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どらすれ  作者: NE
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第二十七話 奴隷と奴隷が戦う話

白髪の女、ニコール=スレイブ・キッドマンは竜殺しである。


二十年ほど前に王都を蹂躙した黄金の竜族。

王の傍らに侍る近衛隊が出撃の準備をという命令を受ける暇も無く、突如その姿を現した竜族は真っ先に王城を踏み砕き、城内の官僚達は竜の出現から僅か三秒で半数が命を落とした。


続く大音の咆哮が王都に住まう民衆の聴覚を(ことごと)く叩き潰し、巨体によって踏み躙られた瓦礫の下からは無数の石杭が天へと向かって歪に伸びる。ついでのように杭先で貫いた国王の遺体が黄金の鱗を背景に吊るし上げられるに至り、(みやこ)中を染め上げる血の雨色が各々に迫り来る死を予感させ恐怖を助長した。


正に悪夢。

あの日 王都に居た全ての人間は、これこそが己の終わりであると認めざるを得なかった。


全てはジョージ・ミラーが生まれる以前の話。


王都に生きる民を救い、城内に生き残っていた僅かな王侯貴族を救い、果ては国を救った英雄の話。

絶望に浸りきった民の目の前で単身 竜に挑みかかり、見事討ち果たした奴隷の話。


正義感など欠片も持ち合わせていなかった女冒険者ニコール=スレイブは、かくして竜殺しの英雄と成り果て、近隣諸国に己の名を轟かせた。

後に新しく戴冠した国王自ら伯爵位を与えて、竜殺しは当国家の一員であると公的に宣言しなければならなかった程の逸材。国家最強の戦士、キッドマン屠竜伯の誕生である。


その声望は二十年の時を経た今も名高い。

竜を討伐する英雄なぞ、御伽噺(おとぎばなし)の中の存在だ。幼子が寝床の中で親から語られ夢見るような、人心を惹き付けて止まない綺羅星の如き彼女の勇名。この世に現存する最強生物、竜族そのものよりも尚 尊い。

竜退治以降は、彼女の目立った功績など国に属した事による他国への牽制役以外に何も無い。しかし伝説を打ち倒したという たった一度の奇跡が全てを支えて余りある。知名度も影響力も、現国王より上なのではないか。そうやって陰で囁かれる程に。



無造作に撃ち出された女の掌がジョージを掠め、触れるか触れないかという位置にあった腕の皮膚が衣服共々ぞろりと剥げて落ちれば、両者の視界を塗り潰す勢いで血飛沫を上げた。

技術も何も無い只の掌打を躱し切れなかった。だが己に対する不甲斐なさを覚えるよりも、傷から噴き出す血液の量が多過ぎる事に背筋を凍らせる。


異常な事だった。

まるで傷口から外へと直接 吸い出されるような出血。間違いなく見た目以上の何かが使われている。


「――成程、貴様がベイブ・ミラーという冒険者か」


我が身を襲う異常現象に戦慄するジョージを前に、当たって当然の初撃を凌がれたキッドマン屠竜伯が得心したように呟いた。


躱せる筈の無い一撃だった。

ただそれだけで目の前の男は死に至る筈だったのだ。


竜殺したる自身の一撃から生き延びたという事は、つまりそれに足る何かを使っているという事。


「『竜の奴隷』め」


酷く嬉しそうに、女が笑った。情欲さえ感じさせる下卑た笑みだ。

先の一撃を見舞うために要した時間は一秒未満。結果を目にした屠竜伯は、生き延びた男が何者なのかを至極当然のように看破した。そうで無ければ生きている筈が無いと暗に断言したのだ。


己の力への自負ではない。それは地上に生きる者にとって絶対の道理。

竜を殺せる者と対峙して生き残るためには、竜と対峙しても生き残れるだけのものが必要なのだ。


容易く身の上を暴かれたジョージはといえば、目立った反応も見せずに腕の傷口を押さえていた。

勢い良く噴き出していた血の流れが徐々に弱まり、やがては止まる。


異常な事だった。

彼と彼女は双方共に、明確な異常を引き起こせる類の存在だった。


「ニコール=スレイブ」


ジョージが冒険者としての女の名前を口にする。

竜を殺して爵位を受ける前、冒険者時代の二つ名を呼ばれた女が笑う。


二つ名とは蔑称だ。

冒険者ジョージ・ミラーが その有り様から『赤子(ベイブ)』という二つ名を得たように。偉大なる英雄と見なされる以前の女冒険者ニコールもまた、その境遇ゆえに『奴隷(スレイブ)』などという上から唾吐かれるような二つ名を与えられた。

かつて奴隷だった女が、やがては英雄へと姿を変えたのだ。


女が笑い、男が睨む。


「「――『竜の奴隷(スレイブ)』め」」


両者の言葉が重なった。

意味する所は全く同じ。しかし互いの見せる表情は正反対だ。


屠竜伯が片足を踏み出す。一歩目、彼女の足裏が地を踏み締めた瞬間に、ジョージの足元から心臓目掛けて庭土で構成された一本の杭が高速で飛び出した。

下方からの奇襲に対し、足で小さく跳ねて後方へと退避。


僅か一瞬の跳躍体勢から着地まで、瞬き程度に生まれた極小の間隙を利用して、既にジョージの目の前には屠竜伯の突き出した掌打が迫っている。

体表面を掠めただけで内側の血液を搾り取る、吸血鬼の一撃。まともに受ければ それだけで致命傷に至るだろう。


それを、この場に立つ男は空間ごと掴み取る事で受け止めた。


「ほう、――兎の魔法か?」


屠竜伯の突き出した掌に向けられたのは、同じく徒手。

決して互いが触れられぬ位置、空中を鷲掴みするように(かざ)されたジョージの手は、屠竜伯の掌打を包み込む空気の層を固定して致死の一撃を押し留めていた。


空気を踏み固めて虚空を跳ねる、脚に魔法部位を持つ兎型の魔物が存在する。

目の前の男が行っているのは、それを足ではなく手で成し遂げたというだけの代物。冒険者時代の記憶から元となった魔物の情報を探り当て、笑う屠竜伯は再度地面から土杭を作り出した。

先程とは違い、今度は複数。


ジョージの片手は掌打を受け止めており、前方へと突き出した腕に隠れる死角から伸び上がった幾本の杭、更に屠竜伯は空いた もう片方の手で拳を握った。

既に二つの魔法を用い、そこに新たな一手を打ち出す。女の顔には(なぶ)る様な笑みが浮かんでいた。

お前ならば対応出来るだろうと言葉も無く訴える。対峙する男が常人ならば初撃の魔法で死んでいるのだから、戯れ混じりとはいえ休み無く繰り出される攻撃は屠竜伯の期待の表れだった。


「――傍迷惑な話だな」


瞬間、庭の芝生が一斉に空へと舞い上がった。


二人の足元、彼等が足をつけている地面が、綺麗な円形に切り取られ浮遊する。

互いの片手を掴み合う男女が芝生ごと身体を持ち上げられ、やがて空中で形を保ちきれずに崩れていく土塊と一緒に、ジョージの胴体部を狙っていた複数の杭が その切っ先を届かせる事無く下へと落ちた。


そして両者の拳が激突する。


単純ゆえに効果的な、肉体に対する強化と硬化の魔法を二重に伴った拳撃。

体格は屠竜伯が頭一つほど上回り、筋力の優劣を問えばジョージに軍配(ぐんばい)が上がる。

崩れていく足場では踏み込みが足りない。だと言うのに岩同士を全力で叩き付けたような鈍く高い音が場に響き、互いに目立った負傷も刻めないまま着地した。


「ふっ、はははっははは!!」


哄笑を上げる屠竜伯が外套の如く大きく広がる白髪を片手で払った。


――獣のような男だ。


伯爵貴族という名実共に国の上位に位置する人間を この子爵邸で襲うという事がどういう事か、目の前の竜の奴隷は理解出来ているのだろうか。


貴族を敵に回せば、一介の冒険者風情が この国で生きていける筈も無い。

屠竜伯は近隣諸国に名を馳せる英雄であると同時に上位の貴族であり、この場所は彼女を迎え入れたサロモン子爵家の有する敷地内。自分がどれだけ無謀な事をしているのか、理解した上で行なっているのならば大した阿呆だ。

理解出来ていないと言うのなら、それはそれで面白い。


直情的で、野生的で、傲慢で、奔放で。――まるで竜のような男だ。


「……ちっ」


相手に聞こえるように大きく舌を打つジョージは、先程 撃ち合わせた拳を開閉して身体の調子を確かめる。


――獣のような女だ。


攻撃に一切の躊躇いが無い。相手が死んでも構わないと本気で考えているのだろう。

魔法の存在を隠す意図も皆無。事ここに至っては、嫌でも理解するしかない。目の前の女は自分と同じ、竜族の血を受けて魔法を手にした手合いなのだ。


子爵邸の中庭が地面ごと派手に捲れ上がり、一分ほど前の景観は両者の魔法によって完全に崩れ去っていた。周囲を気にしていては屠竜伯の魔法に対応し切れなかったとはいえ、原因の半分を担うジョージとしては頭が痛い。

だというのに楽しそうに笑っている屠竜伯を見て、彼の中の不愉快な感情が膨れ上がる。


身勝手で、真正直で、傲慢で、奔放で。――まるで竜のような女だ。


「気に入ったぞ、ベイブ・ミラー」

「気に食わないな、ニコール=スレイブ」


屠竜伯と向かい合うジョージの中に、深い考えなど何も無かった。

子供が泣いたから親が来た。言ってしまえばそれだけだ。喧嘩を売るには相手が悪過ぎたが、そんな事は関係が無い。彼にとっては どうでも良いのだ。


理性的に振る舞い立場を弁えた言動を口にしようと真実は一つ、ジョージ=ベイブ・ミラーの本性は己の情動に振り回される図体のでかい阿呆そのもの。

理屈で物を考える事は出来ても、最終的に彼の行動を決定するのは彼個人の感情だ。

人として見るのならば明確なる短所、大人としての欠点。社会的動物として周囲に迎合するには緩衝材となれる第三者を必要とする。冒険者時代の相棒であるエリザが良い例だ。


己の才能を持て余し、積もり積もった不満を拭いきれず、生まれ故郷を飛び出した少年。

失恋の痛みに耐え切れず、立場も相棒を放り出し、竜退治だなどと(うそぶ)いて単身で竜に挑んだ男。

危険だと分かっている癖に、己の感性のみを根拠に、地上最強の生物を人里に連れ込んだ竜の奴隷。


今もまた、形を伴わない胸の内の憤りだけを抱えて偉大な英雄を打ち倒さんと気炎を上げる。


小さな主を笑えはしない。ジョージもまた、かの竜族と同程度には直情的且つ動物的な生き物なのだ。

そしてそれは彼の眼前に立つ屠竜伯も さして変わらない。


腹が立った。だから ぶっ飛ばす。

面白そうだ。とりあえず殺してやる。


結果だけを見れば、この二人は似たもの同士だ。

意識して社会的な倫理観を捨て去った屠竜伯と、表面上は誤魔化せても本質的には個人の情動のみに縛られているジョージ。


竜の奴隷と竜殺し。

対照的な筈の二人が、互いに魔法を用いて真っ向から殴り合う。


やがて広がり始めた周辺への被害が屋敷の壁にまで到達し、日が暮れて完全に落ちきるまでの間。

真反対の感情を露わにした男と女は、飽きる事無く戦い続けていた。

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