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どらすれ  作者: NE
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第十話 竜が帽子を撫でる話

そっと頭に乗せられた大きな帽子が金色髪の大部分を覆い隠し、その手で細かく帽子の位置を調整した後、僅かに後方へ下がって着せ替えられた少年の全体像を視界に捉えた村長夫人は、満足気に頷いて笑みを浮かべた。


「うん。よく似合っているわ」

「そうか?」

「ええ、そうよ」


与えられた評価に首を傾げる少年、アルバスを相手に優しげな母としての笑みを向けて、村長夫人は一仕事終えたとばかりに傍らの椅子へ腰を下ろす。

白い生地を主色として仕立てられた新しい衣服一式を身に纏った少年は、田舎村の一軒家に居座るには到底そぐわぬ、目を奪われるような愛らしさを備えていた。


夫である現村長とも幾度か話し合っっていたが、この少年、恐らくは本当に貴人の子息であろう。

面立ちの美しさも然ることながら、傷一つ無い滑らかな素肌に、手櫛で梳いても指に絡むことのない柔らかな髪、何より彼の振る舞いの一つ一つが人々の視線を惹き付けるような生気に満ち満ちている。


今の今までジョージの与えた古臭い外套一枚使って上から下まで彼の全身を覆い隠していたが故に村内で目立つ事こそ控えられたが、あんな粗末で暑苦しい格好を四六時中 小さな子供に強いる息子に対し、村長夫妻に加えて兄を慕っているクリスさえ腹立たしさを覚えていたのだ。


素性は話せない。

名前は本人に聞いて欲しい。

充分に肌を隠せる衣服なら与えても構わない。

ついでに顔も目立たないようにしてくれ。


怪しいとしか言いようの無い、ジョージによる発言の数々。付け加えるならば少年への気遣いも見えない。

怪しい。怪し過ぎる。

――しかし、ただ知るだけでも明確な不利益を被る特殊な出自であるとすれば?


アルバスは無邪気な少年である。

その腕白振りは幼き日のジョージを思い出すもので、子供に甘い夫人やクリスのみならず、ミラー家の大黒柱たる村長さえ控え目ながら少年の事を気遣っていた。

だがその気遣いとは己の住まう村落に危険が及んでも押し通せる程の強い想いだろうか。


名の売れた冒険者であるジョージが連れ帰った、身元不明の少年。


彼に特別な事情があるのだろうという事は、田舎の平民に過ぎないミラー家の面々にも察せられる。

ならば俗人が身の程を弁えぬ無責任な同情をもって彼を振り回すわけにはいかない。餅は餅屋。荒事にも精通している冒険者、ジョージ=ベイブ・ミラーに少年の扱いを一任する事こそが一番良い選択だ。


そうするべきだと頭では分かっているのだが、小さな子供のために その身の責任一つ負えない自身がとても不甲斐なく感じてしまう。


「おー?」


編み上げた金色は大きな帽子の内側に仕舞い込まれ、手首までを覆い隠す余裕たっぷりの袖口が彼の動きに沿って柔らかに揺れる。

指先で生地を突いては首を傾げる少年の様子は、未だかつて真っ当な衣服を身に付けたことのない小さな獣か赤子のよう。見るもの全てが新鮮だと仕草で語る彼の過去を尋ねてみたいという思いが膨れ上がり、すぐさま それを押し込める。


金色の髪に埋もれる純白の双角を確かに見た。

隠された首元や素肌に広がる、硬質な白の輝きを知った。


少年が実は竜族であるなどと、想像する事さえ出来ない村長夫人。

頭の角は特殊な髪飾りの類なのだろうと納得し、素肌を覆う白い竜鱗の群れは貴人の用立てた不思議な飾りの身の守りか、はたまた固有の風習か。或いはアルバスという少年は耳長人であるエルフのように特別な人種の一人なのかもしれないと、勝手な推測で己の中の疑念を埋め立てていた。


彼女はブリス村という田舎の小さな共同体から一度も外へ出た事の無い、この地で一生を終える事が当然の、田舎村に住まう村長の妻だ。世界の全てを見渡せば物知らずと称しても過言ではない彼女の想像はそこまで異常なものではなく。現実に居るかどうかも分からないが、竜が人に変じたなどと考える事の出来る狂人などより、余程 常識的 且つ良識のある人物だった。


そっと手を伸ばし、皺の浮いた指の腹で少年の柔らかな頬を擽る。

不思議そうな表情を浮かべて瞬きを繰り返す幼い子供に微笑みかけると、小さな身体を優しく抱きとめるように囁いた。


「また、何時でも家に御出でなさい、アルバス」


それは彼自身に対し確かな利益の一つも運べない、物を知らぬ老婆の安い同情心に過ぎないのかも知れないが。

目の前の幼い子供が笑顔を浮かべている光景が、夫人には とても貴いものだと思えたのだ。



村長夫人から新しい衣服を貰って どこと無く機嫌の良さそうな主を見て、哀れなる竜の奴隷ジョージ=ベイブ・ミラーは眉を顰めた。


「お前、尻尾はどうした」

「引っ込めた!」


――引っ込むのか、アレ。


真っ白な衣服のどこにも尻尾の膨らみが見て取れず、上手く隠しているにしても少年の脚より長い竜の尾を何処に仕舞い込んだのかが分からない。不思議に思ったジョージが問い質せば、至極簡潔な答えが返ってきた。


「……なんで最初から それをやらなかったんだよ」


確かに、谷間を埋め尽くせる竜の巨体が小さな子供に変じているのだ、角と尻尾が消え失せる事だって可能性として有り得ない事ではない。

しかし、だ。

それが出来ないと考えていたからこそ、今までは全身を覆い隠せる大きさの外套で包み込むように隠していたのだ。

あからさまに目立つ角や尻尾をどこぞに収納できるというのなら、わざわざ外套で ひた隠す必要は無かっただろう。つまりジョージが両親と妹から主の外套姿を理由に児童虐待だとまで なじられ責められる必要も無かったわけだ。


眉根を寄せるジョージを前に、何故 項垂れているのかと首を傾げた主が口を開く。


「動かすだけだぞ。消えるわけではないからな」


竜は そう言って手を差し伸ばした。

ジョージの目の前にある褐色の小さな右手が、袖奥から伸び上がった白い竜鱗によって呑み込まれるように変容していく。

ぞろぞろと素肌を這いずり回るように指先までを覆い隠すと、硬質な白が蠢きながら その形を組み替えて、やがては成人男性と同程度の大きさを誇る竜の腕が構築された。


事の一切を間近で目にしたジョージは引き攣ったような顔で息を呑む。幼い少年の手首から先が、凶器としか言いようの無い、人間のものを模した竜の手へと変化している。何かの冗談としか思えない光景だった。


「……動く、のか?」

「動くぞ」


岩を擦り合わせたような音を上げ、白竜の指先から伸びた爪が光を跳ね返す。

それを見て、思わずジョージは己の腹を片手で押さえる。かつて自身の鎧を砕いた一撃を思い出したのだ。


一頻り見せた事で理解を得られたと思ったのだろう。時を巻き戻すように白竜の鱗が袖奥の陰へと姿を消して、衣服で見えぬ素肌の部分を覆うように その形を変えた。

不思議な光景だった。おかしな能力とも言える。


「動くし形も変えられる、しかし総量は変わらない、のか?」


質問としての意図は無く、一連の動きを観察していたジョージが情報を整理するように小さく呟く。

尾が見えなくなったのは尻尾を形作っていた質量がそっくりそのまま体表を移動して、別の箇所にて異なる形を為しただけ。決して消えたわけでは無く、もしかすると完全に消してしまう事も出来ない。つまり人に変じた竜にとって、竜族としての形を留めた全身の竜鱗は何らかの意味が有るのだ。


だからといって、その事実がジョージにとっての利益に変わる事は無いのだが。


「――明日には この村を出る」

「そうか」


何が気に入ったのか、頭の角を伸ばして大きな白い帽子をミラー邸の天井目掛けて届かせようと試みる主を前に、何事も無かったかのように話題を変えた。

急な出立とも言える。

元より長く留まるつもりは無かったが、小さな主にとって次の旅程など初めて聞く話なのだ。どんな反応をするのかと身構えていたジョージ。しかし見る限り少年には欠片の動揺もなく、平然とした態度で頷いていた。


寂しくないのだろうか。


ジョージの妹であるクリスは少年とよく一緒に居たような気がする。

母もまた子供にしか見えない小さな主に気を配り、ここ数日で手早く仕立てた子供用の衣服を贈るほど気を遣ってくれていた。

村長やジョンとは余り交流が無かったが、先の二人には中々懐いていたようにも見えたのだが。


そこまで考えて首を振る。

いや、それを主に訊ねてどうするというのか。

相手は竜だ。人間ではない。見た目通りの子供でもない。


「そういう事だ。準備は、しておく」


自分が何を気にしているのかさえ分からずに、どこか納得のいかない表情のまま、ジョージはそこで話を終えた。

踵を返して背を向ける奴隷の背を見送って、その場に残された小さな竜族は縮めた角に引っ掛かったままの帽子を掴んで両手で撫でる。


「……そうか」


特に何を言うでもなく、不満の一つも零さずに。

やがて通りかかったクリスが少年に声を掛けるまで、ずっとずっと、贈られた帽子を撫で続けていた。

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