Episode 111
「ガルディアン?ガルディアン居る?」
姐さんが呼んでいる。
「はい。ここに。」
姐さんが自分を呼び、それに一目散に駆け付ける。
いつもの光景だ。
「鬼棲街の事件は聞いた?」
「首狩り人形の件ですか?概要だけなら……。」
「どう思う?」
「どう思うと言われましても……鬼棲街の中でも更に異質な事件かと。」
「ワタシは殺し屋の仕業じゃないかと思ってるんだヨ。」
「殺し屋ですか?」
「さっきヴィジランテの奴に聞いたんだけどネ、首の切り方といい犯行が手慣れ過ぎてると思うんだヨ。」
確かに首切り殺人なんて普通の人間が簡単に行える事ではない。しかも数体も。
幽霊なんておかしな噂が立つのも頷けるが……。
「話によると犯人は女の子だとか。子供の殺し屋ですか?」
「その人形みたいな女の子ってのも目撃証言だけだよネ?信憑性は低いんじゃないかネ?」
少なくとも人間化した人形の女の子が他の人間を襲う。
そんな馬鹿げた事は無いだろう。
「もし仮にだヨ?今回の犯人が殺し屋だったらどう?」
「明確な目的がある。ですね?」
「そうだネ。その目的は?わざわざ殺し屋なんかがあの街に入る理由。」
殺し屋って事は誰かに雇われている訳だ。ターゲットを殺す為に。
ターゲット…………!!?
「もしかして兄さんですか!?」
「その可能性は充分にあるヨ。ユージーンがあの街に居る事はとっくにバレてる。刺客が入り込んでもおかしくはないヨ。」
「ではこの件は自分達も?」
「他人事じゃないネ。あのバカそれに気付いてるか分からないけど、何とかしないときっと今晩も犯人は動くと思うヨ。」
兄さんの事だ。巻き込まれるまで何もしないだろう。
「それならば自分が兄さんを手助けしに行きます!」
「頼める?アイツはいつもワタシが言っても腰が重いから。」
「もちろんですよ!それよりボラカイを少しの間離れる事になりますが大丈夫ですか?」
「ここの事はワタシに任せてパパッと解決してきちゃってヨ。」
「分かりました。行ってきます!」
「お願いネ。」
先程杏珠さんを見送りに行ったばかりのふぁくとたむへ向けて再び蛇唆路を進む。一昨日から続いていた雨は幸運にも一旦退いていたが、空には相変わらずどんよりとした雲が広がる。
最近ではあまり鬼棲街にも顔を出さなくなっていたが、兄さんが戻ってからは毎日の様にこの路を通っている。
久々に住民とも会話し、現状の話なども聞けてこれはこれで良い事なのだが、やはりその分ボラカイの業務には遅れが出てしまう。
「自分にも助手みたいなのが居れば……。」
叶わぬ願いを口にしてる間にふぁくとたむのビルの前に着く。
2階のオフィスに向かい呼び鈴のボタンを押すが返事は無い。
今さっき杏珠さんを届けたのに不在か?
それとも上の階に居るのだろうか?
何とは無しにドアノブに手を掛けると、ドアはすんなり開いた。
全く不用心な!
兄さんは杏珠さんを能天気だと言うが、自身も相当な物だ。
恐らくそれには気付いていない。
と一歩踏み出した瞬間に嫌な気配がして足を止めた。
カチャ……ヒュン!……トス。
前言撤回。
足を置く筈だった場所にはクロスボウの矢が刺さっている。
「わー!!!ディアンさん大丈夫ですか!!?」
奥から杏珠さんが慌てて顔を出す。
「あの……これは一体…………。」
「ごめんなさい!!!シカさんが居ない間罠を仕掛けるとかで、外から開けると作動する様になってたみたいです。」
「ハハハ……危なかったですね。」
「ハァ……無事で何よりでした。でもベルを鳴らして貰えれば良かったのに。ちょっと奥でゲームしてたものですから、ディアンさんの音を聞いてなくて……。」
音?
「それがボタンは押したのですが……。」
「うっそー!ごめんなさい!壊れてしまったのですかね……。」
「ちょっと見てみましょう!」
音が鳴る筈のスピーカーを開けてみる。
「あぁ……これは古いタイプで電池を交換しなければいけないみたいですね。後で店に帰ったら換えの電池を持って来ます。」
「本当ですかー!?ありがとうございます!!」
しかし罠が威嚇用の物で良かった……。
強盗等にはこれで充分な効果がある。
もし仕留める為に設置した物だったのなら自分の病院行きは免れてない。
不用心ではないことが分かったが、ドアベルが鳴らなければ自分の様な来客に被害が出るだろ……。
やはり兄さんは抜けている。
「所でさっきの今でどうしたんですか?シカさんにご用ですか?」
「そうなんですが……お話によると不在の様ですね。」
「私が帰った時にシカさんのお友達がいらしてまして、私は挨拶だけしてシャワーを浴びてたんです。そうして戻ったらお友達はお帰りになっていて、シカさんも野暮用で出掛けて来ると。」
兄さんに友達?
「何か遊びに行く様な雰囲気でも無かったですし、罠まで仕掛けて……何かあったんですかね???」
来客の後に用事とは……。
もしかして兄さんも人形事件の事を知って動いている?
自分達が心配する必要も無かったか。
「大丈夫ですよ。心配しないで下さい。」
いや兄さんがこの事件の件で動いてるとは限らない。
やはり自分も単独で捜査をするか。
「兄さんが居ないのなら自分の用事もまたにして帰ります。杏珠さんは入口に鍵を掛けておいて下さい。次の被害者が出ない様に。」
「ディアンさん……噓吐いてないですか?」
えぇ……っと。
「どうしたんです?嘘とは?」
「またシカさんの身に何か起こってるんじゃないですか?」
杏珠さんは察しが良いな。
「それは心配し過ぎですよ。ほら!兄さんって偶にフラーっと何処かへ行く時あるではないですか。」
「ではディアンさんは何の用事で来たんです?」
「姐さんからの伝言がありまして。」
「それならいつも電話かメールで済ませてますよね?」
「…………。」
「何でなんです?」
「すみません……本当は兄さんと話したい事がありまして……。でも大した事では無いのでまた今度にして店に戻ります。」
「では電池はすぐに持って来て頂けるのですか?」
「…………。」
切り返しが早い。
付け焼き刃の嘘では通用しないか。
「本当の事を言って下さい。折角のパートナーなのにこの前の仕事にも連れてって貰えなかったですし……。」
しかし本当の事を言ってどうする?
恐らく杏珠さんは付いて来てしまう。
自分が勝手に連れ回す訳には……。
「うわぁぁぁぁぁぁん!!」
!!!
「そうやって黙ってしまうなんて……ディアンさんも私を除け者にするんですかー!?シカさんが危ないのにまた何も出来無いなんて……。」
駄々を捏ねると言うより落ち込んでしまっている。
「お願いします!!お役に立ってみせますからぁ!!本当の事を教えて下さい!!!」
とても真剣な目だ。
普段から子供扱いしてしまっていたが、それはとても失礼な事なのだと感じてしまう。
「仕方が無いですね……。」
「わぁーい!!やったぁー!!!」
いや……やはり子供ではないか…………。
しかし兄さんは言っていた。もし杏珠さんが居なければ、亜美さん救出作戦の際に死んでいたかもしれないと。
それならば……。
「実は兄さんの命に関わるかもしれない事態が起こっています。しかしそれは只の予想の段階でまだ分かりません。それを調査する為に来ました。ですが兄さんが居ないので自分1人で鬼棲街に行こうと思ったのですが……。」
「私にも手伝わせて下さい!!!」
やはりそうなるよな……。
「相手は殺人鬼です。」
「え!?」
「危険が伴いますよ?」
「が……頑張ります!」
「本当に覚悟はお有りですか?」
「…………。」
言葉を詰まらせてしまう。
「やはり杏珠さんはここでお待ち頂いた方が……。」
「よし!!!!!」
!!!
な……何だ?
「どうしたんです……?」
「え?w 何でも無いですよーwww 気合を入れただけです!」
えぇ……っと。
「何の覚悟だとかはよく分かんないですけど、私はシカさんに選んで頂いたふぁくとたむの相方です。シカさんが困っているなら力になるのが当然の役目だと思います!」
ガッツポーズでやる気を表現する杏珠さんに口元が綻ぶ。
「そうですよね!ならば一緒に行きましょう!」
そうだ。自分だって何の覚悟なんだか分からない。
兄さんの力になりたい気持ちは理屈ではないのだ。
自分も……そして杏珠さんも。
「はい!!!!!」