Episode 103
今度は泣きそうな顔になっているアンジュ。
「私の勝手な想像かもしれませんが、オセロットちゃんの気持ちが分かる気がします。ネコ科の動物は私達が思っているより遥かに賢いんです。きっと奥様が亡くなられたのも理解しています。この子にとっては母親である奥様が亡くなられた悲しみも冷めない内に、父親からも思い出の詰まったお屋敷からも引き離されて、どんどんその匂いが消えて行った恐怖でパニックを起こしたのではないでしょうか?」
「…………。」
「失礼ですが、自然の中が1番だろうと言うのはあなた方の勝手な思い込みだと思っています。特にこのオセロットちゃんは屋敷で生まれて人間の両親に育てられて、ずっとその環境で暮らしていた訳ですよね?恐らく自分の事を人間だと思っています。そんな子がいきなり大自然の中に行った所で、知っている人も居なければ自分で生きる術も無い。想像して下さい。もし自分がその立場だったら。幸せどころか絶望しか感じないと思いませんか?」
「……仰る通りです。」
「"人間"として育ったこの子は野生には戻れない。だからきっとこの子にとって1番幸せなのは、大好きな方達と生まれ育ったお屋敷で過ごす事だと思います。私のこの想像が本当に正しいかは分かりません。ですがやはり1度お屋敷に連れて帰って、改めて考えてみては頂けないでしょうか?」
「……分かりました。旦那様にこのお話しを伝え、もう1度その子にとって何が1番良いか考えてみたいと思います。」
「ご理解頂けて感謝します!」
決着は付いた様だ。
しかし相変わらず何故か説得力がある。
俺も聞き入ってしまった。
「それではその子は返して頂ける訳ですね?」
「あ……はい!!!もちろんですよ!!!ごめんなさい。引き渡しを拒否するなんて失礼な事を言いまして……。」
「いえとても素晴らしい考え方をお持ちのお嬢さんです。私は自身の浅はかさに気付かされました。」
「いえいえとんでもない!!私の勝手な妄想の話でして……。」
「ご謙遜を。恐らくここに居る全員が動物に対する考え方が変わったでしょう。」
言う通りだな爺さん。
「是非とも旦那様にもお会いして頂きたいです。事が落ち着いたら屋敷へ招待させて貰いますので、宜しければご足労頂けますか?」
「えぇ!!?良いんですか!!?シカさん!!!ミディアさん!!!お屋敷ですって!!!!!そんなのアニメやマンガの中でしか見た事ありません!!!!!」
テンション爆アゲだ…………。
「本当に面白い方ですね。先程の空気から一変して今はお祭り騒ぎの様です。」
今度は謎のダンスを始めるアンジュ。
「それがあの娘の良い所です。周りが落ち込んでいる様な時も、自然と元気を皆に分け与えてくれる。そんな娘なんです。」
「良い方々に依頼出来て本当に良かったです。また何かありましたら是非彼等にお任せしたい。ふぁくとたむ……でしたね。必ず覚えておきます。」
「よろしくお願いしますネ。ついでにボラカイも……。」
「覚えておきます。」
表情の殆ど変わらなかった爺さんも笑顔になる。
これもアンジュの魔法が齎したものだろうか。笑顔の魔法が……。
「では私は外までお爺さんとオセロットちゃんを見送りに行って来ますね!」
「いってらっしゃーい。ストリートは出ない様にネ!」
「はぁーい!」
アンジュが手を振り、爺さんが会釈をして出て行く。
取りあえずこの仕事はこれで完了だ。
「全く……只の引き渡しにえらく時間を掛けたネ。まぁ結果が良かったら良いんだけど……。」
「初仕事なんだ。多めに見てくれよ。」
「オマエは既にプロフェッショナルだろ!」
「まぁまぁ。アンジュの成長を見守るっつー事で俺はなるべく手を出さないさ。」
「真っ先に突っかかって行ったのは何処のどいつだろうネ……。しかしアンジュの説得力にも正直驚かされたヨ。」
「あぁ……あの娘の言葉には不思議と説得力があるんだ。」
「な~んかわちゃわちゃしてるだけの娘に見えてネ……しっかりしてるんだよネ。ワタシは親離れして行く子供を見ている気分だヨ。」
親離れも何も最初からお前の物じゃあないだろ!アンジュは。
「それとその耳どうにかしないとネ。」
「そうだな……。」
俺も気付いていた。
アンジュが俺の欠けた左耳を見る度に痛そうな顔をする。
何か自然に見える様にしなければ……。
毎回あんな顔されたらこっちが疲れてしまう。
「あ!!!!!」
「何だい急に大声出して。」
追加料金貰い忘れた…………。
「一件落着したのに浮かない顔だネ。」
「別に…………。」
まぁあそこでまた請求しても水を差す様で気不味かっただろうしな。
「ただいまです!!お爺さん最後はニコニコ笑顔で私まで嬉しくなってしまいましたw」
アンジュが戻る。飛び切りの笑顔で。
多分あの爺さんも同じ事思ってたと思うぞ。
今回の追加料金は諦めよう。
こんなに幸せそうなアンジュを見れたのだから。
「万事屋の仕事って楽しいですね!!!」
俺達の鬼棲街での生活は始まったばかりだ。
願わくはこの笑顔が消える事無く過ごせます様に…………。
次の日にはボラカイにふぁくとたむ宛の書留が届いた。
中から出て来たのは多額の謝礼金と1枚の写真。
そこに写っていたのはとても優しい笑顔を浮かべるお爺さんと、その膝の上で幸せそうに蹲る"猫"。
この人が例の"旦那様"だろう。
アンジュの願った通りのとても良い結末を迎えた様だ。
そしてこの写真は後に謝礼金により2階に造られた俺達のオフィスのデスクへと飾られる事となる……。
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「こんばんは。シカリウス。お会いするのは実に10年ぶりですね。」
初仕事への謝礼金を受け取った帰り。
俺達の自宅兼オフィス。その目の前でとある男に出くわした。
「アドミン……。漸く顔を見せたな。」
「そうですか?私はあなたの方からヒロさんに挨拶にでも来るかと思っていたんですがね……。」
相変わらず心が読めないその表情。
「痺れを切らして私達の方から来てしまった訳です。でもご安心を。我々は取りあえずあなたの事を静観する事にしましたので。」
その何故か一人称複数の表現が定まらない癖も当時のままだ。
「しかし隠れ住むならまだしも、まさかこの街で商売を始めようとは。」
アドミンはさっき出来上がったばかりのふぁくとたむの看板を見上げて呆れる。
「Factotum……。そしてProxy Servicesとは。便利屋を始めるんですか?」
「まぁそんな感じだ。ヴィジランテも何かあったら言ってくれ。割引するぞ。」
「これはこれは"過去"の英雄からのとても有難いオファーですね。」
直球で突き刺さるこの皮肉。
不気味な笑顔も相まって、コイツに舌戦で勝てる奴は見た事が無い。
「……と言うか何しに来たんだよ?」
「ですからその"過去"の英雄の様子でも見ようかと思いまして。しかし老けましたね。」
「放っとけ!それを言ったらお前もだぞ?」
最後に会った時はまだTeenagerだったしな。
ヒロもだな…………。
「あなたは老けましたけど、私は大人になっただけです。」
「うるせぇよ!!!つか憎まれ口を叩くだけなら帰れ!」
本当に人の心を乱すのが上手いな。
「あぁ怖い。では退散するとします。」
「そうしてくれ。」
俺もアドミンに背を向け、自宅へと入ろうとする。
「そうそう!1つ忠告なのですが……。」
しかし俺をアドミンが呼び止めた。
最近デジャヴが多いな。
昔もコイツにこんな形で呼び止められた事がある気がする。
「静観を決めたからと言ってヒロさんはあなたを許した訳ではありません。」
まぁ……そうだろうな。
「あまりこの街で調子に乗らない様にお願いします。」
「それは警告か?」
「ですから私は忠告と言った筈です。」
「…………覚えておくよ。」
「それからもう1つ。」
1つじゃあねぇのかよ!
「過去にどんな事を成し遂げてても過去は過去。過去の遺物は持て囃されるだけで、現在の物には性能で勝てはしない。それを心に留めておいて下さい。」
またしてもグサリと来た。
それはきっとコイツの言ってる事が正しいと俺自身が感じてしまっているからだろう。
俺はアドミンに返す言葉も無く無言で振り返り、挨拶のつもりで軽く右手を挙げるとそのまま自宅へと入った。
不気味な笑顔のアドミンは、俺が消えるまでその表情を崩さぬまま俺の背中を眺めていた……。
7章完