壊れていく音の中で
彼が不登校になってから、
会えない時間が増えたぶん、
束縛は、確実に濃くなっていった。
携帯の履歴。
返信の速度。
送られてくる写真の有無。
そのすべてが、私の「誠実さ」を測る秤になった。
返事が少し遅れただけで、
『なんで無視するったい』
『誰とおると』
短い言葉が、針のように心を刺した。
修学旅行や部活の遠征が近づくと、
『俺とは旅行行けてないのに、他の男と行くな』
その一言が、胸の奥をじわりと冷やした。
――もう、行き場なんてなかった。
土日は、彼の家へ呼び出される。
「今日は無理」と言えば、
返ってくるのはいつも同じだった。
『死ね』
『見捨てるったい』
『死んでやる』
深夜のワンギリ。
家の電話が鳴るたびに、心臓が跳ねた。
外出すら、彼の許可が要った。
兄や父と出かけることすら、
“男と過ごす”という罪に変えられた。
私はただ、彼の家へ行くしかなかった。
それ以外の選択肢を、もう奪われていた。
彼は会うたびに私の体“求めた”。
断れば怒鳴り声。
泣いても、痛くても、止まることはなかった。
「上手くいかない」と言っては、私にぶつけた。
時には、公園で。
時には、施設のトイレで。
拒むたび、怒りが降りかかった。
私はただ、目を閉じることしかできなかった。
ある日、何度も断ったあと、
彼は突然、弟を呼び出した。
『こいつが悪いけん』
そう言って、私の前で弟に暴力を振るった。
小さな弟は、泣きながら部屋を出ていった。
その夜から、空気が変わった。
彼の家に満ちる沈黙が、私を責めた。
彼の母の視線が、私の罪を確かめるようだった。
――私は、いつの間にか「悪い女」になっていた。
ある日のこと。
三人でゲームをしていたとき、
彼が席を外した瞬間、
弟の手が、私のスカートの中へ入った。
時間が止まった。
声も出ず、ただ笑ってごまかすしかなかった。
壊れていた。
彼も、その家族も、学校も、私の家族も、私自身も。
何が正しいのか、もうわからなかった。
怒鳴られ、脅され、
望まぬ手に触れられ、
居場所を失った。
――逃げ場は、どこにもなかった。
心も、身体も、
音を立てて崩れていった。




