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どらすれ  作者: NE
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第十五話 御嬢様が号泣する話

ブリス村出身の冒険者、エリザという女性はどのような人間か。


彼女は村に居付いた元冒険者夫妻の間に生まれた平凡な村娘であり、それゆえ家名も二つ名も持たない、極々有り触れた平民だった。


よく笑い、よく遊び、よく人に好かれる明るい性格。


冒険者ジョージ=ベイブ・ミラーを村の外へと連れ出した、得難き才能の発掘者と呼ばれた事もある。

特別な才能などは持っておらず、人当たりの良さと周囲を惹き付ける笑顔だけで世を渡ってきた、贔屓目に見ても有象無象の中堅どころに辛うじて食い込めるかどうか、といった程度の力しか持たない平凡な人間。


後に名の売れ始めた冒険者であるジョージと一緒に活動していなければ、その程度の評価さえ手に入らなかっただろう。彼女が人に好かれ易い性格でなければ、きっと口さがない連中からは男を当てにして貢がせている女だ、などという悪評さえ出回っていた筈だ。


彼女の能力のみを純粋に評価するのなら、その程度の人間という事になる。


冒険者らしからぬ人当たりの良さ故に多方面からの信頼と あらゆる仕事を引き寄せて、それを糧にして今のジョージの立場が有る。持ちつ持たれつと評すべき、中々に釣り合った関係だった。


そんな彼女に振られた事がジョージにとって二度目の転機。

実際には告白さえ出来ていないので振られる事さえ出来なかったが、細かい違いは脇に置こう。


一般からの評価が芳しくない、冒険者という立場。

だというのに、それを隠す事無く好き勝手に振舞った上で、当人にとっては一切の自覚無く貴族の お坊ちゃんの心を射止めてしまった罪深き女、エリザ。

彼女がどういった人間かと問われれば、惚れた弱みを持つジョージは己の本心をもって語るしかない。


「女神だな。間違いない」


ジョージにとってエリザは村で燻っていた自分を連れ出してくれた、未知の世界の開拓者だ。

恩義がある。好意がある。失恋をした悲しみがあった。

笑顔も、口調も、或いは彼女の有する如何なる欠点さえも肯定したい。恋は盲目と言うが、未だ彼の視界は晴れていないままだ。


笑顔で断言するジョージを目にしたウィンダスト家子飼いの冒険者ロバートは、また変な奴が増えただけか、と顔を歪めて茶を啜るしかない。

失恋した相手を神様呼ばわりする己が奴隷を目にした竜族は、首を傾げて人の感情の複雑さに想いを馳せる。


そしてジョージと同じく異性に振られた側である貴族の少女ペネロープは、力強く頷いて立ち上がった。


「――ならば私は、お兄様の素晴らしさを語らねばっ!」

「やめて下さいよ御嬢様」


湧き上がる謎の対抗心。

拳を握ってジョージの女神発言に立ち向かう雇用主を制して、この場における一番の苦労人であるロバートが己の茶髪を掻き毟った。


彼としては一刻も早くウィンダスト家に帰りたい。

雇い主の娘であり、現在は護衛対象であるペネロープと喧嘩した件についての叱責は恐ろしいが、人の行き交いが雑多な交易地にて、たかが子爵家程度とはいえ貴族の御嬢様を連れて出歩くのは気が気でない。

何らかの問題が起こった場合、自分一人では対処し切れないだろう。


先の口喧嘩の際ジョージに一蹴された事で、血の昇っていた頭が完全に冷え切っていた。

貴族の後援を受けているロバートだが、それは逆説すれば大それた援助を受けなければ成り上がれない、凡百の輩の証明でも有る。

自身の対処能力に不安を抱いた精神状態で、気分屋な貴人の護衛などしたくなかった。

せめて自分以外にも子飼いの冒険者を引き連れて来れば良かったのだが、今更考えても意味が無い。


ロバートの掣肘によって盛り上がった気分に水を差され、当のペネロープは頬を膨らませた。


かねてより兄と慕っていた相手から婚約を断られて、しかもその理由は好きな女性が出来たからだと言う。

少女の有する女のプライドは傷付いていた。


異性としてか、或いは兄としてかはともかく、慕っていた男性に自身との婚約関係を拒絶された事も拍車を掛けている。彼女に自覚は無かったが、年頃の少女らしく泣き喚いて周囲に当り散らさないのは両親の教育の賜物だ。


だが、だからこそ危うい部分もある。

感情の捌け口は必要だ。溜め込むばかりでは許容量を超えて爆発するだけ。


今更、誰も彼もが納得するような結末など用意出来ないのだ。

ペネロープが兄と慕う男性には好きな相手が居て、少女の未だ形の定まっていなかった想いは彼方に届く事無く潰えるだろう。


この時点で全てを丸く治める事は不可能だ。現にウィンダスト家当主は婚約破棄による影響を宥めるために奔走している。対外的にはともかく個人的感情として見れば、愛娘と自家の名に傷を付けられた当主の抱く怒りが両家の関係を今まで通りに保つ事を許さない。

自身の恋心を理由に婚約を破棄した相手方の子爵家令息も、その辺りは恐らく了解しているのだろう。関係の修復は、現状では絶望的だ。


こんな事態を一体誰が喜ぶというのか。

仲の良かった両家の距離が離れていく様を目にしても、何の実権も持たないペネロープには傍観する事しか出来ない。


そもそも一連の事態、悪いのは間違いなく面子を潰して個人的感情を優先した子爵家令息なのだ。


エリザという名の冒険者は、そこまで魅力的な女性なのだろうか。

兄妹のように長らく絆を深めてきたペネロープよりも良いと言うのか。

爵位として同格たるウィンダスト家との友好関係に罅を入れても手に入れたいと願う程、美しくも素晴らしい女であるのか。


ベイブ・ミラーは渦中の女を女神と呼んだ。

女神。

女神か。

ならば神を手に入れるためにペネロープは捨てられたのか。


交易地にて要らぬ揉め事を引き寄せぬため、派手になり過ぎないようにと選んだ簡素なドレスの裾を握り締める。


見た目に気を配ったとしても、生まれ育ちを完全に誤魔化す事は出来ない。

領地持ちである子爵家の御嬢様というだけで、悪意ある者達からすれば利益を求めて手を伸ばす理由には足りている。


だが所詮その程度だ。


金銭を目的として悪事に加担する下賎の輩は釣れるだろう。しかし少女の慕う兄が求めるだけの価値は そこに無い。

もしも少女の生まれた家が下級貴族である子爵家ではなく、伯爵ならば どうか。それより上の侯爵ならばどうなっていただろうか。或いは互いの間に年の差が無く、彼と同年代であったなら?


それでも拒絶されていただろうか。彼にとっては価値の無い女だと見なされたのだろうか。

それが良くない事だと知りつつも、それでもペネロープは考えてしまうのだ。


――どうすれば、敬愛する兄と添い遂げられたのか、と。


「ああ……っ」


そんな考えは、今更過ぎる。

持て余した感情を吐き出す事も出来ず、子飼いの冒険者に命令して家から離れた こんな場所にまで出向いて。運良く出会えた、エリザという名の女性をよく知る冒険者から彼女の人となりを聞けたのに、そんなものは何の解決にもならなかった。


だが見返りはあった。


本当に。取り返しの付かなくなった今になって思い知るには、本当に遅過ぎる話だが。

自分が敬愛する『お兄様』を こんなにも恋い慕っていたという事実を、今更になって自覚したのだ。


未だ少女でしか無いペネロープは、兄としてではなく異性として、彼の事が好きだったのだと。



「うああああああああ――」


突然泣き出したペネロープを前に、冒険者二人は困惑して周囲を見渡す事しか出来なかった。


何故泣き出したのか分からない。

どうすれば良いのか分からない。

少女の泣き声を誰かに聞き咎められた場合の言い訳を思考の片隅で必死に練り上げ、突然の事態に冷や汗を流す事しか出来ない混乱の最中、彼女が泣いている理由に思い至らず狼狽する。


その場で動けたのは、竜族の少年だけだ。

ただし、その事実が状況を好転させる事は全く無かったが。


「――お前も失恋したのか?」


恋に敗れた少女に対して一欠片の気遣いさえ無く。

己の好奇心を剥き出しにして無遠慮に訊ねる小さな主を見て、ジョージは場の空気を読めない生物の持つ恐ろしさを知った。


更に強く泣き喚く子爵家令嬢ペネロープ。

それで優しくして接しているつもりなのか、かつて教わった通りに彼女の頭を撫で続ける白龍アルバス。

泣き声を聞いて駆け付けた宿の従業員を相手に、必死に言い訳を重ねる苦労人ロバート。

自分以外の誰かが事態収拾に尽力してくれると本当に楽だな、などと考え、開き直って平然と茶を啜り始める竜の奴隷ジョージ。


空気を読めない竜族と、場に居合わせた同業者に全ての面倒事を押し付ける薄情な奴隷。泣き喚く御嬢様と、場を収めるために奮闘する子飼いの冒険者。

四者四様。対照的な主従の姿。


そんな混沌とした場が静まるのは、更に一時間ほど後の事となる。

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