罪ではなく、救いとして
警察署に行くと決めた夜、
私はベッドの中で携帯を握りしめながら、
「警察 相談 被害 未成年」
そんな言葉を検索していた。
画面には、硬い表情の警察官たち。
冷たい蛍光灯に照らされた取り調べ室の写真。
“何人もの警察官に囲まれて質問された”
“男の人に詳しく話さなきゃいけなかった”
そんな体験談を読むたびに、胸の奥がきゅっと締めつけられた。
――怖い。
――でも、行かなきゃ。
そう自分に言い聞かせても、手の震えは止まらなかった。
警察署の入口に立った瞬間、
空気が変わるのがわかった。
張り詰めた静けさ。
遠い世界に踏み込んでしまったような感覚。
けれど、出迎えてくれたのは、柔らかな笑顔の女性警察官だった。
「こんにちは。緊張してるでしょ?」
その声に、少しだけ肩の力が抜けた。
「お母さん、お仕事で先に帰られたのね。
もし男性に話しにくいことがあるなら、私が聞くからね。」
その言葉に救われるように、私はうなずいた。
案内されたのは、小さな部屋。
灰色の壁と無機質なテーブル。
その上に、一冊の記録用紙が置かれていた。
女性警察官は静かに腰を下ろし、
「相談機関から、ある程度の話は聞いているの」
と穏やかに告げた。
彼女は一つひとつ、確かめるように質問を重ねていった。
声は優しかった。
けれど、その質問の一つひとつは、
痛みを掘り起こすようでもあった。
「この時、彼は暴力をふるいましたか?」
「無理やり、というのは……どういう形で?」
私は息を整え、
崩れそうな心を支えながら言葉を紡いだ。
やがて、携帯の中身を確認された。
その中には、別れ話をした日のメッセージ、
着信履歴、そして止まらない通知の数々。
震える手で画面を差し出すと、
彼女は無言で写真を撮っていった。
「この携帯は、あなた自身のものね?」
「はい。」
証拠として、私の顔と携帯を一緒に撮るシャッター音が響いた。
その音が、なぜか胸の奥に深く残った。
すべてが終わったあと、
女性警察官は静かに言った。
「……これは、犯罪です。」
その言葉が落ちた瞬間、
世界が少しだけ止まったように感じた。
「暴力も、脅しも、全部。
あなたが受けてきたことは、DVであり、
別れた後もしつこく連絡を取る行為は
ストーカー行為にもあたる。」
彼女の目は真っすぐで、嘘がなかった。
「これは、法で裁けること。
――あなたが悪いわけじゃないの。」
その一言で、
胸の奥に貼りついていた“罪悪感”が、
音を立てて剥がれ落ちていった気がした。
「お母さんには、今夜ちゃんと話してね。
私たちは、あなたの味方だから。」
その言葉を背に、私は署を出た。
車に乗せられ、夜の街を走る。
窓に映る自分の顔は、
泣きはらしたように赤く腫れていた。
けれど、その奥に――
ほんのわずかに、
“生きて帰る”という確かな意志が見えた。
それは、絶望の中に差し込んだ、
最初の光だった。




