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あやしよにふる

外伝 童の祈り

作者: あんみつ

私がこの2人の童に出会ったのは、霜が降るほどに秋が深まった朝のことだった。

この年、私達が住む京の都は酷い飢饉に見舞われていた。本来ならば黄金色の実をつけるはずの稲は

ほとんどが枯れ果て、実ったのはわずか、雀の涙ほど。

雅やかだった都は一変、地獄絵図と化していた。

多くの人が飢えに苦しみ、痩せ細り、見るに堪えない姿で死に絶える。都のあちこちに日に日に人々の死体が積まれていく。

そんなある日、境内で何気なく佇んでいた私は,鳥居を潜りこちらに向かって歩いてくる2人の童を

見つけた。

もはや骨と皮しかないのではないかというほど痩せ細った体に、身に着けている服も最早布と表現したほうが良いかもしれない。泥と砂にまみれ、あちこちが擦り切れている。

その表情は二人とも憔悴しきっていたが、その眼だけは、望みを込めた、強い光を宿していた。

2人はその細い手でお互いの手を握り、今にも倒れそうな覚束ない足取りで歩を進める。

むろんその足に履物などない。その二人の姿をまじまじと見ながら、私は「あ」と小さく声を上げた。

2人とも、私の見知った顔だったのだ。1人は、黒髪を肩まで伸ばした11、2歳の少年。

彼に手を引かれるようにして歩いているのは、黒髪の少年より頭一つ分小さい7、8歳の少年だった。

ぼさぼさで砂まみれのその髪はくすんだ黄金色をしている。

2人ともこの神社の氏子だ。何度かここに参拝へきている姿を見た記憶がある。

しかしその時とはだいぶ印象が違う。

そこでまた、もう1つ思い出した。この2人の少年の家族は、この飢饉で死んでしまっていたのだ。

黒髪の少年の家族は村に押し入った盗賊に殺された。飢饉のせいで各村で食料が足りなくなり、幾度となく奪い合いが続いていた。彼もその犠牲者だ。黄金色の髪の少年の家族は、全員飢えで死んだと聞く。 恐らく家族を亡くした者同士、共にいようとしたのだろう。そしてこの神社におわす豊饒神に祈ろうと足を向けたのだ。

けれど皮肉なものだ。

この飢饉のすべての原因は、その豊饒神が引き起こしてしまったものなのだから。

「彼女は人に近付き過ぎてしまった」と件の豊饒神に仕える巫女、恵殿は言っていた。人に近付き過ぎて、自分が神であるという意識が薄弱になってしまったのだと。豊饒神の自覚と力が戻らなければ、この飢饉は収まらない。そんな事情など知らない2人の少年は、境内を通って拝殿の前までたどり着くと、崩れるように倒れこんだ。

拝殿の奥から、恵殿が2人の姿に気が付いて慌てて駆けてきた。その手には水の入ったお椀が2つ。

2人を抱え上げ、声をかける。が、彼女の声に対する2人の反応は皆無と言っていい。

「・・火守、この子達は」

私の方へ向けた彼女の瞳は今にも泣きそうで、苦痛の色が見えた。

私は首を横に振った。

「死を間近にした人の臭いだ。可哀想にな・・」

「・・そう」

恵殿は俯きながら2人の様子を見る。2人とも衰弱しきっており、渡されたお椀から水を飲もうとすらしない。するとふと、黄金色の髪の少年がゆるゆると顔を上げた。掠れた声で、何か言おうとしている。

その喉からは空気しか漏れておらず、彼がなんと言いたいのかわからない。ただ、その表情は穏やかで、笑っているようにも見えた。ふと背中に気配を感じて、私は慌てて振り返る。そこに立っていたのは、

「灯華様!なぜ此処に!!」

私よりも先に、その姿を認識した恵殿が大声を張り上げた。

飢饉によって人々の苦しみや、死といった穢れが蔓延する今の京の都は、清浄を絶対とする神にとっては猛毒と言ってもおかしくない。それが目の前に、死に直面した人間の傍にいていいはずがない。

「早く本殿へお戻りください!早く・・!」

だから恵殿がそう必死に言うのも当たり前のことだ。しかし、当の本人はその場に根を張ったかのように動かず、私達の傍らに蹲る少年を見つめていた。

「その子達は・・・私の・・氏子・・?」

ゆっくりと、灯華は私達の傍に近づく。その目はただひたすらに、少年らに注がれたまま。

「灯華様!!」

恵殿が半ば叫ぶような声も、今の彼女の耳には届いていなかった。恵殿の傍にしゃがみ込み、少年らの顔をまじまじと見た。その目に、みるみる涙が溜まっていく。

「・・声が、聞こえた、の」

か細い声で、肩を震わせながら灯華は絞り出すように呟いた。

「助けてくれるって・・ここに来たら、神様が、きっと助けてくれるからって・・だから大丈夫だって・・この子達、ここに来るまで、ずっと、そう言っていたのに・・っ」

その声はやがて嗚咽へ変わり、涙は溢れ 流れていく。

「助けられなかった・・っ私のせいなのに、この子達は、祈っていたのに・・っ」

「ごめんなさい」と、灯華は繰り返し呟いた。この少年達だけじゃない、氏子に、この京の都に住まう全ての人に、何度も謝罪の言葉を口にした。 そして――

この時から、彼女は少しずつ変わっていった。やがて飢饉は収まり、一度は枯れ果てた京の都は再び豊かで雅な都へと息を吹き返していく。

そして私は、もう一度あの時の少年らと出会うことになる。

正確には、あの少年らと瓜2つの少年なのだが。  


その話はまた、別の機会に。


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