時となると人が集まりだし飲食や買い物をする。
「恐らく今日も人々の噂はパブやバーに集まります。ですがオープンまで少し時間があるので、一旦休憩がてら食事でもしましょう。」
「ご飯!!!」
凄く嬉しそうだ。
自分達は露店の集まるマーケットへと向かう。
ここは大きな物では無いが食材を扱う店や、軽食を売ってる屋台が数件ストリートに並んでいる。
奥には蚤の市も併設されているが、そこにあるのは殆どが盗品だ。
「鬼棲街とは思えないくらいに活気がありますね!」
活気があると言って良い程の物かは置いといて、確かにここだけを切り取ると普通の街に見える。
辺りの景色は……変わらず暗いが…………。
「大した物は無いですが、サンドウィッチはいかがですか?」
「大好きです!!」
「では2つ購入しましょう。」
そう思ったが、ふと杏珠さんの食欲を思い出し4つ購入した。
「ありがとうございます!あのお金……。シカさんから初仕事のお給料も頂いたので。」
「大丈夫ですよ。今日の経費はちゃんとふぁくとたむに請求させて頂きますので。」
そう言って冗談っぽく笑うと杏珠さんも満面の笑みで返してくれる。
正直姐さんと言う存在が居なかったら好きになってしまいそうだ。
兄さんはどう思っているのだろうか……?
「ガルディアン。ガルディアン。」
食事も終えた頃誰かが呼ぶ声がする。
振り返るとそこには知った顔が居た。
「よう!1人で何やってんだ?」
「ちょっとこっちに来てくれ。」
彼は自分達を人の居ない場所へと誘う。
「ディアンさん。誰方でしょうか?」
「安心して下さい。彼もヴィジランテのメンバーです。」
彼の後を追いマーケットから離れる。
「今日はベストを着てないな。ヴィジランテにも非番とかあるのか?」
ヴィジランテのメンバーは幹部を除いてロゴの入った多機能防弾ベストを着ている。
「シーッ!!!」
静かにするように促され、マーケットストリートから狭い路地に入った所に立ち止まる。
「すまんな。今は潜入捜査中なんだ。オレの顔はあまり知られてないからな。」
「人形の件を追ってるのか?」
「いやそれはまだだ。オレは新型ドラッグ流通の足取りを追っている。」
「ドラッグだと?」
「何だ知らなかったのか。1週間程前から出回っている。マーケットにも売られてるかと思ったが今日は空振りだった様だ。」
「またアンブラ達か……。」
「そうなんだが、今回質が悪いのはドルギースの奴等が売人をしている。」
「そんな!ドルギースがアンブラに従っているのか!?」
「詳しい状況はまだ分かって無いが、取り締まった売人の中にメンバーが居たんだ。」
何が起こっている?
ドルギースが仲間以外の連中と手を組むなんて今迄あり得なかったのに。
「ともかくその様子だとボラカイは何も知らなそうだな。少しでも情報を持ってるかと思って声を掛けたんだが。」
「あぁすまないな。」
「お前等は何をしている?つかそっちの女の子は?」
「自分達は独自に人形事件を追っている。こちらは新しい街の住人でふぁくとたむの……。」
「杏珠です!!よろしくお願いします!えと……ヴィジランテさん?」
「シーッ!!!」
口元に人差し指を当て、辺りをキョロキョロ確認する。
「あぁごめんなさい!言ったらダメなんでしたっけ……。」
「ふぅ……まぁ良い。ふぁくとたむか。例の人がやってるんだろ?あのヒロさんやお前と昔から知り合いだって人。」
「そうだ。兄さんの名前はシカリウスと言う。覚えておくと良い。」
「分かった。しかしこんな子供雇ってんのか?そこは。」
杏珠さんは街の中だけで動く場合はあまり化粧をしない。
姐さんからはいつもする様に言われているが……。
『だってミディアさんみたいに上手く出来無いんだもーん!』
まぁ鬼棲街を出なければ問題は無い。
「コラー!誰が子供やw」
半笑いでツッコむ。
いつもボケボケの杏珠さんだが、ツッコミの時も反応が早い。
「それに雇われでもなくてシカさんと私はコンビです!パートナーです!!!」
今度は膨れっ面。
しかしその顔は余計に子供っぽく見える。
「そうか覚えておく。そんな事より人形事件を追ってるんだったな。良い事を教えてやろう。犯人はその人形ではないかもしれない。」
え?
「「な……何だってーッ!!?」」
「シーッ!!うるさい!」
「すまない。」
2人して驚いてしまった。
「言い方が悪かった。目撃されたのは女の子だが、現場には更にもう1人居た痕跡があったんだ。」
「どういう事だ?」
「通報があってオレの仲間が現場に着いた時には、女の子らしき小さな足跡と並行して歩く大人の男性の足跡が泥濘に残っていたらしい。雨のせいでその証拠はもう残っていないと思うが、現場を調べた奴がその写真を撮っているから間違いない。」
何と……。
いよいよ人間味を帯びた事件になって来たな。
「取りあえずその女の子は実在する事で確定ですかね?」
「そうですね。これだけ証拠があるのですから、少なくとも実在の女の子が関わっている事は間違いなさそうです。」
そして犯人は少なくとも2人。
実行犯も女の子ではなくその謎の男性の可能性も出て来た。
「オレから渡せる情報はそれだけだ。もし新型ドラッグについて何か分かったら教えてくれ。」
「貰ってばかりで悪いな。何か分かったら必ず伝える。ありがとう。」
「いやお前には世話になってるからな。じゃもう行かなくちゃならない。」
「頑張れよ!」
「そっちもな。嬢ちゃんも。」
「杏珠です!」
「……あぁまたな杏珠!」
「ありがとうございましたぁ!」
さてと……。
思わぬ所から新情報を得た。
やはりヴィジランテは一足先の情報に辿り着いている。
男性の方は目撃されているのだろうか?
それを確かめる為にも行くべきだ。