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四葉のクローバー  作者: KIKU
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言葉になった真実


ある日の家庭科の授業。

黒板には、大きくこう書かれていた。


――「DVドメスティック・バイオレンス」――


先生の穏やかな声が、まるで私の心をなぞるように響いていく。


「束縛」「暴言」「暴力」「性的強要」「脅し」――

その一つひとつの言葉が、鋭い針のように胸の奥を刺した。


ノートを取る手が震えた。

鉛筆の先が紙を滑るたび、線が揺れ、滲んだ。


心の中で、そっとつぶやいた。

――私、これ全部あてはまってる。


その瞬間、何かが音を立てて崩れた。

ずっと“仕方ない”と思っていた。

“愛されているから”だと、思い込まされていた。

でも違った。


私は――デートDVを受けていたんだ。


胸の奥がぎゅっと締めつけられ、吐き気が込み上げた。

涙がこぼれそうになるのを、必死にこらえた。


授業の終わり、先生が静かに言った。

「今日の授業の感想を、最後に書いてください。

発表も掲示もしません。誰にも見せません。」


その言葉を聞いた瞬間、胸の奥で小さな決意が芽生えた。

――書こう。

――もう、隠したくない。


私は震える手でペンを握り、自分の身に起きていることを書いた。

束縛。暴言。恐怖。

そして、もう限界であること。


涙が紙に落ちて、文字が滲んだ。

それでも、書き続けた。

“助けてほしい”という言葉だけは、どうしても書けなかった。


けれど、私の想いは確かにそこに詰まっていた。


数日後、家庭科の先生に呼び出された。

「少し話せるかな?」

その優しい声に、胸の奥がざわめいた。

別室に通され、先生は静かに言った。


「あなたの書いてくれた内容を、担任の先生にも伝えていい?」

私は、机の角を見つめたまま、しばらく言葉を失っていた。

やがて、小さくうなずいた。


それから担任との面談が始まった。

いくつもの質問の中で、たった一つの言葉が、私の心を凍らせた。

――「体の関係は?」


その瞬間、頭の中に“退学”という二文字が浮かんだ。

バレたら終わる。

学校にも、家にも、居場所がなくなる。

怖くて、私は嘘をついた。

「……ありません。」


担任は私をじっと見つめ、静かに言った。

「親御さんに話そうか。」



心臓が跳ねた。

――言えるわけがない。

――言えてたら、こんなに苦しまない。

「言わないでください。」

その一言を、何度も繰り返した。



先生たちは困ったようにうなずき、その話は途切れた。


そして、季節がいくつも過ぎた。

制服の袖が少し短く感じるころ、私は三年生になっていた。


見た目は何も変わらない。

笑顔も、声も、以前と同じ。

けれど、心の奥では静かに決意していた。


――もう、逃げよう。

今度こそ、本当に。

あの地獄から、抜け出そう。

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