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Episode 108

「この辺りはもうイースト・フロントだよ。」

「そうみたいだな。」


エクスチェンジ・ディストリクトと呼ばれている中心地とイースト・エンドの境界。

10年前と様相は変わってしまったが、この肌に纏わり付く様な無機質で、重くネットリとした空気は変わらない。

この淀んだ空気が人々の悪意を集めるのか、鬼棲街の中でも治安は最悪だ。


「日没まで30分も無いと思うけど……。」

「あぁ分かってる。」

「その後は悪いけど僕も手伝えないよ?命が無くちゃ水羊羹も食べられないからね。」

「心配するな。そうしたらお前は帰って良い。」

「心配するな……か。流石英雄様は言う事が違うね。」


そりゃ俺だって余計な苦労はしたくない。

でも30分で彼は見付かるか?この迷路の様な場所で。

こんな時アンジュが居てくれたらすぐにでも片付くんだが……。


俺達は廃墟の集合体であるイースト・エンドでの捜索を始めた。

本当は2手にでも別れた方が効率が良いが、この場所ではその限りではない。


「また僕の知らない道や建物が出来てる。アドミンに報告しないと。」


ここには"正式な"住民は居ない。

この区画には上下水道や電気といった設備が通っていないからだ。

戦後暫くは人が住んでいた様だが、徐々に設備の整った西側へと集まる様になり、打ち捨てられた廃墟群と化した。


それでも居る筈の無い住民は未だ存在している。あの老人の言っていた"連中"。

増築され続ける建物や道がその証拠だ。

現にここから見えるあの"タワー"も10年前より数段高くなっている。


曇天からも辛うじて街を照らす陽光は建物の陰に入り、暗闇を(もたら)し始める。

雲に反射した赤い夕暮れの光だけが何とか辺りを照らしていた。


「シカリウス。帰りの時間も考えなきゃだよ?」

「分かってる。後10分して見付からなければお前は戻れ。」

「僕を薄情者に仕立て上げたいのかい?」

「こんな状況なら誰も責めやしないさ。」

「もう…………。」


まだ辺りに人の気配は無い。

俺達は急ぎつつも慎重に進む。


鬼棲街の道は基本的に狭いが、イースト・エンドのそれは人2人がギリギリ擦れ違える程度しかない。

道と言うより全てが路地。そんな雰囲気だ。

また数mおきに別の路地と交差し、誰といきなり遭遇してもおかしくない。


そんな事を考えていた矢先……。


「「「あっ!!!」」」


3人の声が揃った。


「シカリウス!!確保ぉ!!!」


空かさずアルが叫ぶ。


「お……おう!」


何故お前に命令されなきゃならないんだ……?


取りあえずソイツを捕まえる。

その男……劉は交差する路地からひょっこり顔を出したのだ。


「すいません!すいません!」

「やっぱり故意に逃げたな?何でだ?」

「…………。」

「まぁ言わなくても察しは付いているがな。」

「お願いします!行かせて下さい!!危険なのは分かっています。そこは自己責任で誰にも迷惑は掛けませんので!」

「ダメだ。アンタがボラカイに依頼し、それを俺が受けちまった以上もう自己責任で済む問題じゃあないんだ。」

「…………でも止めないと。」

「何だ?」

「ハオランを止めないと…………ッ!!」


バチチッ!!!!!


突然劉が倒れる。


「このアホォォォォ!!!お前何やってんだ!」


アルがスタンガンで劉を気絶させていた。


「こっちが何やってんのか聞きたいよ!周りが見えてないの!?こんなトコで話し込んでる暇なんて無いよ!!」


辺りは殆ど闇に染まっていた。


「とにかく走るよ!その人担いで!」

「ちょ……。」

「良いから早く!僕より力あるでしょ?近道するから付いて来て!!」

「お……おい。」


有無を言わさずアルは走り出す。

俺は急いで劉を担ぎ上げ、必死に後を追った。


ここの所筋トレをサボっていたからな。

成人男性1人を抱えて走るのは流石にしんどい……。


アルとは言っても今はヴィジランテだ。

的確な道選びで僅か数分の内にイースト・エンドは抜けた。

振り返ると不穏な空気はより一層濃さを増している。


「アル!!このまま出口まで最短で行けるか!?」

「任せて!」


最悪を抜けたと言ってもここは夜の鬼棲街。

のんびりしていては命の保証など無い。


「俺1人ならなぁ……。」

「ん?何か言ったかい?」

「いや何でも無い。」


アルは怪しい奴は全て蹴り飛ばすと言う強行手段を取りながら、それでも俺達を可能な限り素早く出口まで案内してくれた。


「ふぅ……。正直助かった。サンキューアル!」


何事も無く帰って来れたのはコイツの働きが大きい。


「お安い御用だよ!それより水羊羹忘れないでよ?明日だからね?明日!」

「分かった分かった。ちゃんと仕入れてやるから。」


そろそろ劉が目を覚ます筈だ。

また逃げ出さない内にボラカイに連れて行かなくちゃあな。

きっとまだアンジュもそこに居るだろう。


「あ!!!!!」


突然アルが大声を上げる。


「何だよやかましい。」

「僕1人でどうやって帰ればいいの??」

「ハァ!?帰る方法があるからここまで見送ってくれたんじゃあないのか?」

「無いよぉ……。」


やっぱりアホだコイツは。


夜の鬼棲街はヴィジランテでも単独で行動はしない。

数名を除いては…………。


「付いて来てよーシカリウスー!僕怖いよー。」

「こっちは依頼人抱えてるのに行ける訳無いだろ!」

「僕を見殺しにするって言うのかい!?」

「さっきみたいに全員蹴飛ばして進めば良いじゃあないか!」

「さっきは無我夢中だったんだ!今はあんなの出来ない!」


全く……どうしようも無いな……。


「こんばんは。」


不意にアルの後ろから人影が現れる。


「お疲れ様でしたジョヴィアル、それにシカリウスも。」

「アドミン……。」


コイツはいつも待ってたかの様なタイミングで現れるな。


「アドミン!!!!!」


アルはアドミンに抱きつく。


「やれやれ……これも経験かと思って今日の仕事を任せたのですが、ジョヴィアルはまだまだ子供ですね。」


いやいやお前等歳の差あまり無いだろうが!


「良かったー!アドミンが居てくれればウチに帰れるよー!」


アドミンに(じゃ)れるその姿はまるで犬の様だ。


「それでシカリウス。そちらの方は中で何かを?」


アルの頭を撫でながら俺の抱えてる人物を顎でしゃくる。


「いや……確かに一旦俺達の目を離れたが、何かを仕出かした訳では無い。俺が保証する。」

「そうですか……。あなたがそうおっしゃるならそういう事にしておきましょう。私もそんな豚1匹処分するのにあなたと戦うのは割に合いませんからね。」


変わらぬニヤけ顔でサラリと言うその姿に寒気を感じる。

もし俺達が関わって無かったら、中で問題行動を起こした劉を生きて帰すつもりも無かったのだろう。


「それからミディアさんにも言っておいて下さい。あまり下界のゴタゴタを持ち込まぬ様にと。」


笑みの中に埋もれるその狂気は隠される事も無く俺に伝わる。


「ヒロさんは優しいですが、我々幹部は各自の判断での行動を許されている。それを忘れないで下さい。」


アドミンは俺に向けお辞儀をするが、視線だけは俺から離さないと言う何とも奇妙な形だった。


「伝えておく。」

「ではお気を付けて……。」

「じゃシカリウス明日だからね!?絶対忘れないでよ???」


最後まで表情を崩さないアドミンと、大きく手を振っているアル。

昔とは色々変わってしまったが、俺は何故か懐かしさを感じつつボラカイへと戻った。

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