Episode 112
元気の良い返事を聞いた後、自分達は鬼棲街へと繰り出した。
まずは情報収集。事件の詳細はまだボラカイにも入って来てない。
本当はヴィジランテに直接話を聞ければ早いのだが、こちらの問いに都合良く答えてくれる連中ではない。
そうなるとあそこだな。
あまり気が進まないが、この街の噂が集まる場所……。
「何処に向かっているんですか?」
「はい。まずは"セナテ"と呼ばれるこの街の比較的まともな年配者が集まってる所に行きます。どの世界でも年寄りは噂話が好きでしてね、色々な情報が集まるのですよ。」
「へぇ!ワクワクしますね!!」
恐らく杏珠さんも彼等の姿を見たら驚いてしまうだろうが。
不法改築が繰り返されたビルが建ち並ぶこの鬼棲街で、セナテの集会所は珍しく平屋。
元々はキリスト教教会として建てられた物だと聞いたが、十字架や鐘楼等は備わっておらずその面影は無い。
中へと入るとすぐ広間があり、よくもまあ飽きもせず今日も全員集合している。
「おう!ガルディアン!何じゃワレいきなり来おってからに。」
入るなりドスの効いた声が迎える。
「あの……ディアンさん?皆さん普通の方々なのですよね?」
「えぇですから"比較的"まともな人達です。」
杏珠さんがビックリするのも無理はない。
中で円卓を囲んでいる10人は確かに歳を取ってはいるが、全員がそれぞれ顔や身体にタトゥーや傷痕があり、今でもガッチリとした立派な体躯を持っている。
1人1人が何処ぞのマフィアのドンだと言われても驚かない。
「久しぶりじゃのぉ。挨拶にいっこも来んからわりゃぁ。」
「申し訳無いです。これでも忙しい身でして。」
「それからそっちなぁ見かけん顔じゃが?」
「わいは知っとるで!シカリウスんトコの嬢ちゃんやなぁ?」
「わぁ!ご存知なんですかー!?嬉しいです!そうです!私がシカさんとふぁくとたむと言う、えーまぁ万事屋さんみたいな事やってます!!!杏珠とお呼び下さい!もしくはリカッシュと……あ!!違う違うw うそうそうそw 今のは嘘でーすwww」
全員がポカーンと口を開けている。
流石だ杏珠さん。
この人達相手にも引けを取らずに対応している。
「…………全く。ミディアの奴はまた変なのを引き入れたな。それでそのシカリウスの事だが、戻って来てから1回も顔を見せないな。何故挨拶に来ない?」
挨拶だって!?
10年前にあれだけ兄さんの世話になっておきながら、まだ上から目線なのかコイツ等は。
「お言葉ですが兄さんはあなた方の事など微塵程も気にしてないと思いますが?」
「何だと?」
ペイトリアーク……。
今まで黙っていたセナテのまとめ役が遂に反応した。
「ボラカイもヴィジランテも最近調子に乗り過ぎではないか?ここが無法地帯だった頃から生き延びて来た我々を見縊らん方が良い。特にお前の様な青二才が!」
無駄に歳を取った事を威厳と呼び、只椅子に踏ん反り返って全てを知っているかの様な態度。虫唾が走る。
「それは昔の話です。今は意味の無い井戸端会議をしている老害達よりか、自分達やヴィジランテの方が余程この街に貢献してると思いますがね。」
「あぁん!!?」
「兄さんの功績を考えればあなた方こそ挨拶に行くべきではないですかね?」
「そうか……喧嘩を売りに来た訳だな?」
ペイトリアークが蔑む様な目でこちらを見下ろす。
「ペイトリアーク!此奴等完全に舐めとりますわ!!」
「そうや!そうや!最近わい等はナメられとる!」
「ここが鬼棲街っちゅうのを思い出させてやらにゃいかんのぉ。」
「鬼棲街で行方不明になるのは珍しい事じゃねぇぞ?」
セナテの面々がそれぞれ立ち上がり憤慨する。
怒らせてしまったらここに来た意味は無いが、まぁサッサと切り上げて他に行こう。
どうせコイツ等には何も出来無い。
「はい!!!!!すとーっぷ!!!!!!!」
いきなり杏珠さんが叫んだ。
「ストップですよおじいさん達もディアンさんも!喧嘩しに来たんじゃありませんよ!!私達はシカさんの為に来たんです!!!」
凄い声量だった。皆呆気に取られている。
これだけの人達を一気に黙らせる程のそのパワーは正に驚異的だった。
兄さんの為……。確かにそうだった。
姐さんからも時々注意を受けていた。
自分は姐さんや兄さんの事を馬鹿にされると我を忘れてしまうらしい。
「杏珠さん……すみません。つい熱くなってしまいました。」
「もう!全くディアンさんは!お願いしますよ?」
勢いを削がれたのか、周りも一斉に座り始める。
「おじいさん達ごめんなさい。私達……そんなつもりは無かったんです。」
「…………。」
「今この街で起こっている事がシカさんにとって良くない事だそうで……。それで何でも知っているおじいさん達に協力を頼めないかと思いまして。」
「自分からも謝らせて下さい。」
ここはグッと堪えて頭を下げる。
自分の感情を優先してしまっては姐さんの右腕失格だ。
「まぁ……そういう事なら嬢ちゃんの顔に免じて話を聞こうじゃねぇかのぉ。えぇじゃろペイトリアーク?」
「…………構わん。」
「ありがとうございます!」
「それでお嬢ちゃん……。」
「杏珠とお呼び下さい!」
凄い笑顔だ……。
「えーでは杏珠とやら。何を知りたいのか教えてくれるか?」
「えと……えと……詳しい事はディアンさんお願いします。」
「はい。皆さん首狩り人形事件の事は既にご存知かと思います。」
一斉にざわざわし始める。
「もしかして……。」
杏珠さんはその発言に少し青褪めた顔をした。
「この件に関して、ボラカイは事件解決の為の全面協力を申し出ます。そこでご存知の情報を提供して頂きたいのですが。」
「成る程……。お前等の目的は分かった。しかし情報と言ってもな。事件の始まり自体が一昨日の話だし、証拠は殆どヴィジランテが回収してしまったからな。」
「それにありゃぁ幽霊の仕業って話じゃろ?」
「まさかセナテの皆さんは本当に人形の幽霊だとかお考えですか?」
「そうですよねぇ!人形の……幽霊なんて居ないですよねぇ?アハハ……ハハハ…………。」
杏珠さん……顔が笑ってませんよ?
「そんな事は思っとりゃせんわい!のうペイトリアーク?」
「ふむ……しかし現段階で人間の犯行とすると、犯人は小さな女の子、もしくは女装した男の子。そういう事になってしまうが……。ともかくそれなら連中を当たってみるのが手っ取り早いだろう?」
「何かご存知ですか!?」
「ドルギースだ。それについてはお前の方が詳しい筈だが。なぁガルディアン?」
やはりそう来るよな。
自分に一斉に注目が集まる。
「ディアンさんが?どるぎーす???」
「…………。」
「若い奴等のグループでな。そいつはガキの頃にそこに属してた。」
「そうなんですか!?それなら話は早いじゃないですか!」
「確かに自分は若い頃にあそこに所属はしていましたが、もう10年以上前の話です。未成年でしか構成されないあのチームは、当時の仲間ももう居ないですし、今のメンバーも全く知りません。自分は役に立たないと思います。」
「そうですか……。話をしに行くのも難しいですか?」
「ドルギースはヴィジランテにも、セナテの皆さんにも従いません。なので難しいかと……。」
「困りましたね。」
皆黙ってしまう。
「後我々が持ってる情報と言えば、得物は斧らしき大型の刃物が使われたと言う事だ。」
フリフリ人形スタイルの女の子に大型の斧。
日本のホラー等にありそうな設定だな。
「それと事件現場の情報もあったな。」
「詳しく教えて貰えますか?」
「そう焦るな。地図を書いてやろう。」
これは助かる情報だ。
「他に何か知っている者は居るか?」
皆一同に首を横に振る。
「今はこれくらいしか無いな。」
「いえ充分です。ありがとうございます!」
「ともかく我々もまだ探ってみよう。何か分かったらガルディアンに連絡すれば良いか?」
「では今後も協力して頂けるのですね?」
「そうしよう。」
「ありがとうございます!」
杏珠さんのお陰で丸く収まってくれた。感謝せねば。
「ありがとうございます!おじいさん達実はお優しいですね!私大好きです!!」
こういう事を惜しげも無く言うのも杏珠さんらしい。
その無邪気な笑顔にセナテの面々も満更では無さそうだ。
「その代わりと言っては何だが、今度シカリウスも連れてもう1度顔を出してくれ。悪いようにはせん。久々にあやつの顔が見たいだけだ。」
「分かりました!シカさんに話してみます。」
「おい!ビッグサム!今からひとっ走り行って来てくれるか?」
「あいつの所じゃろ?構わんぞ。」
名前の通り親指が異常に発達した男が立ち上がる。
「ありがとうございます!ペイトリアーク、ビッグサム、それに皆さんも。」
「気にするな。それから杏珠と言ったな。困った事があれば言って来い。我々はお主の力にならいつでもなろう。」
「本当ですかぁー???やったぁー!!」
跳ね上がって喜ぶ杏珠さんにそれを微笑ましく眺めるセナテの面子。
それはまるで孫娘を見守る本当のお爺さんの様だった。