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どらすれ  作者: NE
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第二十二話 干し肉が不味い話

竜族とて生き物だ、木の股から生まれたのでなければ親が居て当然。


竜の谷に住まう白竜にもまた、かつて雛であった頃、彼の世話をしていた実親(じつおや)が居た。

かつて この天の下に生まれ落ちた幼い竜族。未だ身を守る鱗も生え揃わぬ我が子を相手に、竜として生きるための知識を与えた存在。


ソレが どのような姿をしていたのか、もはや白竜は憶えていない。

しかし教えられた事だけは憶えている。竜族として当然の知識と教わったものを、今でもずっと憶えている。


食べ物に関しては決して好き嫌いをしない事。

好きな事をするのは大人になってからだという事。

そして最後に、――『竜の奴隷』の作り方。


無論これが全てではないが、彼が親より教わったものは驚くほど少ない。

ただ漫然と生きるだけで国さえ滅ぼせる巨躯の生物に限って言えば、必ずしも知る必要が無かったからとさえ言える。

奴隷として従えたジョージが降って湧いた己の力に関して訊ねた際、その由来を知らないと答えた白い竜族。

その言葉は嘘ではない。ただ単純に、詳細を把握していなかっただけだ。


竜とは獣だ。知恵を持ち、親から子へと竜の知識を継承する程度の文化を持ち合わせていても、その本質は論理を重視する人間種族とは全く異なる生き物である。

何故魔法を使えるのかと問われれば、使えるものは使えるのだから それで良い、と答えるのみ。


理由も原因も、竜にとっては どうだって良いのだ。手段としての利便性があれば、細かい事を気にする必要が無い。即物的で動物的な、良く言えば飾り気の無い、合理性に富んだ生き物だ。

悪知恵を巡らすだけの余分な感情を持ち合わせない、見た目通りの素直な獣である。


ならば信じてみても良いのではないか。


個人の希望的観測を多分に含んだ想いを胸の内に押し込みながら、竜の奴隷(ジョージ)は結局 主に対する明確な答えを見い出せないままだった。



開けた森の一角から見上げた夜空には、無数の星々が散らばっている。

生い茂る雑草の一部を土ごと掘り返し、そこに焚き火を起こして小枝を放り込む。


軽く調理した保存食を口に放り込みながら、ジョージは小さく溜息を吐いた。最近は毎日溜息を吐いている気がしたが、それを考えた所でどうしようもない。焚き火で炙った干し肉を齧って、再度の溜息を飲み込んだ。


「――どうした?」


同じように干し肉を齧っていた小さな主が、不思議そうな表情を浮かべてジョージに訊ねる。

何と答えるべきか、僅かに逡巡する。

口中で噛み締めた硬い干し肉の塩気を舌の上で躍らせて、溜息の理由を誤魔化す為に口を開く。


「いや、余り美味くないと思ってな」

「そうか? 魔物よりはずっと美味いぞ」

「そうか。 ……まもの?」


何か可笑しな言葉を聞いた気がする。

森で収穫した果実を小さく齧って口内と喉を潤しながら、何が可笑しいのかを改めて考えてみた。


手元の干し肉を一口齧る。硬い上に塩気が強く、それなりに不味い。好んで食べたいとは思わない味だ。

しかし魔物よりは美味いと言われた。

それはそうだろう、生きた毒物の味と比較されては保存食を手掛けた職人達が余りにも哀れでならない。

そう考えると、この味も悪くないものに思えるから不思議だった。


「魔物、食った事があるのか」

「あうおー」


口一杯に保存食を詰め込んだ御主人様が平然と頷く。

人間ならば大の大人が一口飲み込んだだけで酷い事になるというのに、流石は地上最強、――という安易な言葉で片付けて良いのだろうか。


竜族の起源は古い。

歴史という文化など持たない獣の事だ。詳しい記録など残ってはいないが、少なくとも人間の知る限りにおいて、古き神々と同程度には長い歴史を持っている筈だった。


竜に限らず、遥か遠き時代の記録は数少ない。


過去に実在した神々の名と その足跡、同時期に活動していた竜族の古い遺骸、神族に仕えた人間達の残した記録。現代に残されているものは、精々がその程度。それさえ各国の王族が直接的に管理、保存しているという話で、貴族の生まれであろうとも目にする事は叶わないのだ。

神々の庇護を受けて辛うじて生存していた人間種族とは異なり、当時から我が物顔で地上を闊歩していた竜族達。彼等は魔物が存在しない古き時代から生きており、魔物が現われて以降も竜の血脈は途絶える事なく現存している。


人間ならば誰しもが その名を知るだろう、生きる災厄。

しかし竜に関する生態は謎が多い。竜に関わるという事はすなわち、人々にとっての災害を目にする事であり、その神秘的ですらある威容に強く惹き付けられた過去の奇人変人共が直に関わりを持とうと近付いたが、現代においてさえ未だ竜族の情報は曖昧なまま。

竜とは生きる伝説だ。人間と同じ地上に生まれ落ちながらも、人のままでは深く知る事さえ叶わぬ幻の獣である。


「だからと言って、魔物を?」


何故あれを食べようと思ったのか。そこがまず不思議だった。


冒険者となったばかりの新人が必ず通る道がある。

それは魔物の肉を味わう事だ。


底辺に位置する冒険者という立場から本気で成り上がるつもりがあるのなら、魔物との関わりは必須と言える。人間同士の問題に関わり実力を示すのは間違いでは無いが、生命全ての天敵である魔物と戦えぬ冒険者に、二つ名を許す程の価値は無い。

敵を知る事。その一環として、決して為してはならない禁忌を行なう。あくまでも知識と経験を得るための行為であり、魔物の毒肉を己の舌で味わった後は即座に吐き出す事が推奨される。


それは如何に飢えに苦しもうと、決して口にしてはならない物。国法によって禁じられた行為だ。

死骸の利用手段として手掛けられた魔法具だけが唯一の例外。その身を支える血肉さえもが人間を害する生粋の敵対種族であるのだと身をもって知るために、冒険者になったばかりの頃にジョージも一度だけ試した事がある。

最悪の味だった。野山で採取した経験のある毒草の方がマシだと思った。

そんな劇物こそが魔物の肉だ。


小さな主の言葉面からすれば、本当に食料として消化したのかもしれない。

今も元気に水で戻した干し果実の皮を味わっている竜族を見ていると、考える事が馬鹿らしくなってきた。


「世の中は分からない事ばかりだな……」

「まったくだな!」


お互いの言葉の意味は若干ズレていたのだが、この場に限っては大した問題ではない。


明日は森を出るために より多く歩かなければならないのだ。味の良くない保存食を飲み込んで、ジョージはもう一度だけ星空を見上げた。


――オレは人間に興味があるのだ。


それは かつて聞いた言葉。

竜の谷で目を覚ましたジョージを見下ろす、美しい異形の少年。

金色の髪から白い双角を空へと伸ばし、素肌の節々を覆う真っ白な鱗は まるで生きた鎧のようだった。


――お前は殺さない。お前は、オレの奴隷になったのだからな。


全身の痛みは綺麗に消えていたのに砕けた鎧と長剣だけは そのままで、なにか悪い夢を見ているのかと思っていた。

だが目の前の悪夢は何時まで経っても消えてくれない。


真っ直ぐにジョージを見下ろしている橙色の視線は、紛れもなく意識を失う前の彼を見ていた竜の両眼。

少年の肢体を包む白い輝きは、自暴自棄となった冒険者ジョージ=ベイブ・ミラーを容易く一蹴した前脚の色と同じだった。


――喜べ。オレは嬉しいぞ? きっとお前も、同じように思う時が来る。


矢継ぎ早に告げられる言葉に、寝起きの頭では全く理解が及ばない。

己を竜だと名乗った幼い子供が、竜を騙るだけの小生意気な小僧だとは到底 思えなかった。

試しに一度だけ歯向かってみよう、などという不穏な思考さえ生まれないまま。一時その場に置き去りにされたジョージは、傷一つ無い己の身体と無残に砕けた武装を前にして泣き笑うだけで無為に時間を過ごしたのだ。


あの時 迷わず逃げていれば、今とは違った結果になっただろう。

どちらが正しいのかなんて、未だに分からないままではあるが。


「一つだけ、頼んでも良いか、御主人様」

「なんだ?」


もう少しだけ、時間を掛けて接してみようとジョージは思う。

恐ろしい化け物ではなく、人間を喰らう魔物でもなく、こうして面と向かって言葉を交わせる相手なのだ。


自分は魔物ではない、と主は言った。


ただ知りたいだけだと口にした、好奇心だけで動く幼い子供。

彼個人を信じきる事が出来なくても、母や弟妹と共に居た あの光景を、ジョージは信じたいと思うのだ。


「――魔法を教えて欲しいんだ。お前なら、俺よりはずっと詳しいだろう?」


だから強くなろう。竜の奴隷が条理を覆す魔法使いであるというのなら、同じく魔法を操る竜族を相手取る事も全くの不可能では無い筈だ。

人間を超える奇跡の一端が 己の手中にあれば、出来る事がきっとある。

いざという時の備えと思えば、彼に対する猜疑心を捨てられない自分を自覚せずにはいられない。信じたいと思いつつも疑って、しかし内心が矛盾しているからこそ、手を抜いて後悔する事だけは嫌だった。


結局の所、やっている事は出すべき答えの先送りとしか言いようのないものだったが、少なくとも話をする以前よりは、指針が在る分、気が楽になっているのも確かな事実。

竜の奴隷としての為すべき役目を、ジョージは そこに在るのだと定義した。

それが果たされる時が来ない事を心の内で願いながらも、竜族を教師役として魔法を学ぶ冒険者が此処に誕生するのであった――。


ジョージ=ベイブ・ミラーは竜の奴隷である。

英雄にはなりたくない、と彼は思った。

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