5 紅い戦士
数年前から、女子小学生の大部分と成人男性の一部分において、流行しているアニメがある。
中学生の女の子5人が変身をして、悪の集団と戦うというよくある少女向けの話だ。
その5人のチームのリーダー的存在で、赤をイメージカラーとしたキャラクターがいる。
『押火 ほのか』それがそのキャラクターの本名であり、妖精の魔法で『レッドローズ』という魔法戦士に変身する。
学校外に連れ出そうと、ぼくの袖を引っ張っているこの美少女は、その魔法戦士のコスプレをしていた。
コスプレというには、だいぶ完成度が高くて、一種芸術のような雰囲気を醸し出している。
髪の毛まで真っ赤に染めている。どうも、ウィッグではないようだ。
まあ、どちらにしろこの美少女が、通常の感性を持っていないことはあきらかだった。
日の暮れた高校の中、『魔法戦士』が闊歩する光景は結構、異様だと思う。
「きみ、歩くの遅いよ! 早くしないと悪の幹部が追ってくるよ!?」
前方から叱咤が飛ぶ。
「待ってくださいよ。まだ、なにがなにやら……」
「いいから、いいから。基地についたら話してあげるから!」
なんだか、ちょっとうれしそうに美少女は話すと、さらに速度を上げた。
とりあえず、手を振りほどくなんていう、危害を加えてしまうような選択肢が浮かばないくらいの美少女ですから。
ぼくはされるがままに従って、その基地とやらにつれていってもらうことにした。
——非日常
ちょっと何かを疑ってしまうくらいに、一気に日常が非日常へと変化。
それは、さながら、さなぎから蝶が生まれるようで、くだらない恒久の存在が儚くも美しい存在へと進化した。
一歩一歩が変化の連続で、その変化の可能性には崩壊も含まれる。そういった、脆さを持った世界。
確固たる保証のない現実の、そして、可能性の連続体。
少し踏み外してしまっただけで、奈落の奥底まで墜落していきそうな緊張感。
『楽しい』
素直にそう思った。
興奮した。
一度、死に直面したにも関わらず、ぼくはあきれたことに、まだ幻想を抱いていた。
懲りていなかった。
むしろ、死を目の前にしたおかげで、この非日常の非日常さを感じて喜んでいるぼくがいる。
狂っていると言われれば、その通りなのかもしれない。
「そういえば、きみ、名前なんて言うの?」
走る速度を緩めずに、美少女……レッドローズと言ってあげるべきなのだろうか……は、疑問を口にする。
「ぼくは、やよいだ。3月の弥生だ」
「なんか、女の子みたいな名前だね」
言って、レッドローズはくすくすと笑う。
自分でレッドローズとか名乗る人に、名前についてとやかく言われるのもどうかと思うけれど……
そんなこんなで、校舎を脱出。
月は別に満月という訳でも、新月という訳でも、三日月ですらなかったけれど、その青白い光で校庭を照らしていた。
誰もいない何もない、静かな静かなその空間。
灰色の市街地の中、四角く切り取られ、白い砂に青白い光がコントラストを作るこの空間。
ここでは、その紅いコスチュームが映えた。
月明かりに照らされて、レッドローズは神々しくすらあった。
あれ? 恋に落ちそう……
『吊り橋効果』という言葉が頭をよぎるけれど……
まあ、あくまでも『そう』であって、落ちなかったけれど。
この少女はどうも危なそうな人種だからな。
非日常が好きだからって、あえて死ににいくほどまでのマゾヒストではない。
「何をわたしに見とれているの? だめよ。わたしはみんなのレッドローズだからね」
彼女は快活に笑う。
自意識過剰というか、その割に屈託のない笑顔で。
そんな笑顔に見とれていると、しかし、笑顔は一変し、難しい顔になった。
「追いつかれちゃったみたいね」
彼女の視線の方向、つまり、後ろを振り返ると、そこにはさっきの少女がいた。
きちんと服装を確認していたわけではないけれど、手に持ったギラリと光るナイフと、ナイフと同じ位に狂気の光を帯びた瞳が、この少女がさっきの少女だと物語っている。
月明かりの下で見てみると、少女が、真っ黒なドレスに身を包んでいることがわかった。
悪の組織の幹部だと言うなら、ステレオタイプ過ぎだとも言える服装、或いは衣装だった。
「レッドローズ、また、邪魔をして!」
黒の少女は声を荒げる。
「私は、人類最強になるのよ。これ以上邪魔はさせない。」
なんだか、アニメでも見てるのかって感じだなって、ぼんやりと思っていると、黒の少女がナイフを投げた。
投げ方は適当なのに、あり得ないほどのスピードでレッドローズに迫るナイフ。
視認できたのが驚きな位のスピード。
しかし、レッドローズは動かない。
危ない、と叫ぶ間も無く、ナイフはレッドローズを貫く……ことはなかった。
ナイフは彼女を避けるように迂回して、後ろの木に突き刺さった。
深々と突き刺さったナイフは、刃が刺さって柄しか見えなくなっていた。
理解不能……と迄は言わなくても、驚きの現象だった。
これは、この現実は、この現状は、この現象は、まさに超能力戦争。
ただ投げただけ、ただ立っていただけなのに、ひしひしと伝わる臨場感を伴った力。
心臓の鼓動が脳に多量の血液を送り始めた。
ドクドクと耳の奥に鼓動の音がする。
アドレナリンが脳内に放出され、感情が昂ぶる。
「弥生くん? ちょっと危険だから、逃げてね」
赤の少女は、ナイフを牽制にして迫ってきた黒の少女の攻撃をいなしながら呼びかける。
危険な空気は肌でひしひしと感じていたので、情けないなとは思いつつも、ぼくは走って逃げ出した。