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どらすれ  作者: NE
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第三十一話 街が怪物に襲われる話

一世一代の晴れ舞台。

青空に散らばる色取り取りの花弁が祝い事の始まりを皆に知らせ、集まった人々の雑多な囁き声さえもが祭り気分を彩るために用立てられた楽器演奏のように明るく心を弾ませる。

――それが一時間前の事である。


一生に一度有るか無いかの大騒動。

魔物や賊から街を守るための外壁に設けられた四方の門にて門兵達の悲鳴が上がり、巣穴から身を乗り上げる昆虫達の如く、無数の異形が その姿を現した。

領主の結婚式を祝うために集まり一塊となっていた民衆達は、突然の異常事態に混乱を来たして次から次へと津波のように互いを押し合い、我に返った領主からの避難指示さえ届きはしない。

――それが三十分前の事である。


怒号と悲鳴が天へと届く。


花嫁の知人として式に参列していた冒険者達は祝いの場ゆえに武装の一つも用意しておらず、領主の指示によって兵士達が民衆の護衛と避難誘導を行なっていたが、徐々に距離を詰めて襲い来る怪物共への対応を考えれば とても数が足りていない。

それでも街の住人のほぼ全てが一箇所に集まっていたのだから行動そのものは早かった。


若き領主は内心を押し隠した毅然とした振る舞いで平民達の動きを先導し、花嫁の呼び掛けによって冒険者達も万が一の守りに備える。初動は些か鈍かったが、対応自体は間違っていない。急ぎ領主の屋敷に避難し、最低限の安全は確保されたと言える。


もっとも、街に侵入してきた正体不明の怪物への対処に関しては、総数も計れぬ群れを相手に、非武装の冒険者達と余り数の多くない兵士のみでは、街の住民を守りつつ戦う事など叶わないだろう。

四方から攻めあがってくる怪物の群れ。入り組んだ市街地区の中央部に建てられた子爵邸に辿り着くまで如何ほどの時間が必要かは分からないが、このままでは避難先である屋敷が敵に囲まれ、諸共飲み込まれる結果が目に見えている。

非常にまずい状況だ。しかし打開する手段が無い。


人手が足りない上に、武器の用意とて不十分。街の住民に被害が出る前に一斉避難を行なえたのは現状唯一の僥倖(ぎょうこう)である。子爵としては待ちに待った結婚式を台無しにされた形だが、それでも人的被害は驚くべき少数に治まっていた。


無論懸念も多数ある。

結婚式場に集った者達はともかく、挙式後に お披露目として街を練り歩く新郎新婦を迎えようと待ち構えていた人間も居たため、未だ街に留まったままの者も皆無ではない。

領主としては救助を行なうべきだが、やはり人手が足りていなかった。最悪の事態を考えれば、戦力を温存するために少数を見捨てるべきなのかと顔を歪めて、はたと気付く。


己の経験不足と判断力の不足は分かりきっている。

ならばいっそ開き直って、それが可能な人物に頼れば良い。今までは混乱に思考を囚われ冷静に考える暇は無かったが、ここに至って子爵も出来ぬ事は出来ぬと開き直った。

柔軟な発想である。恥を掻く事を厭わない、謙虚過ぎるほどに未熟な己の身の程を知っている彼だからこその結論。


腹を括れば後は行動するのみ。

俯いていた顔を跳ね上げて、緊急時の指示を仰ぐべき相手の姿を探すサロモン子爵。


その耳に、荘厳な鐘の音が聞こえてきた。


今、このサンゼルの街中で鐘を鳴らせる場所など一箇所しか無い。

今日のこの日、結婚式のために祝いの鐘を新しく用意させたのは子爵本人だ。輸送直後には音が鳴るかの確認もしていた。だから聞き間違いではないし、鐘があるのならば音が鳴るのも そこまで異常な事では無い。


問題は、誰が鳴らしているのか。何故、鳴らしているのか、という事。

まるで誰かに呼びかけるように、鐘の音をもって何かを訴えかけるように響き渡る。


「屠竜伯――」


今は緊急時だ。この鐘の音、誰がどのような状況で行なったのかは知らないが、一先ずは捨て置く。

この場の誰よりも荒事に長けているだろう人物、元冒険者であり竜殺しの英雄――キッドマン屠竜伯に意見を仰ごうと視線を巡らせた子爵は、そこでようやく件の女伯爵がこの場に居ない事に気付いた。


再度、鐘の音が響く。

誰かの鳴らし続けている祝いの鐘が、災禍に見舞われるサンゼルの街に鳴り響いていた。



人混みで溢れる子爵邸の大広間にて、一般の避難民に紛れていたペネロープが護衛を呼ぶ。


「ロバート。此処は良いから、中庭へ行って」

「うえっ、いや、ですが護衛はよろしいんですか?」

「そのような場合ではないでしょう!」


既に屋敷の前庭では新たなる子爵夫人となる筈だったエリザを臨時の纏め役として、冒険者達の緊急招集が行なわれている。


元より彼等冒険者が貴族の結婚式に参列したのはエリザのためだ。名のある貴族を呼ぶ事の出来ない現在の御家事情もあり、貴族を呼べぬ代わりに堅苦しい格式を気にせずに済むのならば、いっその事エリザの知り合いである冒険者層を招待しようと子爵が間口を広げてくれた結果だった。


ならばそこに己の護衛も加えよう、とペネロープは考える。

緊急事態だ、人手は多ければ多いほど良い。ウィンダスト家の内部事情ゆえに貴族の招待客としての待遇を断ったペネロープは、今現在サンゼルの平民達と共に避難している状況にある。此処で混乱が起きれば身に危険が及ぶ可能性もあったが、恐らく彼等にそこまでの余裕は生まれ得ない。


怪物に囲まれ、屋敷の大広間に押し込められた今の状況。しかしそこから彼等が暴動を起こすための時間的猶予も、精神的な余裕も、正体不明の魔物らしき何かに囲まれた現状では得られないだろう。そう判断したからこそ、護衛役を傍から離す選択肢が生まれた。


領主の御膝元に謎の怪物が徒党を組んで現われるような異常極まった状況だ。護衛一人を侍らせて安心出来るほど、生易しい未来が待っているとも思えなかった。


「あの村の一件も、きっと同じように……」


彼女とて交易地近くの燃え落ちた村を直接 目にしたわけではないが、余りにも変事の起きた時期が近過ぎる。話に聞いた不可思議な怪物達によって襲われた村と今のサンゼルの状況、無関係とは思えない。

歯噛みするペネロープだが、彼女程度が考え込んだ所で事態が好転するわけでもなく、すぐさま思索を取りやめた。


そして少女からの命令を受けたロバートは、護衛対象を放置する事には流石に納得出来なかった。


一緒に行動していれば面倒事ばかりに出くわして、口煩くて少々我が儘で、しかし見捨てて逃げるほど嫌いにもなれない。雇い主の娘だからというのもある。だが立場を弁えず怒鳴りつけた事のあるロバートを、それでも気にせず傍に置いている辺りは人としての器も大きいと言えよう。

未だ街中に取り残されている一部の平民達は気の毒だが、一人の冒険者としても子飼いの立場としても、ロバートが優先すべきはペネロープ個人の身の安全。

万が一の事態が有り得るかどうか等どうでも良い。護衛役ならば傍に居るべきだ。


「悪いが その命令は聞けませ――」

「すまない、ミラー殿が何処に居るかを知らないか?」


毅然と言い返そうと口を開いたロバートの言葉を遮って、サロモン子爵が大広間に現われた。

彼の視線の先にはペネロープとロバートが居る。


部下達への指示伝達を放って此処に訪れた理由が先の言葉の通りであれば、名のある冒険者であるジョージ=ベイブ・ミラーと親交のある二人に彼の行方を尋ねに来たのだろうが、それも少々おかしな話だ。


「ベイブ・ミラーならば中庭ではないのですか?」

「いいや、あちらには来ていないと聞いたのだ。だから君達ならばと思ったのだが――」


すぐさま答えたペネロープの言葉に、子爵は眉根を寄せて首を振った。

式に参列していた冒険者達が中庭に集合しているという話は当然子爵も知っている。だというのに今現在サンゼルに居座っている冒険者達の筆頭格が姿を見せないとなれば、可能性は限られている。


ジョージに加えて屠竜伯も姿が見えない、という話を聞かされたロバートの顔が小さく歪んだ。

祝い事に賑わうサンゼルに襲い掛かった謎の怪物、恐らくは例の滅んだ村で発見された人型の魔物の同類が出歩いているだろう街中に視線が向かう。

ロバート程度では到底太刀打ちできない上位の冒険者が二人、彼等が この緊急時に姿を見せないとなれば、行き先など決まりきっていると言っても良い。


「羨ましいような、全くもって妬ましくもないような……」


恐らくは魔物であろう、奇妙な怪物の集団が攻め込んできた街中に単身出向くなど、ロバートには決して出来ない難業だ。

しかし彼等には出来るのだろう。その埒外の実力を妬むべきなのか、それとも死地でしか無い戦場に出向かずに済む己の半端な力量に安堵すれば良いのか、盛大に溜息を吐いたロバートは精神的な疲労から肩を落としたまま、サロモン子爵に声を掛ける。


「とりあえず、おれ、私は中庭の方に合流しますので。命令ですからね」

「えっ、と。……良いのかい?」

「ええ、お兄様。今は危急の時です、存分にお使いなさって下さい!」


人手があって困る事は無い。だが貴族の護衛役を放棄しても大丈夫なのだろうか。突然の提案に対する僅かな驚きから責任者としての口調を崩し、子爵は彼の主であるペネロープに視線を向けた。


軽々しく頷きを返す御嬢様を余所に、ロバートは己の茶髪を軽く梳いて強張っていた身体を解す。

どうにも、最近はこんな事ばかりである。早くウィンダスト家に帰りたい、などと考えながら、この苦労人の冒険者もまた、事態の収拾の一助を担うために動き出した。

――それがつい先程の事である。



どこかで見たような光景が、教会の鐘楼に一人で立つジョージの前に広がっていた。

違いがあるとすれば、あの時とは異なり彼の頭上には青空が広がっており、街の景観が火に包まれているわけでは無いという事。


大きな鐘の内側から垂れ下がった紐を握って左右に揺らす。


本来ならば新郎新婦の門出を祝うために設置されたものだったが、この様子では望まれた用途に用いられる事も無いだろう。それがどうにも申し訳なく、しかし彼には鐘の音を鳴らす事を止めるつもりもなかった。


気が付けば、四方の門から聞こえていた怒号と悲鳴が数を減らしつつあった。

冒険者として人として、突如現われた怪物達から人々を守るため、魔法の力を持つジョージこそが助けに行くべきだと分かっている。


だが出来ない。


四方全てに駆け付けるには彼一人では人手が足りず、どれだけ急いでも犠牲は出るだろう。他の冒険者達に頼ろうにも、人間が魔法使いを目指して変貌させた結果である あの怪物達に勝てる人間がどれほど居るというのか。犠牲が増すだろう事だけは間違いない。


「――頼むぞ」


中天に差し掛かり街を照らし続けていた日の光が、突如途絶えた。


青空の下にあった筈が、今や一面 陰の中。

何が起こったのかを見上げるまでも無い。きっと街中の人間達が、異形の怪物さえも含めてそれを見ただろう。或いはサロモン領以外、他の領地に生きる者、隣り合う他国の人間にさえ見える筈だ。


『――』


細い、細い、誰を傷付ける事も無い穏やかな咆哮が広く天地に広がった。

見上げれば そこには白が居る。初めて目にする者も、それが何かを詳細に判断する知能を有さぬ獣でさえも、目に見えたソレが何であるかを絶対に理解出来る。見間違いようなど無く、それ以外の何物であると言えば納得するものか。


――それは地上の覇者だ。最強の存在だ。同じ地の上、天の下に生きながら、決して手の届かぬ力の象徴。


真っ白な竜がサンゼルの街を跨ぐように、目に見える青天の全てを覆い隠していた。


「まさに気狂いの所業だな」

「お前が言うなよ、屠竜伯」


鐘楼に設けられた階段を登り詰め、鐘を鳴らし続けていたジョージの傍らに、重い鉄の箱を背負った一人の女が姿を現す。


根拠など何も無いが、ただの直感に過ぎない結論だが、それでもジョージは目の前の女こそが事態の元凶であると決め付けていた。


そしてそれは間違いではない。


親交のある貴族家の当主が挙式を上げる当日に、異形の怪物達を呼び寄せて街一つを攻め滅ぼそうと企むなど、まさしく彼女の行ないこそが気狂いのソレだ。

人の住まう街中で躊躇いも無く竜族の本性を晒させた阿呆が堂々と口にするにしては随分と洒落の利き過ぎた台詞ではあるが、そこに限っては お互い様である。


既にサンゼルの街は静まり返っていた。

山一つを超える巨体が現われた事で、まるで天候一つを覆したかのような静寂が広がる。

人間のみならず、怪物達も例外ではない。

身動き一つせず皆が残らず空を見上げている。


「犠牲を止めるにしても、なあ。……ふふっ、正気か貴様?」


確かにジョージ一人が街中を駆け回るよりも早く、冒険者や衛兵が危険を冒して怪物の相手をするよりも ずっと確実な成果だ。生物全ての本能を揺さぶる白竜の威容、現状では これ以上ない有効活用だと言えた。

だがそれを考えられる者は まず居ない。行動に移すなど(もっ)ての(ほか)だ。


屠竜伯が、背負っていた鉄の箱を振り落とす。

落下の衝撃で床に散らばったものは、綺麗な乳白色に輝く幾つかの刀剣類。素材から直接削り出された武器に継ぎ目などは一切無く、何か(いわ)れのある特殊な得物である事が一目で分かった。


「まずは前菜の貴様だ、ベイブ・ミラー」


奴隷を平らげた後は、頭上に輝く白竜を狙う。

ただそのためだけに彼女は此処に居る。街中を闊歩する怪物達など戦場を演出するための駒でさえ無い。何が起ころうと起こるまいと、屠竜伯の望みも行いも決しては変わりはしないのだ。


望むものは己の心を揺さぶれる何か。

彼女はただ戦い、殺すためだけに生きているのだから。


「さあ、始めよう。――世にも珍しい『竜の奴隷(ドラゴンズ・スレイブ)』と『竜殺し(ドラゴン・スレイヤー)』の殺し合いだ!」


語る女には何も答えず、床に転がった長剣の一振りをジョージが掴んだ。


剣戟が響き、鐘楼が砕ける。支えを失った鐘が地上に向かって落下して、脇目も振らずに得物を翻す両者の動きに揺さぶられ、もう一度だけ音が鳴った。

散らばっていく石材の霧を振り払い、互いに魔法を用いて優位を競う。


その姿を、白竜だけが静かに見下ろしていた。

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