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どらすれ  作者: NE
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第十一話 次期村長が笑う話

夜、ジョージ達の出立を明日に控えたミラー邸の一室。

差し向かいに腰掛けた村長とジョージが、安酒を手に沈黙していた。


「……」

「……」


気まずい。


この機会を逃せば、次に顔を合わせるのが何時になるかも分からない。

五年振りに再会した父と子が語り合うには今しか無いのだ。

――だというのに、何を話せば良いのかが分からない。


村長は出来の良い長男に期待をかけていて、だというのに当の本人は村を出て無頼者の仲間入りをしてしまった。

同じ男として夢を胸に抱く息子を応援したい気持ちと村の長としての義務感との板ばさみから、村を出て行くジョージに対して笑顔で その背を押してやれるような暖かな言葉を投げ掛ける事も出来ず。全てが彼一人の手で為されたものでないとはいえ、誰の助けを借りる事もなく自らの力で離れた故郷に名が届く程の冒険者となったジョージ・ミラー。

久方振りの帰郷に際して、村に不利益を与えていた魔物の討伐さえしてもらった。


あのジョージが、本当に立派になったと言える。

しかしこれでは かつての彼に向けた父としての苦言が間違っていたと言うようなものだ。

優秀な長男は村の外においても やはり優秀なままで。ブリス村という小さな世界に押し込めようとした自分の考えが間違いだったのではないか、と年老いた村長の心は弱気になる。


結果として、立派になった息子を前に、口が重くなってしまうのだ。

何を言っても余計な口出しになってしまうのではないか。既に親の手を離れた一人前の男を相手に、小さく纏まる事で幸福を築かせようと考えていた父親は何も言えなくなっていた。


対するジョージも、父に対して何を言うべきか分からない。


子供の我が儘と言っても仕方の無い強引な やり口で村を出て、挙句の果てに此度の帰郷理由は己の失恋だ。

自分が村を飛び出したせいで父にも弟にも多大な迷惑を掛けただろう。それに加えて実は竜退治に向かって死に掛けていました、などと口にするのは想像するだけで申し訳ない。

無論、竜に関する事情を話すつもりは全く無かったが。


何か一つでも間違っていれば、ジョージの連れ帰った小さな竜族が生まれ故郷を滅ぼしていたかもしれないのだ。失恋から引き続いて死に瀕した経験と、度重なる心労や肉体的な苦痛によって現実感が著しく欠けていたが、そうだとしても己の行動は余りに危機意識が足りていなかった。

対策を施したとしても一切どうにもならないのが竜という存在である。目の前に座る父親に真実を暴露したとしても、息子の正気を疑った挙句に心労で倒れるのが関の山。今の状況は人の力では決して変えられない類のものだ。


だから、黙っておこう。

幸いと言うべきか、ジョージの御主人様は悪辣な性格ではない、とても素直な野生動物だ。

自分ならば上手く制御出来る、とはとても言えない。しかし致命的な事態だけは避けられるだろう。


白竜アルバスに対する責任は欠片も余さずジョージ=ベイブ・ミラーが背負ってみせよう。

……世界最強の生物を相手に そのような無理難題、現実として成せるかどうかは全く別の話だが。


「……ジョンの事だが」

「うん?」


考え事をしていたジョージを余所に、ぽつりと次男の名前を零す村長。

呟きに反応して視線を上げれば、気掛かりがあるのだと表情で語る父の姿。


「ジョージ。お前、ジョンと、何かあったか?」


随分と曖昧な質問だ。

何かあったか、と言われたところで訊ねられたジョージには分からない。

次期村長でありジョージの実弟、ジョン・ミラー。彼に何かあったのだろうか。憶えている限り此度の帰郷に際しても大した会話の無いままで、彼と交わした言葉といえば山の魔物に関するものと例の失恋を指摘された時くらいか。


「俺には分からないが。……何かあったのか?」

「何かあった、というわけではないんだが」


聞き返す息子を前に、村長の態度は煮え切らない。

兄であるジョージへの態度を見るに、不満を溜め込んでいる事は間違い無い。

薄情な事を口にするのなら、放置しておいても問題は無いだろう。次期村長としての立場で五年の時を過ごしてきたジョンは、そうそう大胆な行動に出るような男ではない。分を弁え、ブリス村という共同体全体の損得を踏まえた上で一時の我慢を己に強いる事の出来る、信頼の出来る堅実な人間だと現村長は捉えていた。

他者には窺えぬ その胸中にてジョン当人が考えていた以上に、彼は村の長という立場に向いている。


明日にでも再び村を発つと言う長男に余り負担を掛けたくは無いが、老いた父親は彼等の兄弟仲を心配していた。

子供達には仲良くやって欲しい。叶うのならば、ジョージにも このまま村に留まって欲しいとさえ思っている。口に出す事こそ無いが、それこそが村長の本音だった。


「一度、腹を割って話をしてみるよ」


五年前までは想像もしなかった、実父の見せる弱気な姿。

年を取ったのだろう。

ジョージが己を磨き続けた五年の間に、時の流れが厳しく力強かった父親を変えたのだ。


その主たる原因が冒険者を志して村を出た自身にあるのかもしれないと考えて、口に含んだ安酒が苦味を増したように感じた。



一方その頃、話題の人物ジョン・ミラーは困惑していた。


ミラー邸の自室にて、近々 村を訪れる行商人との交渉予定表をしたためていたのだが、そんな生真面目な彼を観察する一対の視線。

アルバスという名で呼ばれている、小さな竜の少年である。


「……」

「……」


二人の間に話題は無い。

夕食を終えてからずっと自室に篭っていたジョンは当初の予定通り己の仕事に精を出しているだけだったし、そんな彼を真っ直ぐ見つめて人間観察を行なっている少年は観察対象の感情の機微を察するだけの対人能力を持ち合わせていなかった。


少年が何故自分の部屋に居るのか、ジョンには全く分からない。

彼がブリス村を訪れて以来、二人の間に交流と呼べるだけの関わり合いは一切無かった。

何より此処はジョンの自室である。部屋の主に対して入室の許可も得ず無遠慮に足を踏み入れて、だというのに彼の やる事といえば金勘定や村に必要な雑貨の仕入れに頭を悩ませるジョンを じっと見つめて黙り込むだけ。


何をやっている。何が望みだ。母かクリス辺りが早く引き取りに来てくれないだろうか。


思い悩む余り、ジョンは机に向かいながらも一切仕事が進んでいない。

基本的に受身な対応に終始しており、娯楽の少ない田舎村に住んでいながら殊更 活動的なわけでも無いが故に年下の子供達と積極的に交流を持つ事も無かった、友人の少ない次期村長ジョン・ミラー。


彼の努力の成果もあってか、村人達から嫌われているという事は無いのだが。

呼びもしないのに自分の近くに寄って来た子供に対して どのような対応をすれば良いのか全く考え付かない、著しく積極性に欠けた情けない大人の姿が そこにあった。


対応に困り果てて視線を泳がせるジョンを見兼ねたわけではないが、ずっと観察するに留めていた少年が口を開いて問い掛けた。


「お前は――」


ジョンは驚愕した。

何と言っても、突然の「お前」呼ばわりである。

責任ある立場であるが故に他者への礼儀にも最低限 気を使ってきたジョンからすれば、己の胸元にも届かない小さな子供から このように不躾な呼び掛けを受けた事実は驚愕に値する出来事だった。


「今やっているソレを、楽しいと思うか?」


そんな驚きの感情も、次いで投げ掛けられた少年の質問によって掻き消えた。

今やって居るソレ。村長としての仕事だ。

楽しいと思うか。楽しいと思った事は無い。


「楽しいわけ無いだろ」


憮然とした表情を作る暇も無く、無感情に吐き捨てた。

その事に、言ったジョン自身さえ驚いてしまう。


「楽しくないのか?」

「楽しくないさ」


少年が抱いているのは純粋な疑問だろう。

相手の事情も感情も顧みない無遠慮な言葉を、腹立たしく感じても おかしくはない。だがそれ以上に躊躇い無くぶつけられる疑問に対し、自身もまた応じるように するりと口を衝いて出る言葉の内容にこそジョンは驚いていた。


不思議な感覚だった。

今までのジョンの人生とは違って、質問への回答を誰かに強制されたわけではない。だというのに彼の質問に対し律儀に答えを返す事が当然のように感じている。何の違和感も覚えない。


「ならばどうして行なうのだ」


どうして、と口の中で噛み締めるように呟いた。


兄が居なくなったからだ。

父に言われたからだ。

自分がやらなければいけないからだ。


「――僕がやらないと、皆が困るからだ」


村の長が、共同体の取り纏め役が居なくなれば、きっと村の皆が困ってしまう。

言ってしまってから、目を丸くした。

何だそれは。

そんな、まるで聞き分けの良い善人のような言葉が、本当に己の口から出て来たのか。


口元を手で覆い隠し、口と喉と耳の調子が可笑しくなったのかと動転する。

父に、兄に、無理矢理 押し付けられたからやっていただけだ。

そこにジョン自身の意思は無い。自分で考えて選ぶ機会など無かったのだから当然だ。


だけど今の言葉に一欠けらでも自身の本音が混じっていたのなら。

兄であるジョージに己の仕事を軽く扱われて暗い感情を覚えた理由が、村の為に働く村長の仕事に対して凡人に過ぎないジョン・ミラーが誇りと責任を抱いているからだとすれば。


「僕は、」


口を開いても、ジョンには自分が何を言おうとしたのか、何を言えば良いのか分からない。

唇を開いては閉じてを繰り返す男を見て、橙色の瞳が小さく瞬いた。まるで揺らめく炎のような色だと、少年と初めて真っ直ぐに視線を合わせたジョンは見惚れるように動きを止めた。


「楽しくないのか?」

「楽しくないな」

「それでもやるのか?」

「それでも、やるよ」

「どうしてだ?」


小さな子供相手に、夢うつつのまま受け答えを繰り返す。

常日頃のジョンであれば、あからさまに曰く付きの少年と話をする事さえしなかっただろう。

距離を取って無関係を装って、自分に課せられた責任だけを果たしていれば それで良い。兄とは違って凡才である自覚を持っている次期村長は、出来ない事は出来ないと諦め、出来る誰かに任せる程度の度量があった。

その器は疑いようもなく小さいが、同時に間違いなく人の上に立つ器である。


「どうして、どうしてだろう。 ……分からないなあ」


質問に対して満足な答えを返せない。子供を相手に大人としての責任を果たせない。

そんな、年を取った人間特有の小さな情けなさを感じつつも、少年に対して言葉を返すジョンの顔は、険の取れた柔らかな笑顔を浮かべていた。

衣服を贈った小さな少年を抱き締めてくれた村長夫人に似た、本当に優しそうな顔だった。


「そうか」

「ああ、そうだよ」


分からない。何も分からない。

だけど多分、今日も明日も、一年後も十年後も。

自分はきっと、この仕事を続けていくのだろう。


前途有る若者、ジョン・ミラーはそんな事を考え笑っていた。

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