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どらすれ  作者: NE
18/34

第十八話 白竜が微笑む話

馬車を飛び出したジョージの背中が あっという間に遠くへ消える。

足で追い掛けるどころか視線で追うのが精一杯で、馬車の座席に取り残された三人の内二人が驚きを消せぬまま互いの顔を見合わせる。


「……どうしますか、御嬢様」

「どう、と言われても」


目的地だった村が燃えている。

ならば救助を、というのが国に仕える貴族の末端に居座るペネロープの考えだ。

しかし己の意思で動かせる人員など護衛のロバート一人しか居ない。護衛を護衛対象から引き離すという危険性を飲み込んだとしても、たった一人を向かわせた所で一体何が出来るのか。


状況は余りにも不透明。


村の変事は事故か事件か、村内や村の近辺に居る筈の警護役が現状において どう動いているのかも分からない。分からない事ばかりの現状で、先の行動を決定出来るだけの判断力をペネロープは有していなかった。

子爵家に面倒を見てもらっている一冒険者に過ぎないロバートも同様だ。

それ故に二人は この場を動く事が出来ない。特別な事情など何も無く、単に選択が出来ないだけで。


村が燃えている光景を前に、充分な距離を取ったまま乗合馬車が停車する。


それほど大型の馬車では無いが、ペネロープ達以外に乗り合わせた少数の乗客達も戸惑うばかりで、車内が(にわ)かに ざわめき始めた。状況への戸惑いだけで彼等に目立った動きは無く、故に混乱こそ生じはしなかったが、この安全な状態とて状況次第で何時までも続くものではないのだ。


動かなければならない。しかしどうすれば良いのか分からない。

ともかく状況の確認をしなければ。判断はその後で良いだろう。


暫しの思考時間を要して ようやく一応の方針を打ち出したロバートが顔を上げると、車内の戸惑いを一顧だにせず歩き出す小柄な白衣装が視界に映った。

短い時間とはいえ共に行動していた、ベイブ・ミラーの連れの少年である。


「ちょっと待て、待て! 何してんだテメエ」


ロバートが背中から声を掛けたが、少年は一切反応しない。

そのまま先程ジョージが蹴破った野外に通じる扉へ向かう子供に向けて、座席から大きく乗り出し腕を伸ばす。


「待てっつってんだろ!」


従者の行ないに、ようやくペネロープも少年の動きに気が付く。

伸ばされたロバートの腕が辛うじて少年の被る帽子に届き、真っ白な生地の端を太い指先で掴んで、小さな頭から するりと取り上げた。


広がった金色が馬車内の一角を染め上げる。


本来ならば細かく結い上げて帽子に隠すほどの長い髪。しかしジョージの母親もクリスも居ない場所で、彼の髪を丁寧に梳いてくれる者は誰も居ない。同行者であるジョージも髪の結い方など知らぬため、無理矢理 帽子の内側に納めていた金色の髪が勢い良く舞い上がった。


そこに至り、やっと自身が呼び止められていた事に気付いた少年が背後を振り返る。

窓からは沈み行く夕日が強く差し込み、金髪の上部から覗く白の輝きが乗客達の目を焼いた。


「返せ」


言葉は短かった。


差し出されたのは小さな褐色の掌。その持ち主である少年の視線を辿れば、ロバートの指先に引っ掛かった帽子がある。


座席から身を乗り出した巨漢の冒険者を真っ直ぐに睨み付ける橙色の視線を前に、冒険者は震える両手で恭しく帽子を差し出した。

帽子を受け取り、乱れた髪を整える事無く己の頭部に置き飾った少年が、今度こそ足を止めずに車外へと姿を消す。


誰も何も言えなかった。

雑音と呼ぶべき車内のざわめきの消えた中で、ペネロープがロバートの服の裾を掴んだまま大きく息を吐き出した。


「何かしら。 ……何、だったのかしら」


小さな子供が、お気に入りの帽子を取られたと思って言葉を介して返却を求めた。


言ってしまえば それだけの事だが、ペネロープの胸の内では激しく脈打つ動悸が納まらない。

たった一言、見知った少年が言葉を発して手を伸ばした。

それだけの事だというのに、どうしてこんなに呼吸が荒れているのか。


静まり返った車内に響き渡る少女の独白。

誰一人として、言葉を返せる者は居なかった。



燃え盛る村を襲っていた犯人を見つけた。


賊では無かった。

何処か他国の工作員でも無かった。

魔物でさえ無かった。

――ならば目の前のコレは、何だというのだろうか。


「オラッ!」


埒外(らちがい)膂力(りょりょく)をもって振り回された木柵が風を切って進み、目標に叩きつけられ破片を散らす。

効果は無い。

それを認めて、すぐさまジョージは武器を手放した。


「……何なんだ、お前は?」


周囲には事切れた村人の焼死体ばかりが転がっている。

壊れた家屋が歪に火炎を撒き散らし、暗くなりつつある空を盛大に赤く染め上げていく。


ジョージの目の前に立つモノは、人型をしていた。


痩せた土地のような砂色をした肌と、粘性の液体を吐き出し続ける大きな両手。

簡素な病人用の衣服を纏い、穴だらけの布地の奥には常識外れなまでに筋肉質な肉体が覗いている。

だというのに相手の頭部は まるで水分を吐き出し切った果実のようだ。人間と同様の目鼻や口が並んでいるが、その両目が本当に自分を捉えているのかジョージには全く自信が無い。


――化け物だ。


間違いなく真っ当な人間ではない。しかしコイツは魔物でもない。

身長はジョージに届かない、恐らく成人としての平均的な背丈。膨れ上がった筋肉のせいで一回り以上大きく見えるが、実際の筋力が如何程かを直に試してみる気にはなれなかった。


数は一体。

しかし単独で村一つを燃え上がらせたとも思えないのだ。伏兵が居ると判断した方が良い。

故にジョージの選択は ただ一つ、――逃走だ。


眼前に立ち尽くす怪物とは別方向に駆け出したジョージに反応し、振るわれた怪物の両手が掴んだ木柵の残骸が激しく燃え上がる。

視界の端で相手の行動を確かに捉え、彼方へ向けて走るジョージの目尻が引き攣った。


怪物の両手から滴り続ける粘液は、掌の汗腺から分泌された可燃性の体液だ。

それを見て、理解して、経歴相応の知識と経験を有する冒険者の腹の内では、猛烈に嫌な予感が渦巻き始めていた。

燃え盛る家屋が密集した村内には、空中を舞い散る火の粉が絶えない。

僅か一欠片の火種でさえ盛大に燃え上がらせる可燃性の体液は、この状況下では危険過ぎる。怪物の周囲に転がっていた村人の死骸が焼け死んだものばかりだったのは、不用意に近付いて奴の両手に捕まった結果だろう。


道端に落ちていた手斧を拾い上げ、振り向き様に投げ放つ。

回転しながら迫る手斧に反応した怪物が両手を前方へと振るえば、飛び散った体液が宙を舞う火の粉を呑み込み盛大に燃え上がった。


しかしそれはジョージの膂力をもって投じられた一撃だ。

人体を包んで焼き殺す炎は強力だが、凄まじい速度で炎を突き抜けた刃は僅かに その勢いを殺されながら、それでも勢い良く怪物の胸部へ突き刺さる。


「――」


突き刺さったが悲鳴は無い。

全身を筋肉に包まれた重量ゆえか、直立する姿勢を揺らされながらも怪物は倒れず。代わりに手斧の突き刺さった胸部から次々と赤い粘性の血液が噴き出した。


「声が無いと効果の程が分からないな!」


手斧の柄、木製部分が燃え上がる血液に包まれ瞬く間に焼け落ちていく。

僅か数秒で炭と化して地に落ちていく光景を目にして、ジョージは絶対に近付かない事を心に決めた。

だがそれと同時に、腹の内に蟠っていた嫌な予感が形を持ち始める。


「勘弁してくれないか……!」


――似たような魔物を見た事がある。

本来の真水のような状態から、空気に触れる事で粘性を伴う体液。体内の八割が可燃性を持つ水分で出来た魔物の存在。

だがその魔物は植物型だ。

断じて人型ではなく、人間のような頭ではなく、筋肉の塊のような化け物でもない。


嫌な予感がする。


「GIGIGIGI――!」


甲高い、酷く耳障りな音を聞く。

まるで猪のような、その鳴き声。つい最近、生まれ故郷の山で聞いたような音だった。


視線だけで振り向けば、背中を燃え上がらせた子供程度の背丈の人型が見える。

可燃性の体液を有する怪物と同じように病人用の簡素な衣服を身に付けており、その頭部はまるで激痛に悶え苦しむ人間の子供のようだった。――背中から有機物にのみ影響を与える火炎を吐き出していなければ、だが。


燃える背中から垂れ落ちた、赤とも桃色とも付かない液体が小柄な体躯を包み込む薄い衣服の布地を濡らしている。背部から胴体の前面へ、まるで背から零れたような形で色が残る。

背中で溶かした人の血肉が、液体となって衣服に染みを作っていた。


「……くそっ」


ジョージは己の脳裏に過ぎった思考を振り払い切れなかった。

目の前の怪物達は、まるで魔物だ。

己の有する知識とは異なる人型をしているというのに、それぞれの有している異常な生態は見知った魔法そのもの。


人間の子供にしか見えない姿で、猪型の魔物によく似た鳴き声を上げて、その背に火毒を滾らせる魔物だ。

まるで人間と魔物を混ぜたかのような、化け物だ。


「考えるな――ッ!!」


地面を全力で蹴り飛ばし、その反動をもって近場に建っている家屋の屋根へ飛び乗った。


屋根を壊さぬよう気を遣いながら両脚を振り上げ、二体の怪物を放置して距離を取る。

村の中からは悲鳴の一つも聞こえない。家屋の燃える音と自身の生み出す物音しか耳に届いてこない。


村人の生存は絶望的だ。


屋根の上から村内へと視線を巡らせれば、ところどころに人影が見える。

しかし間違いなく人間ではない。

人間ならば、火に巻かれながら ゆっくりとジョージ目掛けて歩き出したりはしないだろう。この惨状の中で、声の一つも上げずに屋根の上に立つ人影(ジョージ)を見上げていたりはしないだろう。


総身に得も言われぬ怖気が走る。

助けるべき村人なんて一人も残っていない。倒すべき悪党も この場には居らず、目にするのは人とも魔物とも呼べぬ謎の化け物ばかりだった。

明らかな異常事態。未だ体験した事のない何かが この村を襲ったのだ。


「――殺さないのか?」


声に反応して咄嗟に飛び退く。

見上げた先には何時ものように、宙空に降り立つ小さな主の姿があった。


「どうした?」


ジョージの行動に首を傾げる白い衣装の少年。

村一つ燃えている惨状を前にして、それでも常と代わらない平然とした態度。

獣である竜族にとっては人の生き死になど心を揺らすに値しない事なのかもしれない。しかし、それでもジョージの心中には彼に対する八つ当たり染みた感情が湧き出した。


「……あれが何か分かるか?」


主に対する罵倒の類ではなく、己の感情を誤魔化すような質問で場を凌ぐ。

どうせいつも通り、知らないと一言答えて終わりだろう。


そう考えていたジョージの耳朶を叩くのは、主の口にする予想外の返答だった。


「人間に魔物を食わせたのだろうな」

「――はっ?」


瞠目して主の顔を見上げる。

何を言っているのか分からない。顔でその内心を表すジョージを前に、小首を傾げて言葉を続けた。


「あれは『奴隷』の出来損ないだ。竜がやったものでは無いようだが、そういうものだ」


何を言っているのか分からない。

この場で口にする『奴隷』という名が何を表すものなのか、人間に魔物を食わせた結果が魔法を使う怪物の存在なのだという言葉の中身も、聴覚から入り込む情報の何もかもをジョージは理解したくなかった。


呼吸が掠れて喉が引き攣る。

それでも口を動かした。


「奴隷っていうのは、……俺の事か?」

「――違う。お前はオレの奴隷だろう? あれとは違う」

「だったら全く別物だろう。俺はっ、……俺、は」


震える声音がジョージの中にある恐怖の感情を如実に表す。

冒険者であった頃、幾度か味わった怖さとは違う。

目の前に立つ竜族に殺されかけた際に感じたものとも全く別だ。


「俺も、ああなっていた可能性が、あるのか?」


訊いてはいけない事だったのかもしれない。

それでも口にしたのは、沈黙に耐えかねたからだ。叫び出しそうな激情が腹の内で猛り狂っていたからだ。


人型でありながら、人間とは到底呼べない異形の怪物。

肥大化した筋肉が全身を包み込み、体液を絞り尽くされたかのような頭部は干し葡萄にも似た異形だった。

背中に火毒を滾らせる子供は、小さな主の言が正しければ本当に人間の子供だったのではないか。

自分も、あの時そうなっていたのではないか――?


「そうだぞ」


竜は あっさりと頷いた。


後悔や憐憫、申し訳なさ等の、相手に対する気遣いなど一切見せずに言い切った。

思わず呆けて彼を見つめるジョージの反応こそが不思議だと、何時ものように小首を傾げて真っ直ぐに見つめてくる少年が、まるで全く別の生き物のようにも見えた。


今も村内を歩き回り こちらを目指す怪物達。

あれが自分の末路でもあったのだと。そんな可能性があったのだと聞かされて、頭の中が無意味な空白に染まり切る。


振り切った右拳に衝撃を感じ、そこでジョージは我に返った。


「――ぁ、」

「どうして殴ったのだ?」


拳を握った己の腕を視界に映し、形を持たない言葉が零れる。

驚きも露わにジョージを見つめる竜族の少年は、手加減無しに殴られて赤く染まった頬を気遣う事無く、真っ直ぐに己の奴隷へと問い掛けた。


少年に悪意は無い。敵意も一切見て取れない。


ただ純粋に、何故ジョージが自分に対して暴力を振るったのか、その事を不思議そうに()いて来るだけだ。


「すまっ、いや、俺は……」


その姿は未だ己の瞼を開けぬ無垢な獣か、まるで物を知らない小さな子供だ。

謝罪の言葉が口を衝いて、しかし最後まで言い切る事も出来ずにジョージが俯いた。


「強くなったのだろう? 良い事ではないのか? ――お前は何が不満なのだ?」


生まれ故郷で聞かされた言葉が、再びジョージに向けられる。

そうだ。強くなったのだ。何も悪い事など無いと、自分で そう納得した。

だというのに、こんなにも心が乱されているのは何故だろうか。平然とした態度でジョージとあの怪物達を同列に並べた竜族を相手に、どうして拳を振るうほどの激情を抱いたのか。

いつ殺されるのかと怯えて震え、文句の一つを口にする事さえ気後れしていた相手なのに。


「魔法は便利だぞ、お前も そう思うだろう?」

「まほう?」


それは何時か考えた事だ。

魔法としか呼びようがない、と。常軌を逸した己の力を指して、ジョージは確かにそう考えた。


だから何も不思議な事などない。

魔法なのだと告げられても、心の底では「やはりそうだったのか」と納得している自分が居る。


「魔法、だったのか」

「そうだ」


燃え続ける村の一角で。怪物達に取り囲まれつつある屋根の上で。

そんな事など どうでも良いとばかりに会話を重ねている今の状況は、まるで出来の悪い悪夢のようだった。


「お前は魔法使いなのだ、――『竜の奴隷(ジョージ)』」


酷く嬉しそうに語る竜族の言葉を聞いても、今のジョージは何と答えて良いかも分からない。

初めて少年に名前を呼ばれたというのに、それに対する感想の一つさえ浮かばなかった。


まるで生涯の伴侶に心からの愛を囁く乙女のように。

絶える事無く燃え続ける地獄の中心で己が奴隷の名を口にする幼い竜族の有り様は、人間であるジョージの目を通して見れば、決して救われる事のない悪魔のようにも見えた。

自分には到底理解出来ない、人知を超えた化け物に見えた。

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