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どらすれ  作者: NE
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第十六話 皆で食べ漁る話

体内時計の呼び掛けに応じて、のそりと上体を起こして欠伸をする。

目が覚めたばかりのジョージが己の周囲を見渡せば、未だ夢の中に居る小さな主や子爵家令嬢とその御付きである冒険者が各々毛布に包まって寝息を立てていた。


「……図太い御嬢様だなあ」


実家の子飼いや名の知れた冒険者相手だからと言って、親しくも無い男連中と同じ場所で、よくも深く寝入る事が出来るものだ。

ジョージとしては何もする気が無いので問題無いが、狭苦しい寝所に合計四人を詰め込んでも気にせず眠れるペネロープが肝の太い子供であるのは間違いない。本当に貴族の御令嬢なのだろうかと思わず首を傾げてしまう。


交易地に設けられた宿の休憩所で騒ぎを起こしてしまった一行は、結果として宿を追い出される事となった。


行き交う人々で溢れた交易地に建てられた、貴重な宿泊施設の一つなのだ。状況としては子供が泣いただけの事だったが、それでも宿自体や他の宿泊客に対する迷惑行為だという苦情が寄せられ、宿泊予定客として宿の台帳に名を連ねていたペネロープ達も相手方の苦情を無視して留まり続ける事が出来なくなってしまい、その場に居合わせたジョージ達共々 他の宿を探す破目に陥った。


そんな彼等が昨夜取った宿というのは、屋根のある立派な家屋では無い。幾つかの支柱を並べて上から厚布を被せただけの、簡易的な天幕の一つである。


幕内に備えられた敷き布や毛布の存在もあってか、どうにか睡眠を摂る事が出来た。

居並ぶ雑多な天幕を目にして初めての体験だと喜ぶ御主人様はともかく、ほぼ野宿同然の環境に御嬢様育ちのペネロープは心細げに眉を顰めていたが、事の原因は突然泣き出した彼女にある。これで納得できなければ星空の下、野晒しで眠らなければならないのだ。反省と若干の諦観をもって納得してもらった。しかし現状の熟睡っぷりを見るに、心配など必要なかったのではないかとも思う。


真っ当な宿屋ではないが、天幕が有るだけでも上等だというのがジョージ個人の考えだ。

身一つで成り上がった冒険者と言う立場から、彼には野宿の経験も充分にあるのだ。贅沢は言わない。無論、真っ当な宿に泊まれるのならば そちらの方が良いのは間違いなかったが。


天幕内には左右の両端にジョージとロバート、中央にそれぞれ主とペネロープが寝転がっている。

一足早く目が覚めてしまったが、どうにも手盛り無沙汰だった。

外に出て軽く身体を動かしたいとは思っても、竜の奴隷にそんな自由は許されない。


ミラー邸でもそうだったが、自分が目を離した隙に野生動物そのままの精神を有する御主人様が何を仕出かすか、想像出来ないからこそ恐ろしい。

今もジョージの隣で眠り続ける白い竜に悪意は無いが、良識と呼べるものも また存在しないのだ。


竜族だと知らぬが故に恐れを持たず、見た目通りの子供と認識して平然と彼を叱り付けていたクリスを大いに尊敬しているジョージである。尊敬しているからといって、彼女を真似をする事も出来ないのは情けないが、かつて殺されかけた過去は彼の中で未だに払拭し切れていなかった。

時間をかけて人間社会に対する理解が深まれば、こうして自分が頭を悩ませる必要もなくなるのだろうか。


頼りない未来への期待を胸に、ジョージは今一度 毛布に身を包んで瞼を閉じるのであった。



力の限りに泣き喚き、更に一晩を寝て過ごしたペネロープは、目が覚めてから猛然と朝食を貪った。

失恋の傷を癒すための自棄(やけ)食いである。


悲しみを忘れるための暴飲暴食。ジョージも憶えのある行いだ。最低限の作法を守りながら次から次へと新たな食物を口に運び続ける少女を目にして、失恋仲間たるジョージ・ミラーは慈愛の篭った笑みを浮かべた。同病相哀れむという奴である。


多くの商人達が足を踏み入れる交易地であるため、食材に関してはブリス村よりも豊富に揃う。

近くに河川の類はあるが、余り大きなものでもない。そのため市場に出回る魚の類は数が少なく、目に付く料理は肉や野菜が主体だった。


村内の限られた立地を専有する真っ当に名の知れた飲食店ではなく、多数の簡易店舗が居並ぶ屋台通りを視線で巡る。

食材の品質や味の良し悪しは各々の屋台によって偏りがあったが、より多く食べる事こそ目的である自棄食いのため、一時 護衛をジョージ任せて少女の傍を離れたロバートが食料品を買い漁り、暫しの時を置き、纏めて差し出された屋台の品々をペネロープが貪り食う。


食べれば食べる程に悲しみが増していくが、それ以上に惨めさがあった。

今頃彼女の想い人は好いた女性と楽しく過ごしているだろうに、自分はこうして淑女らしからぬ大量消費活動に従事している。


目に映る全てを食い尽くさんばかりに両手と顎を動かすペネロープは、哀しみの涙を流す代わりにロバートの買ってきた大量の食料を貪った。

しかし所詮は成長途上の少女の胃袋。半分も食べない内に顔色を変えて口元を抑える。


口と腹をそれぞれ片手で押さえて浅い呼吸を繰り返す少女を目にして、もう要らないと思ったのだろう。竜族の少年がペネロープの顔色を窺う。


「食べて良いか?」

「……ぅ」


詰め込み過ぎた食料品で僅かに膨らんだ腹部を押さえたまま、これ以上 食べ物を見たくないとばかりに視線を逸らして少女が頷く。肯定的な返事を受け取った竜族は、遠慮無く未だ手の付けられていない食べ物から順に消費活動へ取り掛かった。


「それで、お前らはどうするんだ。もう家に帰るのか?」


無関係な他人の視線が この場にあれば意地汚いと捉えられる行ないだが、ただ飯ならば大歓迎だ。主に倣って余り物に手を伸ばすジョージを見て「厚かましい奴らめ」と顔を顰めたロバートへと、お前も道連れだと言わんばかりに食べ物を差し出し問い掛ける。本来ならばペネロープに訊ねるべき事柄なのだが、少女は質問に答えられる状態では無い上、一介の冒険者が貴族の御嬢様に馴れ馴れしく話しかけるのも気が引けたためだ。面倒事は御免なのである。


妙に甘い匂いのする棒菓子を受け取ったロバートは不愉快そうに口元を歪め、食べ過ぎによる体調不良に苦しむペネロープを眺めながら溜息を吐いた。


「俺は御嬢様の命令で同行してるだけだ。命令には逆らえんさ」


決定権を有するのは、事の発起人であるペネロープだ。彼ではない。

人によっては無責任とも取れるロバートの発言だが、雇われ冒険者としては当然の判断だ。これ以上問題事が増えるのは御免だが、子供とはいえ雇用主の実娘(じつじょう)の命令を無下にも出来ない。


彼女自身の命令とはいえウィンダスト家の御嬢様を連れて少数の護衛で出歩いていたとなれば帰還後の自身に対する処遇が不安だったが、それに関しては最早諦める他無いだろう。

身一つで冒険者として身を立てる事が出来ないと判断した結果、貴族子飼いの今の立場を受け入れたのだ。己の進退を決定する権利が他者の手に委ねられているという不快感も、うだつの上がらない底辺層として食うや食わずの生活を強いられる事を考えれば、仕方が無いと諦められる。


「早いところ迎えが来てくれれば良いんだが……」


貴族の御嬢様との二人旅。

字面だけならば男として心も躍るが、その実態は無鉄砲な小娘のお守り役だ。溜まりに溜まった心労から御嬢様との口論に発展したが、それだけでも雇い主の心象によっては子飼いの立場を解雇されるに値する。だというのに勢い余って同業者に腕一本で一蹴されたとあっては、冒険者を続けていく自信さえ危うかった。


ベイブ・ミラーの名前くらいはロバートとて知っている。自分とは違う、本物の冒険者だと。

ウィンダスト領近隣の領地であれば、平民にも知られている程の上位の冒険者だ。

それ以上 遠方であれば無名も同然だが、複数の領地を跨いで名を馳せるというだけで無頼の身としては望外であろう。果たしてロバートの見知った少数の貴族や商人達でさえ、彼ほどの名声を得られているかどうか。


「ぐにぐにするぞ?」

「海産物か。この辺りじゃ珍しいな」


そんな男が、子供一人を連れて一体何をしているのだろうか。

最早 一欠片の遠慮も見せず、顔を揃えてロバートの買ってきた食料を食い漁っている二人組の片割れ。


綺麗な子供だった。

大きめの帽子から僅かに零れた金の髪色は日に当たって真珠層の如く複雑な色彩を躍らせて、子供特有の好奇心旺盛な橙色の瞳は生気に満ち溢れて揺らめいている。

整った面立ちは子爵家の令嬢たるペネロープよりも美しい。と雇い主の娘に対して些か不遜な思考さえ浮かんでしまった。


長ずれば絶世の美貌を誇るだろう。

性別の差異など物ともせずに、自身の生まれ持った造形のみで貴族への輿入れさえ叶うのではないか。一般の冒険者達と比べても貴族と接する機会に恵まれたロバートに そう思わせる程の美しさだった。


先程ジョージに手渡された異様に甘い棒菓子を齧りながら、取り留めの無い思考を遊ばせる。

――もしかすると、あちらも面倒事の真っ最中なのだろうか。

己の現状を振り返り、不幸への道連れ欲しさに同業者であるジョージを身勝手に哀れむ。


お互い全く異なる立場なのだが、もしも彼がロバート同様、七面倒臭い依頼や他者の都合に振り回されているというのなら、今現在の自身の境遇とて僅かながらに慰められるのではないか。そんな益体も無い現実逃避の傍ら、事の元凶たるペネロープに視線を向けた。

子供の恋愛事とはいえ、年頃の少女が失恋したという事実は同情に値するが――。


「っつうか、不味いなコレ。おい、ベイブ・ミラー! なんだよコレ!」

「俺は知らんぞ。お前が買ってきたんだろうが」

「こっちは美味いぞ?」


口の中で粘り付くように やたらと甘い味のする、ジョージから手渡された菓子を手元に吐き出しながら。

ままならぬ自身の境遇と勤め先の御嬢様の先行きを心配する冒険者は、自身の買い集めた食料品を食い尽くしかねない二人を押し留めるために声を上げた。


先の予定など御嬢様の考える事であり、自分はただ命令を聞けば良いだけだ。


いっそ清々しい程の思考放棄。

これ以上 心労を重ねたくないロバートは無責任にも己の腹を満たす事を優先し、食べ過ぎ故の腹痛に苦しむペネロープはそんな薄情な護衛の内心にも気付かない。


青い空の下、交易地の片隅に、少女一人を放置したまま、しばらくの間 楽しそうな男三人の喧騒が響き渡るのであった。

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