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四葉のクローバー  作者: KIKU
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死と生のあいだで


ある日、彼の母親が何気なく言った。


「この間ね、天井に紐つけて、その下にイスを置いてたのよ。」


――その言葉の意味を理解するのに、少し時間がかかった。


彼が「死んでやる」と口にしたのは、一度や二度ではなかった。

けれど私は、どうせ言葉だけだと思っていた。


もしそれで私が解放されるのなら――

そう思って、何度か言ってしまったのだ。



『じゃあ、死んでよ。』

決して言ってはいけない言葉を。


その罪悪感が、今になって胸の奥を鋭く刺した。


もし本当に彼が死んだら?

もし本気で命を絶ってしまったら?


――私が追い詰めたことになる。

――私のせいになる。

――私が“殺した”ことになる。


未成年の私ひとりでは背負いきれない。

親まで巻き込んでしまう。

そんなことを、夜の布団の中で何度も考えた。


それでも、思ってしまった。

この人と一生を共にするなんて、想像もできない。

この人に出会うために、生まれてきたのだろうか。


もし子どもなんてできてしまったら――

その未来を思うだけで、息が詰まった。



いっそのこと、私が死ねばいい。

そうすれば、すべてが終わる。


毎晩、声を押し殺して泣いた。

枕を濡らしながら、何度も、何度も。


時には子どものように泣き叫び、

呪文のように同じ言葉を繰り返した。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」

「わからん、わからん、わからん……」

誰にも届かない“助けて”を、口の中で転がした。


息が浅くなり、胸が締めつけられ、

やがて過呼吸を起こすようになった。


白く霞む視界の中で、意識が遠のいていく。


心臓が握りつぶされるように痛かった。

――これが、本当の「胸の痛み」というものか。


体の不調が続き、

やがて私は“自分を傷つける”ようになった。

それでも、死にきれなかった。


だから、彼に言った。

「自分で死ねないから、殺してよ。」



その言葉の数日後、

私はベッドに突き飛ばされた。

上半身を無理やり起こされ、

頭を布団に叩きつけられる。

何度も、何度も、何度も。



そして――彼の手が、私の首に触れた。

最初はすぐに離された。

けれど、二度目は違った。


少し苦しめばまた離してくれる、そう思った。

けれど、息は止まらなかった。

喉の奥が焼けつくように痛み、

視界の端がゆらゆらと滲んだ。


その瞬間、心のどこかで思った。

――このまま、殺してくれてもいい。


けれど次の瞬間、

本当の恐怖が全身を貫いた。


死にたくない。

怖い。

息がしたい。

生きたい。



あれほど“死”を望んでいたのに、

私はようやく気づいた。


死ぬことよりも、まだ生きたい気持ちが残っている。

それが、どれほど小さく、弱々しいものでも――

確かに、胸の奥で光を灯していた。



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