9 基地へ
ドンという衝撃とともに、どこかのトイレについた。
うっ、臭っ……
薄明かりの中に漂う悪臭。
どうも全然掃除されてないトイレみたいだ。
そんな汚れたトイレの床に、レッドローズちゃんは気絶して横たわっていた。
あ、衣装がグチョグチョになってそう……和式便器の水の溜まっているところに衣装の飛び出た布が浸っていた……
それはともかく、とりあえず、触れていた人間も一緒に瞬間移動できるみたいだ。
これは、一つ大きな発見だ。
レッドローズちゃんの衣装のうち、汚れていないところに触れながら、もう一度瞬間移動を試みる。
次のトイレは、ウォシュレ◯トだった。
うん、日本の宝だ。
さらにもう一度瞬間移動する。
飛んだ先で、涼しそうな髪型のオジさんと目が合った。
ぼくは他人の立場に立って考えるのが得意だから、オジさんの立場に立って考えて見る。
いい感じのが出そうな時に、冴えない高校生と、びしょびしょに濡れながら悪臭を漂わせる(誇張しています)真っ赤な魔法少女が突然現れて、自分がしているのをじっと見つめてくる。
無理。絶対に嫌だ。
ということで、すぐに次へ飛んだ。
いい感じのトイレがあるところまで、何回か飛ぶのを繰り返す。
コンビニのトイレなのだろうか? 車椅子でも入れる広いトイレについた。
合計三十回以上は飛んだので、一キロくらいは離れたんじゃないかな。
レッドローズちゃんをトイレの床に寝かせて、起きるのを待つ。
濡れた服が肌にぴったりとくっついている部分があって、色っぽい。
まあ、この水分が臭いタイプじゃなかったらもっといいんだけど……
ちょっと待っていると、レッドローズちゃんは「はっ!」と言って起きた。
「えっと、わたし何してたんだっけ?」
まばたきを繰り返す彼女に、ぼくは手を振った。
「うん? あ、やよいくんだっけ?」
「そうそう、弥生ですよ」
どうやら、一応意識はしっかりしているみたいで、よかった。
あなた、誰? とか言われて、トイレに無理やり連れ込まれたとか、変な服を着せられた、しかも変な液体をかけられた! とか騒がれても困るからな。
「えっと、とりあえず説明してもらえませんか? いろいろと……」
現状確認がしたい。白沙百合ちゃんに殺されるようなことはした覚えがないんだけどな……
「そうね、やよいくんは、もうわたし達の戦いに巻き込まれちゃってるからね。知る権利はあるわね」
「じゃあ、是非教えてください。まずは、なんでぼくが殺されそうになったのかを」
レッドローズはぼくの真剣な質問に答えずに、立ち上がると言った。
「でも、待って。まずは基地に帰りましょう。基地なら安全だから」
トイレの引き戸からそろっと顔を出して、外を伺うレッドローズちゃん。
「えっと、ぼくの瞬間移動術で行きますか?」
さすがに『トイレ』瞬間移動術とは、言えなかった。
「えっ?」
レッドローズちゃんは勢いよく振り返ると素っ頓狂な声をあげた。
「ど、どうしたんですか?」
「あなた、瞬間移動の能力者なの!?」
「ま、まあ。制限はありますが、瞬間移動能力者ですよ、ぼくは」
少し誇らしげに言ってみる。
「やったわ!! あなたこそわたしが探していた人材よ!」
はしゃぐ紅い魔法少女。
「それじゃあ、その能力でわたしを基地まで連れてって」
突然だなあ。まあいいけど。頼られたり、必要とか言われるのは、悪い気はしない。ちょっとくすぐったいけど。
「えっと、それってどっち方面ですか?」
「街の北にある北乃山の麓よ、詳しい場所は言えないから、北乃神社の境内とかに飛んでちょうだい!」
目をキラキラさせて、頼んでくるレッドローズちゃんに少しタジタジになりながらも、彼女の手を取った。
「わかりました。危ないですから、ぼくにつかまっててくださいね」
深呼吸をひとつする。
「では、行きます『トイレ瞬間移動術』!!」
あ、口に出して言ってしまった……
怪訝そうに見つめるレッドローズちゃんをよそにぼくは能力を使った。
五十メートルずつ色々なトイレへと飛びながら、瞬間移動能力者であるぼくと紅き魔法少女レッドローズは、神社を目指した。
洋式、和式、洋式、洋式、洋式、和式、男性用小便器、洋式、洋式、和式…………
空間の跳躍を繰り返すたびに、レッドローズちゃんの顔が引きつってくるけれど、気にしてはいられない。
一刻も早く、目的地に着くために、方向を確認しながらトイレジャンプを繰り返さないといけないのだ。
高度な技術が必要なのである!
集中、集中!!
数分後、神社の境内の脇にあった男子トイレから、二人の尋常ではない人間が現れた。
超能力者のぼくと、紅くてちょっと臭う魔法戦士レッドローズである。
二人とも、微妙に気まずくて、目をそらしている。
うん、何が気まずかったかというと、道中、トイレの中で珍妙な格好になっていたおじ様がいらっしゃったのだ。
素っ裸で、一体何をやっているのだ!
純情な乙女が瞬間移動して入ってくる可能性をどうして考えないのだ!
そんなくだらないことを考えていると、レッドローズちゃんがぼくの袖を黙って引っ張った。
「えっと、そっちですか?」
コクリと頷いたレッドローズちゃんの頬は少し赤らんでいた。
階段を降りるて公道に出ると、レッドローズちゃんは神社の目の前に位置するアパートへとぼくを連れ込んだ。
表札には、『山本』と書かれていたので、もしかしたら彼女の本名かもしれない。
部屋に入れてもらったのですが、それはそれは散らかった部屋でした。
「ここが基地よ!」
胸を張って言うレッドローズちゃんだけれど、ちょっと無理がある。
「えーっと、ここってあなた、山本さんの家ですよね?」
「……違うわよ! もう、やよいくんったら」
怒ってるけれど、図星なのだろう動揺の色が隠せていない。
「ここは、わたし達『魔法戦士』の秘密の基地よ」
あ、そういえば魔法少女じゃなくて、魔法『戦士』なんだなーと考えて見る。
「わたし達って、誰がいるんですか?」
「わたしと、やよいくんと、もう一人いるわよ」
「へー、そのもう一人って誰ですか?」
ここを秘密基地とか言い張ちゃってるくらいだから、そのもう一人っていうのも妄想の中のやつなんじゃないかなー、どうせ『非日常』なんて妄想でしかないんだよ。そんな風にぼくが思っている時だった。
「もう一人って言うのはね……」
レッドローズちゃんが言いかけた時、鍵をかけたはずの扉がゆっくりと開き始めた。
ぼくとレッドローズは同時に振り返る。
できた隙間から夜の冷たい風が吹き込んでくる。
そして、扉が開ききった時、そこには月光に照らされたシルエットがーー
それは、可愛らしい小動物のシルエットに見えたーー