12 プリンプリン国へ
いや、非日常的で非常に好ましいとは思うんだけど。
でも、なんか、ぼくが思う非日常とちょっと違うんだよなぁ。
人は満足するということをしない。何かを手に入れても、そのさらに上のものを欲しがるからだ。
みたいな感じなのかもしれないけれど、ぼくは贅沢を言っているのかもしれないけれど。
それでもちょっとメルヘンは、ぼくに向いていないと思うのだ。
プリンプリン国みたいなおとぎの国的なのは、ぼくの専門外だ。
ぜひ、全国の乙女たちに譲ってあげたい。
まあ、しかし、つまらない日常よりはワクワクするのは確かなことだ。
これよりも、もう少しだけドロドロとした感じとか、熱血な感じとか、アドレナリン分泌する感じとか、扇情的な感じとか、なんかそっち系がよかったなぁという思いは心に秘めておこう。
ところで、ぼくは今、今日初めてあった女の子の部屋で、その女の子と一緒の布団で寝ている。
……
……
……そう、これこそ、まごうことなき非日常であり、ぼくが望んでいた世界だった。
プリンプリン国へ行こうという話になったぼくたちだったけれど、夜も遅くなり始め、今から行くのは無理だということで、夜ご飯をご馳走になると、寝ることになったのだ。
もちろんぼくは、家に帰るつもりでいた。
ケータイも持たずに出て来たぼくは、夕食を作って待っている母を想像した。
時間とか規則にルーズではあるけれど、人並みに息子のことは心配する『普通の』母親。
しかし、非日常はぼくに辛い決断を迫った。
「え? やよいくん。どうして外に行くの? ここで寝ないの?」
優梨奈ちゃんがポンポンと叩いたのは、彼女が入っている布団だった。
その横に来いと!
一緒の布団で寝ようと!
そう仰られるのか!
ぼくは、母とこの非日常を天秤にかけた。
シナプスが発火するほどの刹那ーーぼくは決断した。
決断したとぼくの意識が認識するよりも先に、体が動いていた。
かくして、ぼくは母の心配する顔を頭から振り払って、めくるめく非日常へと身を投じた。
そして、今に至り、横にいる美しき少女は、赤を基調とした寝間着を着た少女は、スースーと寝息を立てていた。
ぼくは目が冴えてしまって、寝付くとこができなかった。
気持ちとしては、遠足前の小学生といったところだろうか?
ちなみに、こんなことをするとあの過保護なポワピィくんが文句を言って来そうなものだが、夜ご飯と称してぼくと優梨奈さんがカップラーメンを食している途中に、ラブパワーが切れたと言って、深い眠りに落ちたのだ。
よって、ぼくと優梨奈さんの睡眠を邪魔するものはいない。
優梨奈さん自身がぼくの睡眠を邪魔する以外は……
さて、どうやってこの胸の高鳴りというか、心臓の爆音というかを止めて、安らかな眠りに至れば良いのだろうか?
ぼくは、優梨奈さんを意識してしまう自分の気を紛らわせるために、その方法に関して深く考えてみることにした。
そして、東の空が白み始めた頃、ぼくはやっと眠りについた。
「ふあぁ〜、おはよう、やよいくん」
目をしょぼしょぼとさせながら、山本さんはぼくに声をかけた。
これぞ、真の喜び。
ぼくは、二、三時間しか寝ていないにも関わらず、よくわからないハイテンションになっていた。
「おはよう! レッドローズちゃん。今日も一日張り切って行こう!」
そう言ってキメ顔をした。
「やよいくん、どうしたの? 大丈夫」
本気で心配されてしまった。失敗。それに、
「やよい、お前、レッドローズちゃんと馴れ馴れしく呼ぶなと言ったよな!」
振り向いた先にいたのは、魔法のステッキ(モーニングスター)を構えたポワピィくんだった。
「あとさ、なんでその布団で寝てるの?」
穏やかな口調で笑いながら言っていたが、目は笑っていなかった。
あと、魔法のステッキ(モーニングスター)のトゲトゲ鉄球が、ビュンビュンと空を切り始めた。
「あのね、ポワピィ。わたしが入れてあげたんだよ?」
「は? 優梨奈ちゃん、何言ってんの!?」
……などなど、二、三分ほど二人の会話は続き、優梨奈ちゃんの無邪気さが証明され、ポワピィは不満ながらも諦め、これからはそんな無防備なことをしてはいけないとたしなめた。
その間にされた会話については、ポワピィくんの様々な過激な妄想が含まれていて、ぼくの口から述べることはできない。
「わかった。もう、やよいくんをお布団には入れない」
ああ、悲しき哉。
「それでいい」
「あ、そういえば、さっきやよいくん、わたしのことレッドローズちゃんって呼んでたけど……」
またその話を蒸し返すのかと思ったら、少し違った。
「今のわたしは変身してないからレッドローズじゃなくて、ただの山本優梨奈だよ?」
ふーん、よくわかんないけど、そういうものなのか。
「わかったよ、山本さん!」
爽やかな感じに答えることができた。きっと好印象だろう。
朝ごはんのレーズンパンをご馳走になり、ぼくたち三人はプリンプリン国へと旅立つことになった。
スーツケースに何か詰めたりとかしそうなものだけれど、レッドローズ(魔法着に着替えていた。どうも、他の私服を持っていないようだ……ちなみに新品の魔法着に変えている)ちゃんは、身一つで行くつもりのようだ。
かく言うぼくも、何も荷物なんて持っていないので、手ぶらで行くことになった。
外に出ると、あいにくの曇り空で、どんよりとした雰囲気が立ち込めていた。
昔読んだ『モテる』と言うズバリな本に書かれていたことを思い出しながら、たわいもない雑談を繰り広げていると、歩いて一分もせずに神社に着いた。
と言うか、目の前なのだから階段を三十段ほど登っただけでついた。
『モテる』の第一プロセスである、話題作りの「今日はいい天気ですね」の部分で、レッドローズちゃんが「えっ? 曇ってるよ」と怪訝な顔をして、そこで神社に到着していた。
まあ、短時間でも効果がないとは限らないからな……
きっとね。
神社に着くと、赤い魔法戦士は駆け出した。まるで、美味しいものを前にした子供みたいに。
手招きしながら走る彼女に、ぼくは付いて行って、そして、大きな木にたどり着いた。
しめ縄が巻かれたその大木は、御神体だーという感じだった。
「やよいくん、これが封印の木だよ!」
ぼくが上を見上げていると、レッドローズちゃんが自慢げに紹介してきた。
「はあ、すごい大きいですね。こんなところがあるなんて知りませんでした」
眩しいくらいの笑顔で見てくる魔法少女。彼女の妖精は、木の根元によく分からない文字を書いていた。
「レッドローズさん、ポワピィくんは何やってるの?」
「うん? プリンプリン国に行くための準備だよ」
「へー、どうやって行くんですか」
「やよいくんの瞬間移動でだよ!」
へー…………って、嘘でしょ?
「……そんな話聞いてませんよ……」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
レッドローズちゃんが可愛く首をかしげたところで、赤いリスの声が聞こえた。
「やよい、お前の出番だ。準備はできたから、瞬間移動の準備をしろ!」
え……だから、聞いてないんですけど……
「いつでもできますけど、どこに行くんですか……?」
「プリンプリン国だって言ってるだろ?」
それは知っているが、プリンプリン国がどこにあるかということなのだ。
ぼくの瞬間移動は、トイレ間しか移動できない上に、五十メートルという距離の制限もあるのだ。
……あれ? そういえば距離の制限があるって伝えていたっけ?
伝えてないよな……大丈夫なのかな? これはとりあえず報告しておいたほうがいいのか?
ぼくが思案していると、ポワピィが片付けの作業を終えて、ぼくの方に向いた。
「今から、やり方を説明する。というか、今行った術式について教える」
いつになく真剣なポワピィくんの顔に、ぼく気持ちも自然と引き締まる。
「今俺がやったのは、空間の接着だ。プリンプリン国の存在している並行宇宙と、俺たちのいるこの並行宇宙を接着した」
……ん? ん?
ぼくの高速まばたきにも気づかず、続ける。
「これで、この神木の周囲は五次元時空間が実体化している状態になった。そして、お前の出番だ」
ぼくの方を指差す。
「お前のような空間移動能力者は、基本的に、その存在の座標を任意の方向にずらす力を持っている。それはつまり、能力の主体者を観測地点とすれば、世界そのものの座標をずらすことに他ならない。そして、この神木の周りにおいては、世界は三次元空間を飛び出して、四次元目の空間方向へと移動可能に調整されているため、間世界の移動を可能にするというわけだ」
息継ぎを挟み、さらに続ける。
「そのために俺たちは空間移動能力者を探していたわけだが、全く見つからなかったために、プリンプリン国へ旅たつ手段が全くなかった。そこに現れたのがお前で、お前の能力は、この間世界移動に用いることが可能でありながら、トイレという制限がついていたために、少し調整を要した。つまり、トイレ・トイレ間の座標変化こそがお前の能力の本質であるため、向こうの並行宇宙におけるトイレに相当する空間とこちらの神木とを結ぶ必要があったわけだ。これがまた、面倒な作業ではあったが、仕方ない、俺はやり遂げた」
言い切ると、ポワピィはにっこりと微笑んだ。
ぼくは、一言一句聞き取らなかった。
……それは嘘だ。
とりあえず、並行宇宙へレッツゴーということだな!
そう理解したぼくは、真剣な顔で考える素振りを見せると、こう言った。
「なるほど、それは深遠だな。なかなかどうして、興味深い。さあ、それはおいておいて、レッツゴーだ!」
二人の反応を見ないようにして、ぼくは手を前に出した。
「さあ、ぼくの手につかまって!」
二人の手が重ねられる。
「プリンプリン国へ、トイレ瞬間移動術!!」