『Footloose Life』第9話 犬の魂を受け継いだ馬
ご覧いただき、ありがとうございます。『Footloose Life』第9話をお届けします。
今回は、犬型ロボットの24T2が馬型に生まれ変わる、改造の物語です。試作品が転び、研究所が散らかり、深夜にはチーズバーガーの差し入れが届く。そんな賑やかな日々を描きました。どうぞ、ゆったりとお楽しみください。
運動会から数か月後のある日、クロード保安官は美咲の研究所へ向かった。
「頼みがある」
美咲は嫌な予感がした。
クロードは無言で設計図を差し出す。
「速くしたい」
「却下」
「まだ何も言ってない」
「どうせ無茶苦茶だから」
「否定できん」
数分後。美咲は頭を抱えていた。
「犬を馬にする?」
研究者人生でも聞いたことのない注文だった。
しかし。美咲は戸惑いながらも製作に入った。
なんだかんだ面白そうだったからだ。
◇
美咲の研究所は、その日も深夜まで明かりが灯っていた。
作業台の上には分解された脚部ユニットが並び、壁際には幾重にも積み重なった設計図が山を作っている。
ホログラムモニターの中央には24T2の立体モデルが浮かび、その周囲を赤い警告表示が埋め尽くしていた。
重量超過。
強度不足。
重心不安定。
画面を埋め尽くすエラーメッセージを眺めながら、美咲はゆっくりと椅子へ身体を預けた。
何度見ても結論は変わらない。
研究所の奥では千春が新しい脚部フレームを組み上げていた。
火花が飛ぶ。
溶接された金属が赤く光る。
図面の上では成立していても、実際に形にするのは簡単ではない。
数日前に完成した試作一号機は強度不足。
二号機は重量過多。
三号機は立ち上がることは出来たものの、歩き始めて五秒で転倒した。
四号機はさらに酷かった。
起動直後にその場で前のめりになり、研究所の工具棚へ突っ込んだのである。
散らばった工具を拾い集めながら、千春は思った。
犬を馬にする。
これも保安官として、みんなを守る為に必要なんだろう。
休みなく作業は続いた。
昼は設計。
夜は試作。
失敗。
修正。
再設計。
また失敗。
その繰り返しだった。
一番冷静だったのは、当の24T2である。
何度転んでも文句を言わない。
脚を交換されても騒がない。
巨大な新型フレームを取り付けられても抗議しない。
ただ黙々と試験プログラムを実行し続けていた。
そんな姿を見ていると、美咲も千春も投げ出す気にはなれなかった。
研究所が最も賑やかになるのは深夜だった。
作業に没頭していると、決まって研究所のドアが開く。
「今日も頑張ってるな。お疲れ様」差し入れを抱えた康児が現れるのだ。
最初はコーヒー。
次はサンドイッチ。
そしてある日から、見慣れない試作品が運び込まれるようになった。
焼きたてのバンズ。
厚めに焼かれたパティ。
とろけるチーズ。
試作段階のチーズバーガーだった。
康児自身もまた、新しいメニュー開発に挑戦していたのである。
疲れ切った頭では正常な判断など出来るはずもない。
そう思いながら一口かじる。
ところが美咲は、そのまま無言で食べ続けてしまった。
肉汁の旨味。
チーズの塩気。
香ばしいバンズの甘み。
シンプルなのに妙に完成度が高い。
気が付けば半分以上なくなっていた。
向かいでは康児が少し緊張した表情で感想を待っている。
美咲は冷めかけたコーヒーを飲み干し呟いた。
「これ、めちゃくちゃ美味い。天才かも」
その瞬間、康児の表情がぱっと明るくなる。
数か月間24T2と格闘してきた美咲には、その顔が少しだけ眩しく見えた。
一方でジェミニは相変わらずだった。
研究所へ顔を出しては余計な提案をしていく。
もっと速く。
もっと派手に。
もっと大きく。
翼を付けろ。
ロケットブースターはどうだ。
毎回追い出されるのに翌日には戻ってくる。
もはや研究所の風景の一部だった。
季節が少し変わる頃には、24T2はすっかり別の姿になっていた。
長く伸びた脚部。
大型化されたフレーム。
高出力の駆動ユニット。
犬型だった頃の面影は確かに残っている。
だがそのシルエットは、もうどこから見ても馬だった。
それでも変わらない部分もある。
クロードが研究所へ現れるたび、24T2は嬉しそうにそちらへ向かう。
新しい脚に慣れていない頃は、そのたびに転倒していた。
巨大化しても中身は犬型の時のままらしい。
美咲は何度目かの転倒を見ながら苦笑した。
どれだけ改造しても、こいつだけは変わらない。
そして数か月後。
夜明け前の海岸。
朝日が水平線を染め始めていた。
「いよいよ試験走行よ。みんなケガには十分注意してね」
静かな波音の中、改造を終えた24T2が砂浜へ立つ。
朝日に照らされた鋼鉄の装甲は眩しいほど美しかった。
千春は最後のボルトを増し締めし、美咲は携帯端末で各部のデータを確認する
そしてクロードが24T2の背へ跨った。
試験が始まる。
最初は歩行。
問題なし。
続いて小走り。
問題なし。
さらに速度を上げる。
データは全て正常値を示していた。
長かった開発の日々が、ようやく実を結ぼうとしていた。
美咲の肩から力が抜ける。
もう大丈夫かもしれない。
誰もがそう思った。
その瞬間だった。
轟音と共に大量の砂が巻き上がる。
飛び立つ海鳥。
高出力モーターが唸りを上げる。
次の瞬間には、24T2は信じられない速度で海岸線を駆け抜けていた。
速い。
速すぎる。
誰も反応できない。
鋼鉄の馬は一直線に砂浜を駆け抜け、そのまま地平線の彼方へ消えていった。
研究所チームは言葉を失う。
その場に残ったのは風に揺れる砂煙だけだった。
そして。
遠い海風に乗って届く。
保安官の悲鳴だけが聞こえていた。
数時間後。
全身、砂で真っ白で髪にワカメを絡ませたクロードが研究所へ戻ってきた。
誰もが固唾を飲んで見守る。そして少し笑った。
試験は成功したのか。
失敗したのか。
長い沈黙の後、クロードは静かに口を開いた。
「ブレーキを付けろ、強力なやつだ」
その一言に、美咲は空を見上げた。
千春は笑いを堪えた。
ジェミニは腹を抱えている。
康児は静かにコーヒーを差し出した。
そして24T2だけが、自分は完璧だったと言わんばかりに胸を張っていた。
こうして後に伝説となる鋼鉄の相棒は誕生したのである。
(第9話・了)
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
何度転んでも嬉しそうにクロードへ向かう24T2は、書いていて一番楽しかった一人です。「ブレーキを付けろ」の一言に、クスッと笑っていただけていれば幸いです。
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