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どらすれ  作者: NE
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第二十話 竜殺しが夢見る話

湖に囲まれた貴族の邸宅。城と呼ぶには規模が小さく、砦と呼ぶには備えが乏しい。ただ貴人が住まうためだけに建てられた、最低限の装飾を施された屋敷の一室。


かつて成した偉業ゆえに屠竜伯(とりょうはく)と呼ばれる女、ニコール=スレイブ・キッドマンが其処に居た。


「ベイブ・ミラー? そのような冒険者が居たか?」


腰よりも更に下へ伸び、外套の如く広がって彼女の背面を覆い隠す、真っ白になるまで色の抜け落ち切った蓬髪(ほうはつ)

屈強な戦士よりも頭一つ分は高い、女性にあるまじき大柄な背丈。

見開かれた青の両眼が彼女の目の前に跪く一人の人間を見下ろし、気だるげに投げられた問い掛けには すぐさま答えが返ってきた。


「はい。件の子爵家における代替わりの立役者だと聞き及んでおります」


膝をついた姿勢で、顔を上げる事の無いまま小柄な男が大きく答える。

代替わりの立役者という言葉を耳にして、キッドマン屠竜伯は僅かに眉根を寄せて己の頭上を仰いだ。


玄室の如く薄暗い、彼女の居室を埋め尽くす大きな室内装飾が視界に映る。片手を己の腰掛けていた椅子の肘掛部分に滑らせて、その指先が飾りの尖った部分に行き当たると、覇気の欠片も篭らぬ静かな独白が室内に響き渡った。


「『赤子(ベイブ)』か。随分と情けない二つ名だな」


奴隷(スレイブ)』の二つ名を国に認められた女が口にするのは、嘲笑というよりも自虐に近い。

屠竜伯とて、己のソレが畏怖と尊敬を集める栄名としての響きを持たないという自覚がある。そもそも冒険者に与えられる二つ名なぞ、一部の例外を除いて蔑称を冠するものだと決まっているのだ。


社会における底辺層。世間一般からの冒険者に対する認識はそういったもの。

しかし生まれながらに地位と権力に加えて名声さえ有する貴族達から見れば、冒険者などという人種層は掃き溜めどころか廃棄処分予定の汚物に近い。


汚泥の底から這い上がる極々一部。竜殺しスレイブ・キッドマンは例外としても、生まれや育ちを理由として差別する事さえ叶わぬ真の傑物を拾い上げるためだけに その存在を許されている、遠い昔に打ち立てられた国策の残り滓。


冒険者という存在は、英雄を必要としていた時代の遺物だ。


その名が未だ完全に消え去っていないのは単純に、社会の底辺たる冒険者としての立場を彼等から取り上げてしまえば、行き場を無くした元冒険者という名の大規模な難民集団が国中を埋め尽くしてしまうからだ。


全てではなくとも、彼等の内 大多数は他に行き場が無いからこそ、冒険者層へと落ちてきた。

それを無理矢理に取り上げてしまえば、冒険者から その名を変えた難民達は、この国を捨てて他国に流れるか、或いは一つに纏まり自国に対する暴動を起こすだろう。


難民を残らず食わせられるだけの大量の金銭が国には無い。無理に実行すれば間違いなく国庫が涸れる。

だからこそ、冒険者に対する扱いは過去の時代から変わらず継続されていた。


現状を打破する事の出来る傑物など国の中枢には一人も居ない。この国の王族は今も先代も それ以前も、冒険者達の始末に手をこまねいている。自分の次の代が何とかしてくれるのではないか、と考えて先送りする事が慣習化してしまっているのだ。

それでも完全に放置していれば、何時か致命的な事態を招くかもしれない。

故に冒険者の管理を担当する公職が設けられ、国家規模の面倒事を押し付けられる貴族が存在する。


誰もやりたがらない、手を付けたとしても解決できない、完全な厄介事。

損な役職を押し付けられた貴族が、冒険者を丁重に遇するわけが無い。管理という名目で最低限の情報網と冒険者数の把握は行なっているが、間違いなく漏れが有る。予算が足りず、管理するための人手も足りない。成り上がりとして実績を上げる人間が現われても、特に区別するために固有の称号を与えて終わりだ。


要するに、二つ名とは不幸な貴族の腹いせによって名付けられるものなのである。


ならば蔑称である事は当然だ。冒険者係とも言える損な役割を上から押し付けられた貴族達は、そんな小さな嫌がらせによって己の心を癒しているのだ。

現在は その役割の大半を冒険者出身の貴族キッドマン屠竜伯が請け負っているが、彼女とて喜び勇んで他人の面倒を見てやるような優しい人間ではない。


底辺に在りながらも確実な実績を積み上げ、国や周辺貴族に利益を齎すと見なされた有望な冒険者。貴族の目線から見て その存在が有用であると認められた彼等に立派な蔑称(ふたつな)を用意するという楽しい楽しい役割は、相も変わらず下層民との接点を持たない生粋の貴族達が行なっている。


「まあいい。 ――また失敗か?」

「はい。おおよそ半数近くが無傷のまま活動を停止、残り半数が破壊されました」


キッドマン伯爵領の隣に位置する子爵領、そこに存在する一つの小さな村を舞台とした実験の結果報告。

彼の子爵領は当主が代替わりしたばかりであり、未だ領内を掌握出来ていない。

だからこそ、実験を執り行うのは楽だった。


結果は芳しくなかったが、問題はそこではない。失敗を繰り返して徐々に成功作へと近付ける事は実験の最初期から了解していた。失敗の積み重ねは織り込み済みであり、仮に最終段階に至ってさえ彼女の思惑が叶わなくとも、その時は実験そのものを破棄するだけだ。

失敗は当然のものとして許容する。己の望む結果が訪れるのなら、方法は一つに限らないのだから。


そう、そこは良い。ならば問題は何か。


「魔法の発現は成功しておりました。しかし――」

「人間に殺せるものかと言えば、難しいだろうな」


魔物は全ての生物にとっての毒である。

口に含めば嘔吐を誘い、胃に落とせば変調を来たす。大の大人が たった一口の魔物の肉で死に至るとなれば、魔物を食用にしようと考える人間など居なくなって当然。

魔法を使いたければ魔物の死骸を利用するしか無い。それが最も手早く、且つ安全な手段なのである。

魔物の血肉を身の内に取り込む事で魔法使いを目指そうなど、毒物を用いた拷問と変わらない。


しかし、それが屠竜伯の目指したものだ。


細かく刻んだ魔物の血肉を西国から輸入した奴隷に食わせて行なう、長期に渡る経過観察。

キッドマン伯爵領内で捕らえた罪人を対象とした、魔物を素材とした薬物の投与実験。

そうして生み出された失敗作を用いた、人間や魔物を対象とした戦闘行為。


先立って当実験に協力させていた子爵家当主が息子と代替わりさせられたとなれば、今後の予定が僅かに崩れるかもしれない。己にとって不都合な未来を予測した屠竜伯だが、その表情は些かも歪む事が無かった。


生気の乏しい、無気力な様相。

かつて竜族を討伐し、近隣諸国に その名を轟かせた女傑とは到底思えない、臨終間近の老人のような有様。大柄な体躯を白い硬質な椅子の上に投げ出し、視線を上に向かわせて溜息を吐いた。

屈強な生物の白骨を削り出して拵えた耳飾りが、身体の動きに合わせて揺れる。


魔法を用いる失敗作が破壊された。

更に半数は勝手に事切れて死んでしまった。


「……だから何だと言うのだ」


失敗作の半数を破壊した冒険者は、確かに強いのだろう。だがキッドマン屠竜伯の中にはベイブ・ミラーに対する興味が全く無い。

魔法を使用する半端な怪物を殺せても、その程度ならば知識を有する冒険者が複数集まれば可能である。複数で叶う戦果を単独で成せたからといって、そんなもの竜殺しにとっては誤差に過ぎない。

生きた竜族の威容を脳裏に思い起こせば、人も魔物も残らず(ごみ)だ。


賞賛に値する戦果を築いたベイブ・ミラーは、成程、凄い男なのだろう。強い冒険者なのだろう。

だがニコール=スレイブ・キッドマンの求めるモノには程遠い。


心は相変わらず渇いている。

知ろうという気力が湧かない。


興味が無い。誰に言うでも無い独白を口にする寸前、屠竜伯の耳に小男からの報告が届いた。


「それと、ベイブ・ミラーの連れの少年に関して御報告を」

「……少年?」


頭上を覆い尽くす大仰な室内装飾を見上げていた屠竜伯が、報告の内容を聞き返す。


「はい。私の知らぬ魔道具を用いて失敗作を破壊し、その後、村を土砂で埋め立てておりました」


未だ報告していなかった事柄だ。

屠竜伯の部下であると同時に研究者でもある小男の優先事項は一番に実験内容の報告、次いで名を売っている冒険者ベイブ・ミラーの存在。場に紛れ込んだ子供一人、漏らさず報告する必要性を理解しつつも興味の問題から後回しとなっていたのだろう。


室内に響く報告内容を聞き流しながら、屠竜伯の視線が ゆっくりと小男の位置まで降りてくる。


「白い、まるで魔物の甲殻のような魔道具を用いており――」

「顔は?」

「はっ、」

「どのような顔だった」


相手から求められない限り、貴人と視線を合わせてはならぬ。

貴族と接する上で当然の礼儀を守り顔を俯けていた小男は、己の後頭部に竜殺しの視線が突き刺さっている事を感じていた。


小男の総身が震える。

彼の本心としては礼儀など関係なく、世にも恐ろしい竜殺しの化け物と目を合わせたくないからと顔を伏せていたというのに、何が彼女の琴線に触れたのだろうか。考えてはみたが、今一つ理解に至らない。

今の今まで、幾度もの実験失敗を報告しても目立った反応を見せなかった女。


――殺されるかも知れない。


それは彼の被害妄想に近かったが、視線を向けられているだけで全身に感じる、生物としての圧倒的な格差。本能的な恐怖が身を縛り付け、震える喉に全力を注いで報告を続ける。


「しっ、白い服を着て――」

「顔だ」

「金色の、髪がっガガアアアアアアアアア!!!!」

「顔だと言っている。見ていないのならば そう報告するが良い」


斬り飛ばされた小男の左脚が血潮を振り撒き床に転がる。


室内には小男と屠竜伯のみ。

椅子に腰掛けた姿勢から一切動かぬ屠竜伯が手ずから行なったものではなく、今も絶叫する彼の足を斬り捨てた原因は床にあった。


室内に広げられた赤い絨毯を突き破り、その下に隠れた石床から真っ直ぐに伸び上がった一本の石剣(せっけん)

鋸のように側面に数多く配された歯には小男の衣服の切れ端と肉片が こびり付き、その剣が まるで唐突に床から生えてきたとしか思えない異様な光景だった。


「少年、か」


小さく呟いて、キッドマン屠竜伯が己の頭上を今一度見上げた。


彼女自身の手によって綺麗に磨き上げられた、真っ白な室内装飾。

余りにも大型過ぎるソレは、実に彼女の屋敷の半分以上を埋め尽くしている。

大きく開かれた、歪に輪を描く上下の顎。居並ぶ牙が室内に灯された僅かな明かりに照らされ つるりとした質感を窺わせる。

屠竜伯の見上げた室内装飾には幾つも大きな空洞が存在しており、かつては そこに肉と筋と脂肪と血管と、更に体表面を覆う美しい鱗が並んでいた事を思い出す。


ソレは竜の頭蓋(とうがい)だ。


二十年ほど前に冒険者ニコール=スレイブが討伐し、国の権威付けに必要だと渋る王族を脅し付けて奪い取った、己が過去の証明。


「……まさかな」


見上げる白色は彼女の独白に対し何も答えない。

生きていた頃は あんなにも騒がしかったというのに、たかだか死んだ程度で薄情なものだ、――と狂人寸前の不平不満を脳裏に浮かべてキッドマン屠竜伯が微笑んだ。


――まさか、が叶ったのならば素敵なのに。


思い描いた可能性が叶ったなら、きっと間違いなく楽しい事になる。

片足を失った痛みに喘ぐ部下の姿に一欠けらの関心も抱かず、竜殺しの英雄は己の思い至った小さな可能性に捕らわれたまま室外に向けて歩を進めた。


その横顔はまるで恋する乙女のようで。

しかし同時に、この世の全てを喰らい尽くさんとする暴食に狂った悪魔のようにも見えた。

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