13 場違い
ドンという衝撃と共に、瞬間移動が完了した。
ぼくはレッドローズちゃんとポワピィの下敷きになっていた。
「痛いです……」
「あ、ごめんね! やよい君!」
サッと立ち上がってくれたおかげで、ぼくも動けるようになった。
体を起こしてあたりを見回すと、そこはトイレであった。
今の独白は『そこは雪国であった』みたいで、グットだ! と心の中で呟く。
トイレはトイレなのだが、微妙に趣は異なっていた。
金の細工があしらわれた便座、トイレとは思えない広さの個室。
なんとも豪奢なトイレだった。
「ポワピィ、ここはどこのトイレなの?」
「一応、プリンプリン城の五次元立体構造と接続したはずだけどな……」
赤リス君がまた意味不明なことを言っているが、とりあえずお城の中らしい。
兎にも角にも。
ぼくは、とりあえずこの個室(六畳分くらいの広さはあるんじゃないだろうか)から出てみることにした。
ロココ調のドアノブをくるりと回して開く。
「あ、待て」
「え?」
ポワピィの制止も空しく、ぼくが扉を開ききると、そこには可愛らしいメイドさんがいた。
開く扉の音に気づいて、ゆっくりと振り返る彼女。髪が揺れ、スカートがはためく。
シックなのだけれど、所々に緑色があしらわれた変形メイド服を着た、ロングヘアのメイドさんは、ぼくのことを見つめるとみるみる目を大きく、顔を赤くした。
「きゃぁぁぁぁぁぁ!」
耳をつんざく悲鳴とともに、ほっぺたを殴られた。グーで。
すごく痛かった。
シャンデリアが吊られた客室のソファーで、ぼくはもらった氷嚢をほっぺたに当てていた。
「お客様だとは思わず、思わず殴ってしまいました。本当にすみません!」
メイドさんは「ごめんなさい、ごめんなさい」と何度も頭をペコペコとさせている。
「いや、大丈夫ですから。頭を上げてください」
ぼくは、痛みが残るほおを笑みの形にして、爽やかに言う。
「本当に大丈夫だぞ! だいたい、トイレからやってくるお客様なんて普通いないからな。予想できなくて当然だ」
ポワピィの言うことはもっともだが、しかし、なぜだかこのマスコットキャラクターに言われるとムッとしてしまう。
それはともかく、メイドの彼女の名前は『セリリリウム・ナミナムナ・ブランフェル・シロール』略してシロちゃんと言うらしい。
緑のメイド服にシロちゃんとは、これいかに?
シロちゃんは、このプリンプリン城の現当主プリンプリン五十三世の元で働くメイドのうち、千本の指に入る腕利きメイドなのだと言う。
誇らしげに胸を張る彼女だが、ぼくは『千本の指』というのを同時に見たことがないので、凄さがよく分からないんだけれど、きっと凄いんだよね、シロちゃん?
あのトイレ付近が彼女の持ち場なのだというが、そういうシステムは非効率的ではないかと助言したくなった。
一万年の歴史を持つ王宮に意見するというのは恐れ多いことだけれど、トイレ専属のメイドってよく分からない。
いや、専属メイドをつけないといけないほどに、広くて豪華ということか?
それはともかく、トイレ掃除も終わって暇をしていたシロちゃんは(やっぱり暇なんじゃないか!)トイレのドアの前でぼーっとしていたらしいが、ぼくが現れて、変態だと思って殴っちゃったらしい。
不審者だと思ったのでなく、変態だと思われたのが、少し心外だった。
「王女様は今、外出していますので、しばらくお待ちください!」
トイレ掃除以外の仕事ができて、やる気満々のメイドさんが元気よく言う。
「紅茶を淹れるのは、メイド学校以来ですが、お味はどうですか?」
すごく心配になるような発言をするシロちゃんだったが、紅茶の味は美味しかった。
まあ、パックの紅茶をカップに入れるのに、そんな技術はいらないと思うけれど……
せめて、お客さんから見れないところで入れてくれれば、ちょっとは騙せるかもしれないのに。
目の前にパックの紅茶を持ってきて、その場でカップに入れていたらなんのありがたみもない。
けれど、ぼくは紳士だからこう言う。
「美味しいですよ! シロールさん! 天才じゃないですか!」
レッドローズちゃんは怪訝な顔をしたけれど、シロちゃんは
「お誉めいただいて光栄です! ありがとうございます!」
と無邪気に言った。
笑顔が眩しかった。
横に座っていたレッドローズが、耳元で囁いた。
「やよい君、今のって皮肉?」
ジト目というのだろうか? 明らかに不快感を示す目だった。
「いや、違いますよ……」
ぼくも小声で返事をするけれど、自分に自信が持てなかった。
シロちゃんは大喜びしているけれど、なんだか罪悪感感じちゃいそうだ。
紅茶を二口ほど飲むと、メイドの少女が少し真面目な顔で口を開いた。
「それで、お客様がたは、あの伝説の魔法戦士の末裔と、あの伝説の妖精の末裔、そして、その愉快な仲間なんですよね?」
真面目な顔で愉快な仲間と言われると、少し傷つく……
「そうです」
レッドローズちゃんも、いつにも増して真剣な顔をしている。が、『愉快な仲間』の部分に突っ込んで欲しかった。
「そして、現実世界でダークコアの力が復活してしまったために、助けを求めにこの世界に来たということですね?」
「その通りだ」
ポワピィが腕を組んで深く頷く。
「一大事じゃないですか!!」
メイドは突然、素っ頓狂な声をあげた。
耳がキーンとなりそうな声だった。
「世界の危機ですよ! でも、プリンプリン様帰ってくるの、多分、明後日ですよ! どうしましょう!」
オロオロとしだすロングヘアのメイドさん。
「大丈夫ですよ、お嬢さん」
ダンディな声が聞こえたと思ったら、ポワピィだった。
いつもの甲高い小動物っぽい声からは想像がつかない、男らしい声だった。
「心配ありません。こっちの世界の一日は、向こうの世界の一時間ですから」
ウィンクする赤い小動物は、メイドさんを落とす気満々だった。
まあ、その可愛らしい格好で、男らしくしてもね……
それはともかく、ポワピィは興味深いことを言った。
時間の流れが向こうとこちらだとだいぶ違うらしい。
もしかして、一万年前の王国っていうのも、時間の流れが違うのが原因かもしれないな。
一日は二十四時間だから、二十四倍のズレがある。
一万年の二十四分の一は……四百年くらいか!
……って、思ったより最近だな……
1600年くらいって、確か関ヶ原の戦いだよね?
関ヶ原の戦いの頃の王国かぁ。なんか思ったより普通だ。
ぼくがそんなくだらない計算をしていると、話が進んでいた。
「ということで、レッドローズさんはポワピィさんとこの部屋を使ってください」
間取り図を見せながら、シロちゃんがレッドローズちゃんに説明をする。
パッとぼくの方に顔を向けると、少し困ったような顔をする。
「えっと……お客様は……」
ぼくはさっと察する。
「やよいです」
「あー! やおいさんですね!」
……それは意味が全然違う。
「それは、三ないですね……」
「へ? 三内丸山遺跡?」
目をパチクリとさせるメイドさんは、可愛くないわけではないが、こんな話をしていても何も生まないので、ちゃんと名前を言った。
「いや、気にしないでください。ぼくの名前は、三月の弥生です!」
「あ! すみません。やよいさんですね! やよいさんは、この部屋を使ってください」
「わかりました。何から何までありがとうございます」
プリンプリン様が帰ってくるまで、この城に泊まらせてくれるというのだが、巨大な部屋に泊まれるとあってぼくは少し興奮していた。
シロちゃんが指差す見取り図を見る限り、ぼくの部屋の広さは、ぼくの家の敷地ぐらいだった。
「それでは、レッドローズ様とポワピィ様の案内は、私が。八百屋さまのご案内は、あちらのメイドがさせていただきますね」
名前の明らかな間違いに突っ込みたかったが、シロちゃんが指差した方向にいたメイドに気を取られて、突っ込み損ねた。
カーテンから顔を半分だすようにして、モジモジとする少女。
青色があしらわれたメイド服に身を包む彼女は、雪のように白い肌と、青い髪のコントラストが印象的だった。
青髪……現実で見るのは初めてだった。
アニメキャラの髪の毛がカラフルなのは、キャラ付けのための記号であって、設定上は普通の髪の色である。
そんな話を聞いたことがあるけれど、本当に青い髪の少女がいるとは……
「彼女は、『シノシリイルム・ヘル・イルモ・クロール』この屋敷一番のメイドです!」
おーすごい!
「人見知りが激しいのが、玉にキズですが、すごく優秀で、私も尊敬してるんです!」
シロちゃんはそういうが、人見知りってのは結構な致命傷じゃないだろうか?」
ぼくは、とりあえずクロールさんに近づいて見ることにした。
ん? クロールさん?
クロちゃんと呼べという、暗黙の何かが働いている気がする!
しかし、それはあまりにも安直! ぼくは、彼女のことをロールちゃんと呼ぶことに決めた。
ゆっくりと近づくと、ロールちゃんは慌てたように左右を見回すと、カーテンの中に顔を隠してしまった。
本当に、メイドとしてこれはいかがなものなのか?
「ロールちゃん、ぼくのこと、案内してくれないかな?」
優しく語りかけるぼくだったが、ロールちゃんは思いがけないことを言った。
「『ロールちゃん』だなんて気安く呼ぶんじゃねぇよ」
「……」
カーテンの中で肩を震わせるメイドさんの口はだいぶ悪いらしい。
「本当は案内なんてしたくねぇのに! 仕事だから仕方ねぇじゃないか! くそっ! 案内してやる!」
顔を真っ赤にしながらも、ロールちゃんがカーテンから出てきた。
「来いっ!」
そう言うと、あっけにとられているぼくの顔も見ずに、スタスタと歩き始めてしまった。
ぼくは、レッドローズちゃんたちの方に、じゃあと手を振ると、案内してもらうことにした。
レッドローズちゃんが、少し怪訝そうな顔をして、
「この国に、まともなメイドはいないのかな……」
と呟いたような気がしたけれど、きっと気のせいだ。
それにポワピィが返事をして、
「プリンプリン国は夢の国だからな……」
と悟った目で言っていたような気がしたが、それも気のせいだろう。
青いメイドさんの後ろをついていく。
小さくて、ふんわりとした雰囲気を持っているのに。人見知りなのが玉に瑕というか、口が悪いのが玉に瑕だよな。
そう思いながらロールちゃんを見つめていると、急に振り返った。
「ジロジロ見つめんなっ! この変態め!」
言いたいことだけ言うと、さっきよりも歩調を早めて歩き出した。
変態って……流石にショックを受けるよ。
自分が立ち止まっていたことに気づいて、ロールちゃんを追って早足になった。
右へ左へ。上へ下へ。グネグネと迷路のような廊下を抜けて、ついに目的地にたどり着いた。
「ここですよっ! お客様!」
キッとぼくのことを睨みながらドアを指差す青服メイドさん。
「案内、ありがとうございます!」
ぼくが爽やかに言うと、ロールちゃんは、顔を赤らめて目をそらした。
「仕事だからやってんだしっ!」
うん、ツンデレなんだろう、きっと。そういうことにしておこう、と微笑んだ。
さあ、メイドよりもぼくが楽しみにしていたのは、部屋だ!
気をとりなおして、部屋を見よう!
どんな豪華な部屋が待っているのだろうか!
見取り図には内装までは載っていなかったから、すごく気になるところだ!
ワクワク気分で、扉を開く。
光が差し込み、思わず目を細める。
目をしっかりと開くと、そこには、素晴らしい空間が広がっていた。
貴族の部屋! まさに非日常の空間!
天蓋付きのベットが目を引くが、それだけでなく、豪華な調度品が所狭しと並べられ、しかし、それでも広々とした空間が広がっている。
奥を見やると、カーテンの向こう側に、バルコニーがあり、その向こうには夕日に照らされた綺麗な庭が広がっているのが見える。
サイコーだった。
ぼくは、ベットの上に乗ると、高級なスプリングの性能を確かめるように、ぴょんぴょんと飛び跳ねた。
「うわー! すごい! 跳ねる跳ねる!」
あまりに楽しかったせいで、ロールちゃんがゴミでも見るかのような目で、じーっと見ていることに気づかなかった。
「馬鹿ですね」
鼻で笑うように言ったが、口元も微笑んでいた。
怒っている顔以外を見るのは初めてだったので、ぼくはもっとその表情を見たいと思い、ぴょんぴょんと飛び跳ね続けた。
すると、みるみるロールちゃんの顔が怖くなっていった。
「降りろよ!」
顔を真っ赤にしながら怒るメイドさん。
果たして顔が赤いのは、怒りが故か、人見知りの羞恥心が故か?
とりあえず、ベットでジャンプという、庶民の悪い癖は、もうしないでおこう……