かすかな願いの残響
相談機関――
それは、県警の生活安全課・少年係とつながる窓口だった。
電話越しの声は落ち着いていて、
どこか優しい響きを帯びていた。
けれど、最初に返ってきた言葉は、
これまで何度も聞いたものだった。
「……親御さんに話しましょう。」
私は、受話器を強く握りしめた。
“また、それか”――
心の中でそうつぶやいたが、声にはならなかった。
電話の向こうの人は、ゆっくりと続けた。
「親はね、担任や、ましてや警察官から
自分の子どものことを知らされるほうが辛いんだよ。
相談してもらえなかったこと。
ずっと抱え込んでいたことを、他人の口から知るのは、本当に苦しい。」
その言葉が、胸の奥に鋭く刺さった。
確かに、そうかもしれない――そう思った。
けれど、それでも、私は小さく首を振った。
「……無理です。」
その一言が、今の私にできる精一杯だった。
「だったら、近くの警察署に行ってみる?」
「直接行って、相談してもいいよ。」
電話の向こうの声は、最後まで優しかった。
けれど、その直後に続いた言葉で、
胸がまたきゅっと締めつけられた。
「……ただね、あなたは未成年だから。
きっと、親御さんを呼ばれることになると思う。」
一瞬、頭の中が真っ白になった。
“どうしたらいいの……”
迷いに迷った末、私は小さく答えた。
「……考えます。」
受話器を置いた瞬間、
肩の力が抜け、静かに涙がこぼれた。
誰にも聞こえない小さな嗚咽が、
部屋の中に沈んでいった。
――そして、数日後。
私はもう一度、電話をかけた。
今度こそ、警察署へ行く決意を伝えるために。
呼び出し音が鳴るたびに、心臓が跳ねた。
ようやく繋がったその先には、前とは違う担当者がいた。
「お話は伺ってますよ。」
落ち着いた声だった。
私は、勇気を振り絞って口を開いた。
「……できれば、親には言わないで警察署に行きたいです。」
けれど、その言葉は遮られた。
「親御さんには、こちらから伝えます。」
そう、ハッキリと言われた。
空気が、一瞬で凍った。
その“決定”のような声に、
抵抗の言葉が喉の奥で溶けて消えた。
「……わかりました。」
そう答えるしかなかった。
その瞬間、
彼との問題の壁が崩れていく音がした。
ようやく光が差し込んだ――はずだった。
けれど、その光は残酷なほど眩しくて、
現実という名の影を、くっきりと私の足元に落とした。
親に知られるという事実が、
自由よりも重く、息苦しかった。
けれど、それでも――どこかで確かに思っていた。
“もう、誰かに気づいてほしい。”
“もう、一人で抱えたくない。”
たとえ恐怖と屈辱の中でも、
その小さな願いだけは、
かすかに息をしていた。




