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どらすれ  作者: NE
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第二十五話 竜と竜殺しが出会う話

無事サンゼルに辿り着いたジョージ達であるが、既に目的は果たされていた。


結婚の決まったエリザに一度顔を見せに行く、というそれだけのために この街を目指したのだ。それが果たされた以上、今すぐにでも街から逃げ出したいというのがジョージの本音。

しかしそれが叶わないのも また当然の事だ。子爵の示した当主就任の一助を担った冒険者への感謝と、結婚に伴って相棒関係を解消するとはいえ親しい幼馴染に新たな門出を祝って欲しいという感情、その両方を(なげう)つ事など、未だ失恋の傷を抱えたままの精神脆弱な独身男に出来るわけがなかった。


近隣に領地を持つ貴族家との折衝はサロモン家にとっての必要課題だが、家中の問題に限定すれば準備は万全、式を挙げるのに不足は無い。

子爵とエリザの挙式予定日は間近に迫っており、領主の膝元であるサンゼルの街も新当主就任直後の祝い事だからと、そこかしこで浮ついた空気が見て取れる。前当主が裏で行なっていた所業など知りもしない市民達にとって、新たな領主の結婚は目出度い お祭り騒ぎでしかないのだろう。


「剣が欲しい、なんて言える雰囲気じゃないな」


何もかも上手くいっているとしか言い様のない、平穏な街並み。

間近に迫った祝い事に沸き立つサンゼルの街中。そんな場所で戦うための武器を欲しがる冒険者としては、どうにも自分が場違いな人間に思えてくるジョージである。


「花が沢山あるな」

「ああ、サンゼルは花の街とも呼ばれているんだ。祝い事なら こうなるだろうな」


共に街中へと繰り出してきた小さな主が、サンゼルの景観を目にして首を傾げた。

其処(そこ)彼処(かしこ)に飾られている種々様々な花飾り。


特別な産業を持たないサロモン領は、緑に溢れた土地を利用して作られた農作物程度しか見るべきものがない。食事を欠かして生きていける人間が存在しない以上、食料品の生産業務は利益を上げる手段として堅実な選択だ。

しかしそれは他の領地も同じ事。食べ物なんて何処にでもある。

子爵家の有する領地など国全体から見れば大した面積ではないし、いざと言う時の金銭的な蓄えを望み、或いは純粋に利益を求めるのならば、農業一つで満足するわけにもいかない。


サロモン家と そこに仕える家臣達の試行錯誤の結果 生まれたのが、サンゼルを主産地とした花の生産事業だ。


細かな経緯も詳しい利益率も省くが、そこそこ成功してはいるらしい。

花の街と言う呼称も、サロモン家の涙ぐましい広告戦略の一環だった。しかし街に住まう者達にとっては日々の生活を(まかな)う以上の利益など夢物語、単に花の咲き乱れる生まれ故郷というだけの話でしかない。

故に祝い事に際しては街中が色取り取りの花飾りで姿を変える。住む者達にとっても、見る側にとっても、そういう街だという認識だけで充分だった。


街中の景観が子爵とエリザの結婚を祝福している。


風に吹かれて飾りの一つから飛び出した花弁がジョージの視界を横切って、無性に寂しい気持ちになった。

未だに心の整理が付かないまま、相棒を祝わなければならないという義務感だけで此処に居る。

我が事ながら女々しい奴だ。――などと自嘲してみたが、心は晴れない。


今更エリザに告白したとして邪魔にしかならないと分かっている。そもそも幸せに浸っている彼女に無粋な横槍を入れないと決めていた。しかし決意したからと言って そう簡単に割り切れるのなら、ジョージとて竜退治に赴くような醜態は晒さなかっただろう。

失恋を引き摺り勝手に気落ちしている。それが彼の現状の全てだった。


「――よし、何か食おう」

「オレは珍しい物が食べたい!」


頬を両手で叩いて気を持ち直す。

いっそ自棄食いでもしてやろうと口に出せば、耳聡い御主人様も乗り気になる。

珍しい食べ物と言えば、サンゼルで育てられている品種の中には食用の花があった筈だ。散歩がてら店を探して回ろうか、と考えていたジョージの視界を、一台の馬車が横切った。


凝った装飾の施された車体、一目で貴族御用達であると判別できる立派な家紋。

これの搭乗者は少なくともサロモン子爵家よりは家格が上なのではないか。目に見える外観だけでも、生半可な資金で製造できる安物ではないと分かる。馬車を曳いている二頭の馬も屈強で、冒険者として相応に見識を広めてきたジョージが知る中でも一級品だ。


「……あの家紋は」


時期的に考えれば、サロモン子爵の挙式に参列する貴族が先立って顔見せに訪れたのだろう。子爵からは余所の貴族の訪問予定なぞ聞いていなかったが、あくまで余所者の立場であるジョージに話すような事ではないと考えていたのか、万が一にも来訪した貴族との間に問題を起こしたりはしないと信頼されていたのか。考えても仕方のない事ではある。

視界から消えていく車体を最後まで目で追って、馬車に刻まれていた家紋を目に焼き付ける。


――横に寝かされた大剣の上に その首を乗せる、一頭の黄金竜。

少なくとも この国において、竜族を己が紋章として使用している家は一つしか無い。

王家でさえ竜は使わない。地上最強の生物に対する畏敬ではなく、単に古くからの慣習ゆえ。しかしそれを許されている家系があり、それを望み叶える人間といえば、今の時代にはただ一人しか居ないだろう。


「竜殺しが来ているのか――?」


英雄ニコール=スレイブ。

王都を襲った一頭の竜族を相手に、単身挑みかかって討伐を為した女冒険者。


思わず その名を口にしてしまったジョージは、すぐさま口を噤んで言葉を止める。

傍らの少年に恐々と視線を向ければ、彼は奴隷の呟きに耳を澄ませる事も無く、姿を消した馬車の残影を一心に見つめていた。


これは、不味いかも知れない。


生きた竜族と竜殺しが出会った場合、どうなるのかが分からない。そう考えていたジョージである。今までに接した限りでは、同族の仇討ちを望む性格ではない筈なのだが、だからと言って今後の予測が出来ているわけでもないのだ。

出来れば穏便に、と恐れつつも、僅かに好奇心が湧いてくる。


ニコール=スレイブは現存する冒険者達の頂点だ。

当時、王家直属の騎士隊ですら王都の街並みと共に容易く踏み躙った黄金竜。半壊どころではなく全壊に至った王都の残骸を踏みしめて、それでも挑み、勝利した英雄。かの竜殺しに対する憧れは、ジョージの中にだって当然ある。冒険者であり一人の男なのだ、興味を持たないわけがない。


「……匂いがする」

「うん?」


呆然と呟く小さな主と、今この時、同じ土を踏んでいるかもしれない竜殺し。

両者が出会った際に起こるかも知れない問題を恐れながら、それでもジョージには、屠竜伯と名高い偉大なる先達と言葉を交わしてみたいという欲があった。

考え込んでいる間に竜族の少年が呟いた内容を聞き逃したが、続いて口にした言葉は流石に対処に困った。


「あの馬車を追うぞ」

「えっ、いや……でもな?」


真っ直ぐに見上げてくる竜族は何を考えているのだろうか。

言葉を濁して時間を稼ごうとするジョージだが、以前にも似たような事があった際、結局は止められずに小さな背を追う破目に陥ったのだ。そう、交易地での御嬢様と護衛の口喧嘩の件である。


屠竜伯には会いたいが、小さな主を彼女に会わせたくは無い。

このまま考え込んでいては、直ぐにでも駆け出そうと身構える御主人様を逃がしてしまうだろう。互いの力関係を考えれば、どうせ奴隷の意見など通らない。馬車を追う事は主にとっての決定事項だ。ならばどうするか。

どうすれば良いのか、ジョージには全く分からなかった。


「わ、……分かった、追うぞ。ただし喧嘩は良くないぞ? な?」

「何故喧嘩をするのだ?」


ジョージの物言いに首を傾げながらも、少年は言うが早いか足を動かして街中を走り出す。

祭り気分で人通りの増えたサンゼルの街路上、幾度か通行人とぶつかりそうになりながらも、主従が揃って子爵邸への道を進む。


「どうして馬車を追うんだ」

「匂いだ」

「におい?」


走りながら言葉を交わしていたジョージが首を捻る。

初めて少年がブリス村に訪れた際、遠目に見えただけの村から漂う悪臭を察知した事を思い出す。つまり、あの馬車からは小さな竜族の気を惹くだけの何かが放たれていたという事、だろうか。

主の返答が簡潔過ぎるせいで、逆に意図が分かり辛い。


子爵邸に近付くにつれて人通りは少なくなり、人間離れした速度で走る事の出来る二人の足なら、速度を緩めたままでも もう間も無く辿り着けるだろう。

だがその場合、何が起こるか分からない。


「何をするつもりなんだ?」


少年は匂いがすると言った。

竜族である小さな主が反応する匂いとなれば、幾つか推測は出来るが確証が無い。

竜退治から二十年余り、未だに かつて打ち倒した竜族の匂いが染み付いているものだろうか。恐らくは無い、とジョージは考える。ならば他には何があると己に問うてみれば、美味しそうな匂いでもしていたのではないか、と ふざけた思考が脳裏を過ぎった。

頭を振って、邪念を振り払う。自分で考えるよりも訊いた方が早い。


「竜だ」


答える竜族の意識は、未だ鼻腔を擽る同族の香りに捕らわれている。

会って何かをしようと考えているわけではない。

長らく嗅いだ覚えの無い同族の匂い。ずっと独りで谷間に住んでいた彼が、久しぶりに存在を察知した同類に会おうと考える事の、何がおかしいのか。それは何もおかしくなど無い、当然の欲求だ。

己一頭のみで生涯が完結する竜族だが、彼等には人間と同等の知能があり、当然 感情も有していた。


近くに同族が居る。

ならば会いたい。


「――会ってみたい」


見た目通りの幼子のように、彼は今までは有って無いようなものだった、全身を苛むような寂しさを感じているのだ。

だから走った。

いつも通り己の欲求に従って、素直な感情で己の行動を決定した。


しかし、そこに立っていたのは一人の女だ。


獅子の(たてがみ)のように雄々しく広がる、色の抜け落ちきった真っ白な蓬髪(ほうはつ)

大柄な体躯を誇るジョージより尚 頭一つ高い、一般的に見れば女性らしからぬ見上げるような その長身。

青色の視線が、彼女の目の前に立っていた子爵から逸らされ、その場に駆け付けたばかりの少年を捉えた。


「――はははっ」


酷く嬉しそうに女が笑った。

笑う彼女とは反対に、期待したものが目に見えない現実を前にした小さな竜族が、動かしていた足を止める。


「……居ない?」

「居るぞ?」


小さく少年が呟いた。途方に暮れた子供のような声音を聞いて、傍らに立ち尽くすジョージが思わず手を伸ばす。

誰に告げたわけでもない疑念の声に、笑う白髪の女が答えを齎した。


子爵邸の前庭に、僅かながらの風が吹く。

何処からか飛んできた花弁が視界の端を掠めていき、頭上から差し込む日差しが女の白髪を照らして、まるで真珠層のように複雑な煌めきを白色の上に躍らせた。

対する少年の金髪も、大部分が帽子に隠されながら、僅かに覗いた金色の上には多彩な色を泳がせる。

両者の髪色は、どこか明確に似通っていた。


「――『此処』に居るぞ?」


己の豊かな乳房を撫でて、下へと滑らせた大きな掌は やがて布地越しの腹部に落ち着いた。


笑う女――屠竜伯ニコール・キッドマンを前に、所在無さげに視線を泳がせていた少年が小さく肩を震わせる。

腹を満たした獣のように、ただ白髪の女だけが笑っていた。

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