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どらすれ  作者: NE
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第十三話 他人の喧嘩に手を出す話

正面から飛び掛かる猿型の魔物に対し、横殴りに振るった山刀の背で顔面を打ち据えて体勢を崩す。――いや、体勢を崩すつもりだったのだが、頬骨を強かに叩き伏せた衝撃そのままに、魔物の首が ぐるりと勢い良く回転して へし折れた。


先の一撃はあくまでも牽制のつもりだったのだが、初撃で一匹仕留めた事で群れの動揺を誘えたのだろう、残る三匹の猿達が甲高い鳴き声を上げながらジョージを相手に距離を取る。


だがその行動は悪手だ。


山刀を握る側とは反対の手で小刀を投擲。

これもまた相手の次の行動を限定するための牽制目的だったのだが、投じられた一刀を回避しようとした魔物の反応は間に合わず、逃げ遅れた足を貫いて血飛沫が舞う。ここで一息。片足を潰された魔物は放置して、残り二匹の対処に専念すれば良い。


このまま戦闘を進めれば猿の群れも程無く全滅だ、魔物相手としては順調過ぎる戦況にある。

しかし――。


「……やり辛いな」


己の一挙一動が敵の戦力を削ぎ落とす晴れやかな光景を前にして、ジョージは舌打ちをしたい気分だった。


小型の魔物相手とはいえ、余りにも容易い。

今の自身は以前とは比べ物にならない程に強くなっている。

それは冒険者として培った経験と、深く見知った戦術の一切が不要となる程に。野の獣同然の、物を考えぬ力任せな振る舞いだけで人を上回る化け物を仕留められる程に。


強い事は素晴らしい。

強くなった自身の現状もまた良いものだ。


だが純粋な暴力に頼り切った戦い方を良しとすれば、何時か己より強大な敵と出くわした時に勝つ事が出来なくなってしまう。苦境の味を知らぬ巨獣が打ち倒せる敵とは、自分以下の小獣のみに限るのだ。

徐々に化け物染みてきた身体能力は便利なものだが、人間としての賢しさを捨てては冒険者と呼べなくなる。


最後の一匹を仕留めると、死体処理のために手早く作業を開始する。

道の半ばで足を止めていた馬車の主に手を振って周囲の安全を伝えると、後は慣れ親しんだ解体作業の時間だ。


「いやあ、ミラー家のジョージさんが護衛に付いてくれて安心ですよ」

「慣れていますからね。今ぐらいの相手ならば、俺一人でも問題有りません」


護衛依頼として接するのならば馬車の主に対して「油断をするな」くらいの苦言は口にしたのだが、彼はブリス村に住む村人の一人だ。ジョージ達の目的地への進路上にある村に出向く用事あるとの事で馬車に同乗させてもらっているのだが、途上での障害の排除は正式な依頼というわけでもない。

素人である彼に魔物への警戒を促した所で成果など見込めない上、自分が口煩く接したせいで余計な悪感情を買って実家に迷惑を掛けるのも避けたかった。

彼のブリス村への帰路に際しては、同道出来ない自分の代わりの護衛を雇うように仕向けておこう。


頭の中で幾らかの計算を済ませたジョージは、人当たりの良い笑顔を浮かべて馬車の主と談笑する。

問題は、馬車の荷台の中にあった。


「暇だ」

「ああ……、うん。すまん」


馬車の荷台に篭り切りとなっている少年は元気が無かった。

この場に娯楽と呼べるものなど外の景色を眺める以外に何も無い。それさえも馬車が止まっている間は目に映る景観が固定され、結果として退屈を我慢する竜族という世にも珍しい生き物が此処に居るのだった。


短い奴隷生活の経験から大丈夫だと分かってはいるが、ジョージとしては退屈を持て余した竜が今にも暴れ出すのではないかと一人で身を震わせるしかない。

だからといって御主人様の暇潰しのために魔物退治を任せる事は不可能だ。幼い少年を一人魔物の群れに差し出す光景を見た馬車の主が「何をしているのか」と瞠目する未来しか見えない。


――何か面白い話でも出来たら良いのだが。

主の退屈を紛らわせるための手段を模索するジョージは、若干ながら己の立場に準じた奴隷根性が芽生えつつあった。


「このままの調子なら、明日には村に着く。それまでの辛抱だ」

「そうか」


馬車を襲ってくる魔物も小型で弱小の部類が精々。それとて数は少ない。

経験上、どこぞの傭兵崩れが野盗として襲い掛かって来る可能性も考えていたジョージとしては、野盗の視点で見れば実入りが少な過ぎるのだろう、田舎の平穏な日常を垣間見た気分である。

だがこのままでは その平穏が竜の勘気に触れる可能性も否めない。

言葉少なに頷きを返す少年に、実家から持ち出した干し果物の入った皮袋を手渡して その場を凌いだジョージは、早く次の村に到着出来るようにと馬車の主の背に拙い祈りを捧げるのであった。



来たる翌日、ジョージにとっては非常に喜ばしい事に、予定通り次の村へ到着する事が出来ていた。


馬車の護衛に関して改めて感謝を告げられて、この村が目的地であった馬車の主とは別れた後。二人並んで物資の買出しへと向かう。

出立から今日までは乗り合わせた馬車の荷台に積み込まれた食料を分けてもらえていたのだが、これから先はそうではない。

目的地であるサンゼルに着くまでは もう一つ村を経由する必要があるし、運良く行き先を同じくする他の馬車が見つかれば良いのだが、その場合であっても食事等に関しては自前の物を用意しなければならないのだ。


先の馬車内に積まれた食料を分けてもらえたのは、ジョージが彼と同じ村の出身であり、且つブリス村の村長から直々に頼まれた相手であるが故。初対面の人間が一介の冒険者とその連れに そこまで気を遣う理由は無い。

それ以前に、都合良くジョージ達二人を乗せてくれる馬車が見つかるかも分からないのだが、その場合は荷物を背負って次の村まで延々と歩く事になるだろう。そうなる可能性を考えたくは無いが、休み無く歩き続けるというのなら、馬車に篭り切りになるよりは小さな主の退屈が紛れるだろうか。


先の予定に頭を悩ませるジョージを余所に、ようやく地に足をつけて元気を取り戻した御主人様は、ブリス村とは比べ物にならないくらいに人通りの多い村の活気を目にして視線が泳いでいた。


野生の獣と立ち込める霧以外に観るものの無かった竜の谷。

畑作と酪農が主産業である簡素な田舎のブリス村。

今までは比較的 人の少ない場所にしか足を踏み入れていなかったため、竜族の少年にとっては初めて目にするような人だかりである。


「人が多いな」

「ん、ああ」


この村は周辺の村落から延びた道の交わる位置に在る。その立地ゆえ交易地としての役割を見込まれて、恐らくは近隣に点在する共同体の何処よりも人が多いだろう。


商売のために村に居座る商人達。

商人の持ち寄った品物を求めて村を訪れている近隣の村人達や、新たな職を欲した出稼ぎ人。

先に上げた人々を当てにして村を広げ続けてきた、元々この村に住んで居た者達。


諸々の事情が兼ね合った結果、村と言うよりは街と呼ぶべき規模に近い。

それでもジョージの見知った領主直轄地や、国の王都などには及ばない。人と物と金が集まれば活気が生まれるが、わざわざ手を施して集めずとも有る所には最初から有るものなのだ。

未だ発展途上ゆえの若々しい村の熱気が悪いわけではないが、こういった混沌とした地域では往々にして問題事も頻発している。


「――喧嘩だ!」

「またか」

「早く自警団呼んで来いよ」

「放っとけば来るだろ?」

「他でやれよなあ」


人が集まるという事は、そこに交流が生まれるという事だ。

そして交流とは必ずしも和気藹々とした好ましいものに限らない。


「喧嘩だと言っているぞ」


そう言ってジョージを見上げる主の瞳を直視できない。

喧嘩があった。成程、確かにそう言っている。しかし、だから何だと言うのだろうか。

まさか人間の喧嘩が見てみたい、などと言うわけではないだろう。ない筈だ。無いと言って欲しい。


話を誤魔化すように殊更軽薄な笑みを浮かべて視線を下方に向けてみれば、既に喧騒の渦中へ歩を進めている御主人様の背中が見えた。


「せめて俺の返事を聞いてからにしてくれ!」


行き交う人影に隠れて覗く、小さな背中。

人混みを掻い潜って背を追うジョージだが、その大柄な体躯ゆえに そうそう上手く前へは進めない。

今にも視界から消えてしまいそうな白い衣服をどうにか捉えて、意識を集中させた奴隷の聴覚は甲高い声と誰かの怒鳴り声をその鼓膜で拾い上げる。


喧騒の中では内容を把握出来ないが、件の喧嘩というのは間違いなく厄介事だ。

交易地としてそれなりに栄えている この村では揉め事など良くある事だろう。だが耳に届いた甲高い少女の声と、柄の悪い男の怒鳴り声。両者の違いから、少なくとも対等な言い争いであるとは思えない。


そんな状況に知りたがりの竜族が参戦すれば、果たしてどのような事態に発展するだろうか?


「お前は どうして怒鳴っているのだ?」

「はあ? また餓鬼が増えやがったか!」

「ちょっと貴方っ、危ないから下がって――」


少なくとも、ジョージの胃に優しい展開ではないだろう。


いつも通りに小首を傾げて、ただ純粋に知りたいと思った事を尋ねている小さな主。

少年が到着した時には既に機嫌が限界値まで下降していたのか、邪魔だと言わんばかりに手を伸ばしている男。その雰囲気と装いから、恐らくは冒険者であろう。

そして最後、渦中の一人。慌てた様子で唐突な乱入者である竜族を庇おうとする、彼の少年より僅かに年嵩な少女。


ああ、やはり厄介事だった。

しかも火に油を注いでいるのは常識知らずで他者の感情の機微にも疎い、ジョージの御主人様その人である。予想通り過ぎて喜べない事態だ。


人混みを抜ける。


渦中の三者を取り囲むように見物している面倒な野次馬達の一角、己の道を塞ぐ人間共の肩を掴み、強引に前方へと身体を乗り出した。


大きな帽子でその整った面立ちに影を作る美しい少年。

彼に向けて腕を伸ばした冒険者の前に立ち塞がり、その腕を強く掴み取る。


「お前、やっと追い付いたのか?」


動揺も驚愕も一切無く、突然目の前に現れたジョージに対して主が呆れたような言葉を口にした。

少年の言葉によってようやく時が追い付いたかのように、今更になってジョージの動きに追従した風が場の一帯に吹き荒れる。


腕を掴まれた冒険者は暫しの間を置いて、ようやく自分の腕が捕まっている事を認識したのか、驚きに目を見開いて口を開いた。


「てめ――っ」

「五月蝿い」


掴んだ腕を強引に捻り、持ち上げられた冒険者の全身が宙を舞う。

相も変わらず身体が軽い。まさか成人一人を予備動作無しに片手で持ち上げられるとは、正に魔法と呼ぶしかない光景だ。


「ぐげっ!!」


背中から地面に落ちた冒険者の身体が盛大に土埃を舞い上げて、冒険者の肉体を掴んで容易く振り回すジョージの豪力に野次馬が無責任な喚声を上げて囃し立てた。

見下ろした先に転がっている冒険者は地に叩き付けられた痛みと衝撃で呼吸が止まったのだろう、苦しそうに顎の間接を開閉しながら声も無く悶えている。


「喧嘩は終わりだ。 ――散れっ!!」


意識して威圧的な声を張り上げると、肩を跳ねさせ不快そうに眉を顰める野次馬達を追い散らす。


派手な演出で強引に場の主導権を握り、後は無理矢理にでも人だかりを消してしまえば、交易地に頻発する有り触れた揉め事の一つに過ぎない この喧嘩が長く後を引く事も無いだろう。

一連の事態は即時終了。あとは御主人様を抱えて人混みに紛れれば それで終わりだ。


「貴方、ベイブ・ミラー?」


終わりの筈、だったのだ。


二つ名による呼び掛けに視線を向ければ、渦中の人物の片割れである一人の少女が腰に手を当ててジョージを見上げていた。そんな彼女を興味深そうに見つめる主の姿もある。

ジョージの強引な遣り口が気に障ったのか、或いは別の問題があったのか、やや不快そうに眉根を寄せた少女。


それなりに仕立ての良い、しかし場に合った簡素なドレスを身に付けた、恐らくは良家の子女。そうでなくとも裕福な家の生まれだろう事は察せられた。彼女のドレスには、ジョージの母が丁寧に仕立てた御主人様の白服よりも高価な作りと品の有る刺繍が見て取れる。


ああ、また厄介事だ。


両手で顔を覆って消沈するジョージ=ベイブ・ミラー。

彼の平穏が遠い事は、もはや説明するまでも無い当然の話だった。

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