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どらすれ  作者: NE
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第二十四話 御嬢様が前を向く話

サロモン子爵家の当主が代替わりしたのは、僅か二ヶ月ほど前の事である。


前当主が奴隷相手の拷問行為に耽溺し、その事実が唯一の実子であるリック・サロモン子爵令息に露見した事を切っ掛けとして、子爵家家中の当主交代劇と相成った。

そこで令息側にて力を貸したのがジョージ達 少数の冒険者であり、厄介事としか言えない御家騒動に関する依頼を引き寄せたのがエリザの人脈。


子爵位というものは(れっき)とした貴族ではあるが、貴族の序列としては下から数えた方が早いという、端的に言えば下位貴族に当たる立場。当主として家の実権を握っている先代子爵は その所業と周囲からの心証はともかく、サロモン領に住まう者達の進退を左右する力があり、貴族とはいえ彼の息子に過ぎない令息よりも、当主の方が当然 味方は多かった。


足りない人手と実行戦力。


子爵令息は己が実父の行いを改めさせるため、領内に根ざす生まれでは無いが故に当主の持つ権力に縛られない、且つ信頼のおける冒険者を雇い入れたのだ。


「――その節は本当に ありがとうございました」

「いえ。私は冒険者として依頼を果たしたまでであり、依頼主である貴方への協力は当然の事です」

「それでも本当に感謝しているのです。近々式を挙げるのですが、勿論ミラー殿にも席を用意して――」


子爵邸の客間にて、男二人の穏やかな会話が交わされている。

あくまで一冒険者という立場にあり、貴人から敬われるだけの価値を持たないジョージを相手に、若き子爵リック・サロモンは確かな敬意をもって接していた。


目の前の冒険者には、身一つで数々の実績を成してきた能力がある。口さがない者達からすれば何処にでもある貴族の御家問題に過ぎない先の一件に際し、最後まで依頼者である令息の味方としての立場を崩さず、事が終わった後も家中の恥ずべき内情を外部に漏らさず口を噤んでくれたという、確かな信頼性がある。

現サロモン子爵は、冒険者ジョージ=ベイブ・ミラーを心から信頼していた。尊敬と言い換えても良い。


元々サロモン領の隣には冒険者から伯爵位まで成り上がったキッドマン屠竜伯が居り、彼女と前当主の交友関係から、現子爵は冒険者に対して比較的 理解のある貴族と言えた。それに加えて、サロモン家前当主の為した恥部同然の所業を知りながらも最後まで契約を遵守し続けた律儀な恩人が相手なのだ、立場のみに囚われ嫌悪する理由など見当たらない。

子爵個人が信頼し、遠からず子爵の妻となるエリザもまた深く親しむ人物。であれば己の屋敷に一室用意する程度は至極当然。彼にはジョージを厭う感情が一切無かった。


反してジョージは凄く気まずい思いをしていた。


サロモン子爵から向けられる、信頼と好意の視線が辛い。

実父を力尽くで当主の座から追い落とし、沢山苦しい思いをしただろうに。その事実を強く思い起こさせる当時の関係者を相手に笑顔が絶えない。何時も泣いてばかりいるジョージとは大違いである。


父親の行なう非道を許せぬと密かに奮起して、僅かな手勢と共に最良の時期を図り、数いる冒険者の中から信頼に値する相手を選別し、戦いの結果として逃げる事無く当主の座に就いた青年。

当主交代の為の一連の事態の最中、自身の傍らで色々と働いていたエリザの人柄を慕うようになり、身分の差を越えて結ばれる事を望み、晴れて挙式を目前とした今の状況を築き上げたリック・サロモン子爵。


――男として負けている気がする。


生まれ故郷を飛び出して以来 冒険者として頑張ってきたが、今のジョージが彼に勝てる要素など魔法の力くらいしか見つからない。人として大事なものが劣っているように思えるのだ。


個人として接してみても、冒険者である己に対して面と向かって敬意を示す相手を嫌う事は難しい。

その人格を評してみても、子爵は見事に善人側だ。若さ故の失敗は当然有るが、人同士の関わりというものは完全無欠であれば それだけで好意を抱くというほど簡単な話ではないのだから、やはり この場での問題には成り得ない。


とても嫌う事の出来ない、誠実な恋敵。


ジョージの失恋など知りもしない子爵を相手に、表面上は笑顔を浮かべつつも、胸の内には複雑な感情を抱えたまま暫し時を過ごすのであった――。



一方その頃、同じ屋敷の別室では小さな主が大量の茶菓子を貪っていた。


甘い。美味い。独特の食感。竜の谷で魔物や獣を食べていた時分には得られなかった味わいだ。

細かな味の良し悪しを論じる事が出来るほど舌が肥えているわけではないが、人間が口にして美味いと評される物を同じように美味いと感じる味覚はある。

魔物さえ食料と見なせる地上最強の生物なのだ。好き嫌いせずに種類満遍なく、用意された茶菓子を順番に味わっては紅茶で喉を潤していた。


「ほーら、汚れてるよ?」

「んっ」


少年の対面に腰掛けたエリザが、柔らかな布を当てて彼の口元を拭う。

男二人の会話を邪魔せぬようにと彼をジョージから引き離したが、まるで弟の面倒を見る姉のような振る舞いだった。


エリザは元冒険者夫妻の一人娘であったため、弟妹など年下の相手には恵まれていなかった。ブリス村に住んでいた頃はジョージの妹であるクリスと幾らかの交流があったが、互いの関係は妹分というよりも対等な友人と呼ぶべきもの。面倒を見てあげる、というような機会はほぼ皆無。


村を飛び出した後は荒事以外の仕事をエリザが受け持ち、冒険者として重要な戦闘面に関しては後に二つ名を得る程の腕を持つジョージに頼りきった状態だった。

ジョージの主観では、肉体労働しか出来ない自分がエリザに助けられていた、という事になる。しかしエリザの認識は逆なのだ。


助けられていた。面倒を見てもらっていた。


互いに依存していたつもりなど一切無い。幾度も助けて助けられた、対等の関係だ。

戦士として戦った際のエリザの実力も、冒険者として中堅どころには指が届く。単純にジョージの実力と才能が一段も二段も抜きん出ており、彼女が共に前に出るより彼一人の方が効率が良かった。


向き不向きによる役割分担に不満があったわけではない。ただエリザという人間は誰かの後ろに付き従うよりも、自ら手を引き他者を振り回す方が(しょう)に合う性格だった、というだけの話。


結局のところ何が言いたいかと言えば、彼女(エリザ)は弟妹が欲しかったのだ。


「実は こっちも美味しいんだよ! はいっ、あーん!」

「あーん」


初対面の子供を相手に世話を焼いているエリザは、傍から見ても凄く楽しそうだった。


その場に同席していたペネロープが自分だけ仲間外れにされているような錯覚を覚えてしまうくらいに、仲の良い義姉弟の交流とでも呼ぶべき雰囲気が出来上がっている。


「……釈然としないわ」


幼馴染のお兄様の御屋敷に滞在しているというのに、どうして自分(ペネロープ)は一人ぼっちで紅茶を飲んでいるのだろう。目の前で己の恋敵に餌付けされている少年に関しても、ペネロープの方が先に出会っていたというのに、何故こんなにも早くエリザに懐いているのか分からない。


エリザ程ではないが、ペネロープとて己より年下の弟妹には憧れていた。

ウィンダスト家には彼女の他に男児が二人居るが、どちらも年上。末っ子であり将来的に外へ嫁ぐ事が当然の女児であるペネロープは、誰かの面倒を見てあげるような経験が全く無かった。そこまで親しい間柄ではないが、アルバスという名の少年は見た目や振る舞いからして確実に自分よりも年下であり、内心で密かに姉貴面をしていたペネロープ。目の前の光景はちょっとした裏切りとも言えた。


だからと言って、二人の間に割って入って声を上げる程の強い執着も無い。結果として微妙に身の置き所の無い この状況、仲睦まじい二人の様子を見守る御嬢様が手持ち無沙汰で何度も何度も紅茶を御代わりしては口に運ぶ。


サロモン子爵に対する恋慕に関しては、実は既に決着が付いている。


それは勇気を出したペネロープが愛の告白をして玉砕、というものではない。

交易地から再度出発した馬車に乗ってサンゼルへと辿り着き、子爵に会いたい余りに到着の先触れとして送った一通の手紙と ほぼ同時に子爵邸に足を踏み入れたペネロープ。彼女が まず目にしたのは、想い人たるリック・サロモンと恋敵エリザが肩を並べて花壇の花を愛でている光景だった。


それは特別でも何でも無い行為だ。

かつてのペネロープとて、兄と慕う相手と共に並んで花壇を眺めた事がある。

しかし、想い合う男女が同じ事をしているだけで どうしてこんなにも違うのか、と少女の小さな肩が震えた。


目にしただけで分かってしまった。

自分の入る隙間は無いのだと。彼等は本当に好き合っている二人なのだと。

――自分は失恋してしまったのだと。


恋心に気付いたばかりの あの時と違い、今度は決して泣かなかった。

だけど笑って二人に声を掛けるだけの余裕も持てなかった。


すぐさま踵を返し、街の宿に一室借り受けて夜を明かした。次の日には子爵邸を訪ねたが、もはやペネロープに婚約の話を蒸し返す意思は欠片も残っていない。結婚の御祝いと、実家はともかくとして自分個人としては婚約破棄を気にしていない、と精一杯の強がりを口にして、たったそれだけで話の全てが終わってしまったのだ。


少女、ペネロープ・ウィンダストは貴族令嬢である。

生まれてから今までを ただ養われていただけの子供だが、だからこそ背負う物もある。

望まぬ婚姻は当然の事。望んだ婚約とて、背負う物のために諦めなければならない。それでも己の我が儘を押し通したければ、現サロモン子爵のように必要最低限を残して他の一切を切り捨てて、ようやく叶うものなのだ。


だが慕う男性の心を手に入れるには どうすれば良いのだろうか。どうすれば、良かったのだろうか。

ペネロープには分からなかった。何よりも、肩を並べて微笑む二人の姿を目にした時に、彼女は己の想いが届かない事を理解してしまった。心の奥底では確かに納得してしまっていたのだ。


悲しいことである。苦しいとしか言い様がなかった。

胸の内にある感情を想い人に打ち明ける事も無く、しかし失恋という結果を受け入れてしまったペネロープ。

これだけ思い悩んでも、陰鬱な溜息は口を衝いてこなかった。幼いとはいえ貴族なのだ、内心を押し殺す事くらい当たり前に出来る。


目の前では子供相手に楽しそうな顔で世話を焼いている赤毛の女性。彼女の持つ何が兄貴分の琴線に触れたのか、少女には今一つ分からない。ただ、本当に楽しそうに笑う女性だと思う。


――少しだけ、笑顔の練習でもしてみようか。


何時か出会えるかも分からない、己の愛する予定の男性の影だけを夢見て。

何処かの情けない竜の奴隷よりも一足早く、若き日の失恋を乗り越えた少女が、少しだけ前向きになって考えていた。

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