Episode 98
そのままボラカイで祝杯を挙げた俺達は、一晩明けてからミディアの用意してくれた住居へと移る。
「ここならヴィジランテ共も粉掛けて来る事はあまり無いと思うけど……。でもアンジュと2人だからって変な事したらタダじゃおかないヨ?」
鬼棲街と蛇唆路の狭間。ボロい4階建てビルを丸々1棟。
地上階は車など入れない場所にも拘わらずガレージがあり、2階は応接間にでも使えそうな造り。
その上層階は取りあえず生活が出来る程度の居住スペースとなっており、俺としては使いやすい馴染みのある形だ。
俺とアンジュは解決策を模索する間、この場所に身を隠す事になった。
「今回の件でバルトリ達も目を付けられて派手な行動には出れなくなったとは思うけど、マッテオの考えてる事は分からないからネ……。いくら鬼棲街の中でも用心するに越した事は無いヨ。」
俺の隠れ家襲撃で多くの死者と銃器が警察に押収された事により、組織に捜査の手が入ると言う噂だ。
まぁアイツ等はトカゲの尻尾切りでもして逃れるだろうが……。
それに鏑木会の内部分裂が本格的になって来ている。
大部分は未だ春鳥興業との提携賛成派だが、1部の傘下が反対を正式に表明したらしい。
反対派はこれから表立ってバルトリの監視を始めるだろう。
「山谷の方の誘拐犯達も、ワタシ達の回収部隊が着いた時には鏑木会に先を越されていたんだヨ。そっちも白ウサギが情報を漏らしたみたいだネ。」
今回の件にどうしても鏑木会を巻き込みたかったらしいな。
誘拐犯達も神崎に渡す必要があった。だから情報を漏らした。
バルトリに鏑木会やボラカイ。名屋亜美と俺達。それらを交錯させた奴の"シナリオ"とは……。
「それから……その白ウサギの奴……今朝未明に殺されたみたいだネ。詳細は分かってないけど少し変な事件で、明らかに他殺なのに争った形跡も犯人の痕跡も何も出なかったんだヨ。現在も調査中。」
気に食わない奴だったが、こうアッサリ死なれると少しやり場の無い気持ちが残る。
名屋亜美救出に大きく貢献した奴だ。
バルトリかその関係筋から報復を受けたと言うのがセオリーだが。
これで"シナリオ"とやらは謎に消えた。
それに奴が最後に俺に残した言葉も何処か引っ掛かったまま。
堀井梨香暗殺未遂事件を発端としたこのいざこざはまだまだ終わりの兆しは見えない。
「ただいま戻りましたぁー!いやぁ広いですね!!こんな所を借りれるなんて凄いです!!!」
ビル探索からアンジュが戻った。
「大丈夫。賃料はちゃんとユージーンから払って貰うから。」
気前の良いコイツもそういう所はちゃっかりしている。
「そんな事より部屋はどうだった?ワタシも中までは確認してなかったんだヨ。」
「少し掃除が必要ですけど、4〜5人は余裕で住めそうですね!ミディアさん達も一緒に住みましょう!!」
「アハハ!そうしたいのはヤマヤマだけど、ワタシもボラカイで仕事があるからネ。一緒には住んではあげられないんだヨ。ごめんネ。」
「それは残念です……。」
「まぁいつでも会える距離だし、偶には遊びに来るヨ。それにアンジュがウチで働きたいって言うなら大歓迎だしネ!」
「おいおい!夜の店なんかに誘うなよ!」
「あら?アンジュはもう立派な大人の女だヨ?何処で働くのも自由さネ。」
「くっ……そうだが……。」
「それにオマエみたいなケダモノと居るより安全だと思うけど、ウチの店は。」
「ミディアさん言い方言い方w シカさんはとぉっても安全な方ですよ?」
年頃の娘からそんな事言われるのは、それはそれで男としての自信が…………。
「でもありがとうございます!私もまたお店に遊びに行かせて下さい!」
「もちろんだヨ!」
何はともあれ俺達の状況は一旦の落ち着きを見せる。
まだ解決せねばならぬ問題は山積み。しかし取りあえずはこの街で生き抜く事。
アンジュにも術を身に付けて貰うのは勿論だが、俺が出戻った事で何か影響が出る可能性もある。
俺自身も改めて気を引き締めなければならない。
「まさかまたこの街に住む事になるとはな……。」
「きっと縁があるんだヨ。」
「そう言えばシカさんは以前こちらに住んでらっしゃったんですよね?じゃお友達が沢山居て楽しくなりますね!w」
「それが笑い事じゃあないんだ。ヒロに何て思われるか……ハァ……。」
「あまり楽しそうじゃないですね……。」
「コイツは少し因縁があってネ。まぁ直にまた慣れると思うから安心してヨ。」
「簡単に言ってくれるよ。」
「大丈夫です!なるようになりますよw」
「そうそう!アンジュ良い事言うじゃない!」
「お前達は気楽で良いな……。」
「ユージーンも覚悟決めなヨ。だってアンジュの為に決断した事なんだよネ?」
確かにもうこの場所以外でアンジュを匿ってやれる場所は無い。
と言うか俺自身でさえ正直危うい状況だった。
何せバルトリに知られてない拠点はほぼ無くなってしまったのだから。
「あっ!!!シカさんにミディアさん!!!3時ですよ!?おやつの時間ですよ!何か食べましょう!w」
アンジュが両手を大きく振り回して空腹をアピールしている。
そんな無駄な動きが多いからすぐ腹が減るんじゃ……?
「ホントに無邪気で良い娘。今度は投げ出すんじゃないヨ?」
「……分かったよ。努力してみる。」
「努力じゃなくてやれヨ。オマエはいつまで経っても逃げ癖が直らないネ。」
生きる為には逃げる勇気と言うのも大事なんです!
「ミディアさんは3時のおやつは何食べますかー?やっぱりスイーツですよね!!?」
「そうだネ……。偶には甘い物でも食べに行こうかネ。」
「どっかに行くんですか???」
「こんな街だけど多少は店もあるんだヨ。近くにパティスリーがあるから行ってみようか!」
「え!!?本当ですか??やったぁー!!行きましょう!!!」
やれやれ……。また甘い物か。
「じゃ砂糖が嫌いなユージーン君は待ってて貰えるかネ?」
腹立つ顔で言いやがる。
「俺は行っちゃ駄目なのか?」
「は?スイーツ食べにオマエが?冗談はやめてヨ。」
「えー?シカさんも食べますよねー?この前私の誕生日祝って下さった時も一緒にケーキ食べましたもんねー!」
「オマエ一体どうしたんだヨ……。ワタシは良く似た異世界にでも迷い込んだかネ。」
「別に俺が甘い物食ったって良いだろ!」
「アハハー!ミディアさん面白み凄ありますな!w」
「仕方無い……。じゃ3人で行こうかネ。」
「何か不満そうだな。」
「まぁまぁ皆さんで行きましょー!!!」
別に甘い物が食べたい訳じゃあなかったが、俺は2人に付いて行く事にした。
そう、俺はこの時何となく置いて行かれるのが嫌だったのだ。
自分でも子供みたいな理由だと思う。
でも良いじゃあないか。俺はこの皆と過ごす束の間の平和をもっと味わいたいのだ…………。
―*―*―*―*―*―*―*―*―
誰も居る筈の無い暗い部屋。
突然置いてあるPCが勝手に起動する。
ウインドウが数個立ち上がり、自動的に動作を始めた。
その中の1つは何かをアップロードしている様子。
それは英語でこう書かれている。
Alice System Diffusing......
6章完