Episode 110
灯りも乏しい丑三つ時の鬼棲街。
草木は眠るどころか降り続ける小雨にその身を揺らし、闇夜の不気味さをより演出している。
「違う……。」
道端には転がった3体の首無し死体。
死後間も無いその内の1体はピクピクと痙攣を起こしている。
その傍らに立つのは、その状況にそぐわない黒いフリフリの衣装を着た小柄な殺人者。
右手には鮮血に塗れた身の丈程もある戦斧。
「アナタじゃない……。」
刈り取った3つの首を左手1本で持ち上げ、その1つ1つを舐め回す様に観察している。
断面からは抜け切っていないまだ真っ赤な血液が雨に濡れた地面に滴り落ち、辺りには生臭さと鉄の臭いが立ち込めていた。
「世知辛い……。」
興味の対象から外れたその首を投げる捨てると、苦笑を浮かべ殺人者はそう呟いた。
―*―*―*―*―*―*―*―*―
「殺人人形の幽霊!?」
予定より梅雨明けが少し早まり、今晩から明日に掛けて集中的に降った後に晴れるだろうと、俺にとっては願っても無い天気予報を聞いた7月17日。
その晴れやかな気持ちをぶち壊す様な胸糞悪い話を聞かされる。
「違うよ!首狩り人形だよ。」
その話を持って来た人物がアレなのだが、完成したふぁくとたむのオフィスで呑気に寛いでいる姿に呆れる。
「同じ事じゃあないか!」
あー言えばこー言う。ふぁくとたむはアホのアルの来訪を受けていた。
まぁ理由は俺が昨日水羊羹を届け忘れたせいであるのだが……。
「いやそれは蛸の足から上を胴体と呼ぶか、頭と呼ぶかくらい違うね!」
意味が分からない例えで返された。
元々この男に言い返す事自体無駄な行為。
「ただいまですー!!!」
その時タイミング良くミディアの所に遊びに行っていたアンジュが戻る。
「シカさん!お客様ですかー!!?しまったぁー!!!折角の記念すべきお客様第1号だったのに……。悲しみあるぅ。」
今日も帰って来るなり騒々しい。
「第1号って……もうふぁくとたむとして2回仕事しただろ。」
「いえこの事務所に直接来て頂いた初めてのお客様ですよ!」
「あぁそれなら安心しろ。コイツは客じゃあない。聞いた事あるだろう?ヴィジランテの1人で名前はアルだ。」
「ジョヴィアルです!!!よろしくねー!」
「アルさん!初めまして杏珠です!よろしくお願いします!」
「杏珠ちゃん!良い名前だね!僕のアルってニックネームとも似てて親近感湧くよ!」
いや"ア"しか合ってないだろ。
「本当ですね!アルさん!これからも似た者同士よろしくお願いします!!」
コイツ等2人放置すると、ボケの核融合反応でも起こしそうな勢いだ。
「ともかくシカさん!お茶くらい出しましょうよ。特に和菓子召し上がってますし……。」
確かにアルは耐え切れずにこの場で水羊羹を数個食い散らかしている。
「そうだそうだ!お茶も出ないのかここは!!和菓子とお茶は切っても切り離せない存在だぞ!!」
頼むからお前は黙っててくれ。
「つかアンジュ。この家にお茶など無いぞ?コーヒーメーカーだって未だ一式揃ってなくて、飲むのにボラカイまで集りに行ってると言うのに……。」
「あっ!!!!!そうでしたw」
ハァ……能天気2人を相手にするのは疲れる。
「あ!でも飲みかけのジュースで良かったら冷蔵庫に入ってますけど!」
「良いね!貰いましょう!」
やっぱりコイツ等に共通するのは子供っぽさ。
どっかで成長が止まったのだろうか。
「さて……何の話をしていたっけ?」
来客用のソファーに全員落ち着き、話を本題に戻す。
「首狩り人形の幽霊だよ!」
「あぁそうだった。」
「えっ!?もしかして怖い話ですか?」
「まぁ怖いっちゃ怖いかなぁー!夏だしね!」
「アンジュは怖い話駄目か?」
「全然全然!!そんな事無いですよ!!!」
目が泳いでいる。
「あ!!でも今日は沢山汗を掻いたなー!チョット臭っちゃうなー!アルさんもお見苦しいかと思いますのでシャワー浴びてきます!」
駄目なんだな。
アンジュはそそくさと上へ向かう。
「ではアルさん!後程……。」
「はーい!」
アンジュが抜けると幾らか静かになる。
「でその人形がどうしたって?」
「一昨日の夜にね、黒いフリフリのドレスを着た女の子が人間の首を刈ってるのを目撃した人が居てね。彼が言い触らすモンだから昨日から鬼棲街はその話題で持ちきりさ!」
「何だそりゃ。フリフリ?」
「そうなんだよ!まるでフランス人形をそのまま大きくした様な格好だったらしくて、皆は首狩り人形の幽霊だーって言ってる。」
「何処にでもある只の怪談話だな。」
「ところがどっこい!!」
ところがどっこい……今日日聞かない表現だ。
「本当に被害者が居るのさ!一昨日は3体も首と胴体がさようならした死体を回収してね。」
「ヴィジランテがか?」
「そうだよ。だからこれは本当に起こった事だと言える。」
「…………。」
「それからまだ続きがあってね。昨夜も5体発見されたのさ!だから今日に至っては住民は戦々恐々、ヴィジランテも警戒を始めている。」
「餓鬼共の中に途轍も無い奴が現れたんじゃあないか?犯人は子供だったんだろ?」
「確かに犯人は小さな女の子って目撃証言だけどね。でもドルギースの仕業じゃない証拠がある。」
「何だよ。」
「それは最初の被害者3人はドルギースのメンバーである事が確認されたんだ。」
餓鬼共が唯一持っているルール。
身内には手を出さない。
「しかも僕も死体見たんだけど、何て言うか……切り口が凄く綺麗だったんだ。アドミンも『これは一刀両断ですね』って言ってた。人の首を切り落とすのって難しいんでしょ?」
「確かに熟練された腕が必要だな。」
「でしょ!?もしドルギースがやったとしたら彼等の練習台は?今までも首切り死体が出ててもおかしくないよね?それにいくら何でも残酷過ぎるよ。」
「つまりお前が言いたいのは……。」
「そう!"外"でそういった経験のある者。」
"アンブラ"か…………。
「僕達はアンブラの中にヤバイのが発生したと睨んでる。まぁ目的は不明だけどね。」
そう考えるのが妥当だな。
しかしアンジュが居なくて良かった。
今の話を聞いていたら卒倒しそうだ。
「で?何でそんな話を俺にしたんだ?」
「それはーえぇっと……手伝ってくれないかなーって!」
「何を?」
「犯人探しを。」
「断る。」
「即答!?ちょっとは考えてよ!」
「考えるまでもない。何で俺がそんな危ない奴と関わらなくちゃあいけないんだ?」
「お願いだよー!ヴィジランテは今別件も追ってて手が足りないんだ。」
「別件?」
「また新型の脱法ドラッグが出回ってる。」
「そっちもアンブラ案件か……。」
「そうなんだよ!アイツ等下界で売る前にここの住民でテストするからね。」
昔から変わらずか……。
「どっちも疎かに出来ないでしょ?だからお願い!」
「だが断る。」
「何でさー!!」
「金にならない事はしない主義なんでね。」
「人でなし!」
「分かった分かった。だから水羊羹持ってとっとと帰れ。人手が必要だって言うならここで油を売ってると怒られるぞ?」
「もう!けちんぼ!!」
それも今日日聞かないな……。
「帰ったらヒロ君に言いつけてやるんだからね!」
いや俺は悪い事は別にしてないんだが……?
「はいはい好きにするが良い。」
「シカリウスなんかあっかんべー!!!」
そう捨て台詞を吐いて、大量の水羊羹を抱えたアルはオフィスを去る。
しかし今日は死語のオンパレードだ。
何処で覚えたのやら。
「首狩り人形か……。」
誰も居なくなったオフィスで何となくその異名を口にした。
「女の子……ねぇ…………。」