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どらすれ  作者: NE
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第三十四話 竜が小さく笑う話

生きた竜族の出現、それは戦争と同義である。

地上最強が無自覚に振り撒く暴威は一軍をもってさえ抵抗敵わず、人々は竜の活動による被害を享受せねばならない。


二十年前に伝説(それ)が降臨した場所は王都だった。

並み居る宮廷貴族や近衛騎士隊の最精鋭、果ては当時の国王さえもが何も出来ぬまま命を失い、後に竜殺しとなる英雄以外は戦場に立つ事さえ出来ずに全てが終わった。


僅か一歩で都市機能が壊滅し、その身を震わせれば(みやこ)と呼べるだけの人数さえ残らぬ、生きた災厄。


そんなものが姿を現わしたというのに、現場であるサンゼルにて発生した死傷者の数は謎の怪物達の手による極小数。捕らえられた研究員からの聴取によれば、彼等の行い自体に竜は一切無関係だと言う。

突然現われたかと思えば瞬く間に姿を消して、まるで白昼夢でも見たかのよう。


しかし降臨地であるサンゼルの外壁周辺には竜の残した足跡が残されている。竜は間違いなく そこに居たのだ。何も起こさず、何も傷付けず、ただ現われて消えただけ。王都から駆け付けた調査官達は首を捻ったが、それで理由が判明するわけもない。

竜の出現そのものに利益は無いが、損失もまた生まれなかった。


――サンゼルの白昼夢。

後に そう名付けられる事となる、四方山話の一つである。



変事に見舞われたサンゼルの街は、事件から一月も要さずに復興した。

門兵達の中には怪物の手による被害者が生まれたが、彼等にとっては犠牲もまた職務の内。街の責任者たるサロモン子爵自ら相応の保障を行うとの言葉を賜れば、後は当事者とその遺族達の問題である。


そして子爵とその妻のための挙式は延期された。

街の復興に関しては理由不明で破壊されていた教会の鐘楼や街の極一部、それに加えて怪物が侵入した四方の門のみで事が済む。だがそれでも犠牲は出たし、竜の出現を理由として調査のために訪れた王都からの使者の相手もある。御伽噺の存在が現実に現われた事による混乱が落ち着くまでは、派手な祝い事を執り行うだけの暇がないのだ。


せっかくの式が延期された事に内心では落ち込みつつも、国からの連絡に右往左往している若き子爵。

その傍らに立つ婚約者エリザの存在が彼の数少ない癒しであり、彼女の笑顔を奮起する材料として今日も慣れない仕事に精を出す。


彼の気掛かりは一つだけ。


「屠竜伯閣下……」


執務室の机に向かい、憧れの英雄から贈られた一本の筆を前に小さく呟く。

竜の出現と消失を機に、その姿を消した偉大な英雄。

何も知らない者達は好き勝手に彼女の噂を口端に上らせる。


白い竜族と戦い相打ちになったのだ。その行き過ぎた偉大性ゆえに、古き神々の如く竜と共に天へと昇ったのだ。或いは敗北して、或いは勝利して、人間の世界から姿を消したのだと。


怪物を街に放った研究員達の供述によって、屠竜伯こそがサロモン家前当主の拷問癖を誘発したとも、禁忌の研究のために魔物の血肉を奴隷に振舞っていただのと、正気を疑う情報ばかりが湧き出してくる。

それでさえ、王都から来た調査官が尋問した結果の又聞きだ。子爵個人としては何も言えない。


例え屠竜伯を心の底から信じていたとしても、彼等の発言が事実だとしても、当の本人が姿を消してしまった事に変わりは無いのだ。


幼き日の思い出に浸るように、竜の骨で拵えた筆を撫でては溜息を吐く。

すると執務室の扉を叩く軽い音が耳に届き、俯いた顔を上げる子爵は微笑みながら部屋の外へと声を掛けた。

彼が落ち込んでいると、いつもこうなる。


扉の向こうには大切な婚約者が待ち構えており、きっと部屋に篭っていた時間から計算して、そろそろ筆を手に持ち溜息を吐いている頃だろうと、そこまで察して足を運んだのだろう。


本当に、気の利く女性である。子爵は笑いながらエリザを出迎える。

再び式を挙げる余裕が出来たなら、己に出来る全霊をもって盛大に祝い、愛を誓おう。


好いた女性を(めと)る男としての意地も相俟って決意を新たにしたサロモン子爵は、思い出の筆を机上に立てかけて腰を上げた。



サンゼルの街からウィンダスト領に向かう馬車の荷台にて、金髪の冒険者が呟いた。


「……何でまたお前達が居るんだ?」


そう言ったジョージの視界には、見知った少女ペネロープ・ウィンダストと、彼女の護衛役である冒険者ロバートが座っている。

問われた側のペネロープは拗ねたような顔で眉根を寄せた。どうやらジョージの発言は彼女の勘気に触れたらしい。しまったな、と顔を(しか)めたが既に遅い。


「実家から連絡があったの、帰って来い、と!」


癇癪を起こすと言うほどではないが、実家からの連絡が腹立たしいのだと全身で訴える。


ウィンダスト家の子飼いという己の立場を忘れていなかったロバートは、機会を見つける度に少女の実家へ現状を知らせるための手紙を送っていた。

小さな村や人の出入りの激しい交易地など、常に動き続けて正確な現在地を掴ませなかったペネロープの所在だが、サロモン子爵の膝元に滞在するに至って、遂に実家からの追っ手が追い付いたのだ。


彼女の実父であるウィンダスト子爵直筆の手紙と、追っ手として遣わされた屋敷の侍従に預けられていた父親からの言伝。どちらも細かな差異はあれども内容は同じ。帰って来い、という一言で済む。


婚約破棄の一件から家同士の関係が冷え切ったサロモン子爵の元に身を寄せるなど、他の貴族に知られれば更なる笑い話を提供するに留まらない。


――これ以上余計な事をするな。


ウィンダスト子爵の言いたい事はそれだけだ。

彼女とて このまま実家から逃げ続ける事が現実的では無いと分かっている。色々と時間をかけて悩んだ上で、非常に腹立たしくはあるが実家への帰還を決意したのだった。


その際に実家からやって来た追っ手を振りきり撒いた事は、彼女なりの小さな意趣返しである。


「旅は道連れと言うでしょう。実家へ歓迎するわ、ベイブ・ミラー。勿論、アルバスも!」


ペネロープの隣に腰掛けているロバートが、視線を逸らしながらジョージへ小さく手を振った。

僅かながらの謝罪を示しつつも、自身に振りかかる面倒事を少しでもジョージ達に押し付けたいのだろう。年の近い子供同士に見える竜族の少年が共に居れば、護衛役の彼が御嬢様の相手をする時間を減らす事が出来ると見込んだために仕組まれた現状。乗り合わせた馬車の目的地が被ったのは偶然だが、出立の予定が重なったのはロバートの目論見ゆえである。


また面倒事なのだろうか。額に手を当てジョージが呻く。

無事サンゼルから離れる事が出来たというのに、今度は家出した御嬢様の帰宅に同行とは。次から次へと、どうしてこんなにも絶え間なく問題が起こるのだろうか。消えた屠竜伯の件もあるが、あれはもう放って置くしか無い。あの野獣が大人しく死んだとも思えないのだが、相討ちとはいえ一矢報いたジョージは密かに満足気だった。


考えるべきは別の事。


結局、エリザに対して何も言葉を残せはしなかった。

玉砕前提、身の程知らずな愛の告白も。失恋を完全に振りきった、婚姻を祝うための言葉さえ。

状況が落ち着いたら改めて式を執り行うとは言われたが、ジョージにとっては ある意味 生殺しに近い。


次の機会が来るまでずっと、気持ちの整理を付けられずに悩みを抱え続けろと言うのだろうか。彼の気持ちを知らない元相棒に文句を言うわけにはいかないのだが、彼の赤ん坊並に弱弱しい胸と頭は心痛によって日々苛まれていた。

しかしこの現状、俗に自業自得と人は言う。ジョージの心が晴れる日は遠い。


「お前達も同じところに行くのか?」

「――ええ、また一緒ね」


いつも通りの白い衣服に身を包んだ小さな主が、対面に座ったペネロープに声を掛ける。

特別親しく接していたわけではないが、この二人の相性は意外と悪く無い。


お姉さんぶって接するペネロープと、生意気盛りの上から目線にも頓着せずに言葉を交わす無教養な竜族の少年。御嬢様が一方的に盛り上がっているように見えて、しかし内情としては双方共に楽しげな雰囲気が見て取れる。

冒険者同士で鬱々と話し込むジョージとロバートを横目に捉え、若干の気後れをみせながらペネロープが問いを投げた。


「ずっと聞きたかったのだけど……。貴方とベイブ・ミラーの関係って」


冒険者と美貌の少年。果たして二人は、どのような関係なのだろうか。

聞いていけない事情が潜んでいるのかもしれない。それならば己の疑問を撤回しても良い。聞かれたくない類の事情を下品に嗅ぎまわる心算(しんさん)は無かったし、彼女個人としては仲良くやっていると思える友人なのだ。


サンゼルの宿で共に夕食を摂った際、孤独な身の上を思わせる質問を受け取った。

好奇心が無いとは言わない。だがそれ以上に親しい相手の事を知りたいと思ったのだ。


不思議な二人の関係と、それを少年がどのように捉えているのかを。そこには年下の身の回りに気を配る、若干の御節介も混じっていた。


訊ねられた幼い少年は首を傾げる。傾げて、何か思い出すかのように視線を上向かせた。

脳裏に浮かんだのはブリス村に住まうミラー家の面々。そして宿でペネロープから聞いた、問いの答え。


「家族だな」


小さく二、三度。頷きながら明るく答える。

少年の言葉を聞いたペネロープは少しだけ目を丸くすると、嬉しそうに笑って頷き返した。


「そうっ。――そうなの!」


家族とはどういうものなのか。問い掛けた少年に少女は答えたのだ。

家族とは、――自分の我が儘を許してくれる相手ではないか、と。


目上の先達から言葉として教わるような、正確な知識ではない。まだまだ人生経験の足りない少女が、こうあって欲しいという願望を混えて語っただけの、この世の内にて普遍とは言えない一つの答え。

間違っていようが関係無い。それはそれで、きっと正しいものである。


竜は孤独だ。

真っ白な彼の傍らに同族は居らず、竜の奴隷とは所詮その代替品に過ぎないものだ。

それでも彼の望みを余さず聞き入れ、塞ぎこんだ時も頭を撫でて、人型の両手と竜鱗の全てを晒して何も言わずに抱きついてみた あの時も、拒む事無く受け入れたのは己が竜の奴隷なのだ。


奴隷は奴隷だ。それは変わらない。

しかし親から授かった字面だけの知識としてではなく、今此処に居るたった一人の『竜の奴隷(ジョージ)』であれば、或いは白竜の孤独を癒せるかもしれない。

我が儘を受け入れてくれる相手を家族と呼べるのなら、この白竜にも家族が出来るのではないか。


頭で考えたわけではない。人に見えようと知恵を持とうと、所詮は獣。だが獣にも家族は居るのだ。ならば竜に同族以外の家族が居ても良い。


頭に被った お気に入り帽子を撫でながら、幼い竜族が小さく笑った。

地上最強の伝説足り得る覇気も、その身に秘めたる暴力性の欠片も見せず。


それは、何処にでも居る只の子供のような笑顔だった。

ここまでで終わり。

呼んでくださった方々、ありがとうございました。

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