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どらすれ  作者: NE
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第二十九話 外道が腹を決める話

湖に囲まれた貴族の邸宅。

キッドマン伯爵領内に建てられた屠竜伯の住まうべき場所だが、今現在は屋敷の主がサロモン子爵領に出向いているために、屠竜伯子飼いの部下のみが邸内に留まっていた。


「研究の、破棄――?」


呆けたような、驚きのあまり高低の裏返った声音で、片足の小男が言葉を発した。


その手の中には一枚の書状。

二重の封蝋を施された分厚い巻紙、広げられた紙面上には薄く揺らめく屠竜伯の墨印(ぼくいん)が押されている。重要書類の偽造や捏造を防ぐ為に王家から各貴族家へ、爵位と共に贈られる魔法具の一つ。その墨印が押されているという事は、書状に記される内容が紛れもなく屠竜伯本人の下知(げじ)である証左だった。


屋敷の地下に散らばっていた研究員達が、足早に集まり書状を認める。

驚きを露わにする者、嘆き悲しむ者、突然過ぎる命令に憤慨する者。

彼等全員に共通する点はただ一つ。――魔法使いを生み出そうと心から望んでいるという事だ。


屠竜伯の命令によって集められ、外道の研究に従事し、禁忌の邪法に手を染め数多の犠牲を物ともせずに邁進してきた。だというのに今更 梯子を外されては、何のために力を尽くしてきたというのか!


膨大な資金と研究施設、実験のための素材があるからこそ出来た事だと理解している。屠竜伯の施しが有ってこその今なのだ。

しかし、飽きが来たから辞めると言われて、そう簡単に捨て去れるわけがない。自分達が築き上げてきた全てを否定されて容易く了解するような軟弱な人間が、同族を材料として消費するような外道の探求に臨む筈が無かった。


「ふっ、ふざけるな!」

「こんな命令、聞けるわけがない」

「……だからといって、屠竜伯に逆らうのかっ」


だからといって、決して抗えぬものもあるのだ。


竜殺しニコール=スレイブ・キッドマン。


彼等が目指す魔法使いの完成形。竜を喰らった英雄。

失敗作揃いの研究成果を前にして、当たり前のように魔法を用いて森一つ分の魔物を狩り尽くす真性の怪物。あれを目指した研究が、未だ その影を踏める位置にさえ届いていない事は誰も彼もが理解している。

研究を破棄しろと命令されて、それが嫌だからと反抗出来るような生易しい生き物ではない。


命じられたからと言って従いたくはない。しかし逆らう事も叶わない。

故に その書状には彼等のための逃げ道が示されていた。


一つ、担当行程の研究資料を破棄した上で、キッドマン伯爵領内からの自主退去。

二つ、資料持ち出しの上で、キッドマン伯爵領内からの追放処分。

三つ、上記二つを守れぬ場合、主君の帰還まで待機の上で、屠竜伯 手ずから処罰を受ける。

そして最後にもう一つ――。


「しん、りゃく?」


最後の一つ、四つ目の選択肢を読み上げた者の一人が言葉を漏らした。


逃げ道と称して示された選択肢は、外道の研究に関する完全な秘匿を望むにしては、どれも杜撰なものばかり。

一つ目は外道に手を染めた過去を捨てて野に下る道。

二つ目は要するに、領外でならば外道非道も好きにしろと言う無責任極まる放逐処分。

三つ目は死ねと命じられているだけだ、余りにも酷い。ついでのように付け加えられた選択肢。


上記三択、仮に研究員達が大人しく従ったとして、誰が命令の遵守を確認するというのか。

書状をしたためた屠竜伯としては、彼等の事など本当にどうでも良いと考えているのだろう。研究成果を破棄しようが外へ持ち出そうが関係無い、以後 屠竜伯個人を煩わさなければ好きにしろと言われているに等しい。国内の貴族連中に己の所業が知られた場合の危険性なぞ、彼女は全くもって恐れていないのだ。


捨てても良い。逃げても良い。死んでも良い。

本当に、無価値であると判断されていた。


自分達の努力も何も、英雄にとっては その程度のものに過ぎなかったのだ。それほどまでに、この場の全員が一人残らず理解出来てしまうくらいに、屠竜伯の命令内容は粗雑に過ぎた。

しかし、だからこそ、最後に残った選択肢が彼等の目を惹き付ける。


四つ、――実験体を総動員、後にサロモン子爵領直轄地サンゼルを侵略せよ。


「……正気かよ」


震えながら吐き捨てる声が、地下研究所内部に響いた。

同時に、間違いなく正気でもって書面に記したであろう事を、この場の全員が疑わない。


――屠竜伯は狂っている。


狂っていなければ、大量の奴隷達に魔物の血肉を注いで化け物に造り替えたりなどしないだろう。

狂っていなければ、英雄と称され、二十年の時を経てまで尚 続く声望を自覚する身で、他領の村一つを実験体の試験場として焼き滅ぼしたりはしないだろう。

地上における絶対的な強者足り得る竜族を殺した女が、正気のままで居られる筈も無いのだ。


素直に逃げれば、後を追っては来ないだろう。最初から研究にも部下にも然程の興味を持っていないのだ、屠竜伯は無駄な手間を掛けたりしない。先三つの選択肢は全て、最後の一つを選ばせる為に書かれたものであり、明確な利益の見込めぬ絵空事に過ぎなかった。


余所で研究を続けようにも、古くから続いた度重なる失敗の経験から、魔物の血肉を摂取する行為自体が国法で禁じられている。キッドマン伯爵領内から外へ出ても、都合よく資金力と理解のある後援者が見つかるわけが無い。金があり権威があり理解があり禁忌さえも肯定する、屠竜伯は例外中の例外なのだ。


残された道など有って無いようなもの。

彼等の手は既に外道の所業で汚れ果てており、今までに築き上げた全てを捨てられるわけが無い。捨てなければ、他の何処にも居場所は無い。そして死を選ぶほど諦観に身を浸してもいなかった。


ならばやるだけだ。それ以外に何も無いのならば、最初から進むべき道は決められている。


書状を直接手にしている小男が、失われた片足の傷痕を掻き毟った。

腹立たしい女だ。しかし得難い主だ。決して逆らう事の出来ない、隔絶した強者にして自身の目指すべき魔法使いの完成形だ。

未だ か細い糸であろうと、己の希望に繋がる可能性が残っているのなら答えは決まっている。


「……やるぞ」


腹の底から絞り出したような濁声(だみごえ)が、地下に居る全ての者達の耳に響く。

それによって生まれるだろう犠牲の多寡など、彼等の進退を左右するには不足が過ぎた。



手続きをロバートに任せて無事 宿を取ったペネロープは、宿泊用の個人部屋の中で、従業員の手で配膳されて来た夕食に舌鼓を打っていた。


同じ食卓には護衛役のロバートと食事に誘われたアルバスも着いている。

平民二人が貴人である自分と同席する事に関して全く気にもしていない、本当に肝の太い少女である。年の割には器が大きいとも言えるが、この調子で公の場に出ても大丈夫なのだろうかと密かに心配するロバートだった。


一方、竜族の少年は礼節など欠片も気にせず、目の前の食事に没頭していた。

金銭的に余裕のある、つまりはジョージのように質の良い冒険者が利用する宿泊施設だ。田舎村の家庭料理とは違って調理にも手間が掛けられているし、冒険者という客層に合わせて量もある。満足気な少年とは異なり、身分相応に舌の肥えている貴族の少女としては多少の不満もあったが、それでも食べ慣れていない分 新鮮味があり、わざわざ不平を並べる程ではない。


「――それで、ベイブ・ミラーはどうしたのかしら?」


食事を終えて一段落、お茶で口の中を洗い流したペネロープが少年に問うた。

他愛の無い食後の歓談である。深い意図は持っておらず、大して年の頃も変わらないだろう少年と交わす話題が思いつかなかった彼女は、とりあえず姿の見当たらない男の話で場を繋ごうと考えたのだ。

一人で黙って食器を片付けているロバートは口を出さない。面倒事の予感がするからだ。


「起きたら居なくなっていた」


左右に首を振った少年を見て、ペネロープの眉根が寄った。

寝付いた子供を部屋に置いて、年頃の男が姿を消した。何ゆえかと悩んだ所で下世話な発想も浮かんだが、淑女であるので口には出さない。


「そう。……」


少女の相槌を最後に、場に沈黙が降りる。


――話題が終わってしまった。

唐突に生まれた静寂に、御嬢様は少々焦る。


何を話せば良いのか分からない。他家との交流会では同年代の少女ばかり、相手の当日の装いや家の事情を褒め合って、繋がりと呼ぶには余りにも薄っぺらい遣り取りだけで終了する。立ち居振る舞いから貴族ではないだろう年下の少年を相手に、ペネロープは何を話せば良いのかと頭を悩ませたが案が出てこない。

自分よりは話題が豊富だろうロバートに視線を向ければ、雇い主の目配せに気付かない振りをしながら、使用済みの食器類を配膳用の手押し車に納める作業に没頭していた。彼としては、些細なものであれど面倒事を背負うのは御免なのである。


友達の少ない御嬢様が視線を泳がせながら話題を探して悩んでいると、ふと思い出したように少年が言葉を発した。


「知りたい事がある」


天の助けである。そう言わんばかりの勢いでペネロープが食い付いた。


「なにかしら? お姉さんに話して御覧なさい!」


勢い余って年上であると主張する、年下の弟妹を欲する子供らしい子爵家令嬢。

彼女の言動には一切頓着せず、少年の薄い唇が小さく震えた。


「家族――と言うのは、どういうものなのだ?」


場の空気が僅かに冷えた。


何か事情のある身の上であろう事は、少女も護衛も想定していた。しかし少年の口にした内容は己が天涯孤独だとでも言うかのような、貧民や野生の獣でさえ知っていて当然の言葉である。


「かぞく、家族? ええっと、」


困惑を隠し切れずに、しかし彼に与えるに相応しい答えを探すペネロープ。

彼女にとっては余りにも想定外過ぎる質問だった。この世に生きている以上、本来ならば在って当然のものであり、だからこそ言葉に直して説明するには難しい。


悩み言葉を綴る少女を見つめ、問いを発した少年は内心の全く読めない透き通った表情で、身動き一つせずに答えを待った。

返る答えが如何なるものか、己が何を求めているのか。それさえも明確に理解出来ぬまま。

一頭の竜が、ずっと答えを待っていた。

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