スペペパーペキパープリン
子供がもうすぐ生まれるというのに、僕は失業していた。失業したのは初めてだったので、ハローワークへ行き仕事を探してみるが、これといった仕事が見つからない。時間だけはたっぷりあるので、部屋で本を読んだり、午後は釣りに行って暇をつぶしたりしていた。
妻はだんだん大きくなるお腹を抱え、家事をこなしていたが、特に私には何も言わなかった。
そんなぶらぶらしてたある日、友人が占いどころへ行ってみないかと言ってきた。
「占いどころ」ってなに。
「名前と生年月日を言えばいろんなことを占ってくれるそうだよ。しかも、良く当たるらしい。俺が連れてってやるよ、今後のことを占ってもらえよ」
友人は気楽に言った。友人の家は小さな印刷会社を営んでおり、彼は専務だった。
どうせ暇だし。彼についていくことにした。
その占いどころは、車で10分ほどのちょっと街はずれの漁港のそばにあった。
広い駐車場があり車を停めてその占いどころと思しき建物をみてみると、表の看板は「山下整骨院」となっていた。
「整骨院?」
「整骨院の奥にあるんだよ」友人は初めてではないらしく答えた。
俺は車で待っているから一人で行ってきてよと友人は言った。
そこで駐車場から歩いて、整骨院のドアを開け呼んでみた。
中から白衣を着た若い男性が出てきて「占い?」と尋ねた。私は「はい」と答えた。
すると男性は「じゃあこの紙に名前と生年月日を書いて」と紙をくれた。
紙に名前と生年月日を書き渡すと、じゃあ、ここで待ってて。と待合室のようなところへ案内された。
待合室の隣の部屋には病院にあるようなベッド2台があったが、誰もいなかった。
待っていると若い女性が奥から出てきた。僕と同じく占いに来た人のようである。
その女性が帰ると奥から「どうぞ」と声がした。
待合室を出て、奥へ進むとそこは3畳くらいの居間だった。壁に食器棚があり、部屋の真ん中に丸いちゃぶ台のようなテーブルがあった、その上に蒸かし芋を入れた籠が乗っていた。芋かあ。
ふーん、なんか普通の家だな。と思いその奥へ行くと縁側のような廊下だった。
その廊下の奥に老婆が座っていた。濃い紫色の袈裟のような服を着ていた。白髪頭で小太りで、眼鏡をかけていた。
老婆は小さな机に肘をつき、私の書いた紙を両手に持ち、じっと見つめていた。
「ああ、そこへ座って」
僕はその机の前の座布団へ座った。目の前の老婆の顔をよく見ると、眼鏡の奥の瞳の色が灰色に近かった。口の中でなにやらぶつぶつ言ってた。
「フーン、あなた今日はどうしたの」
「いや、失業してしまいまして、この後どうすれば良いか相談しに来たんですが」
「最近、不況で失業する人が多いからねえ。ほら、この名刺もそうだよ」
机の上には、名刺の束が積まれていた。
また、老婆は紙切れに目を移し、「良い家庭に育ったね。周りの人に恵まれているよ。
そうか、割と最近結婚したんだね。仕事は辞めて良かったよ。そのまま居てもろくなことにはなっていないね。あんたは周りから慕われる人間だね」
私は老婆の言うことに驚いた。
「あなたねえ、あなたは人の上に立つ仕事ならいいよ」
「人の上?どんな」
「まあ、いろいろあるだろうけど、人の下で使われる柄じゃないね」
「管理職とかね、そういう立場になる運命だと、生年月日からは読める」
「失礼ですが、何か見えるんですか。」
「いや見えるわけじゃないけど、感じるんだよ」
「どうして分かるようになったんですか」
「私はねえ、若いころ高野山で修行してたのよ。得度して修行僧になり、毎日、お堂でお経を写したり、山の中をお経を唱えながら歩き回ったりしたのよ」
「高野山は女人禁制だったんだけど、その頃は女性でも修行できるようになっていたのよ」
「そしたら、ある日降りてきたのよ」
「何がですか」
「説明できないけど、何か体がふわりとして、全身に電気が走ったような感じで、気を失ったのよ。しばらくして、どのくらいか忘れたけど、目を覚ましたら山の山道にいてね、それから何故か、人の運命がみえるようになってね。ただ、こうしてあんたを見ているだけでもぼんやりわかるんだけど、名前と生年月日が分かった方がよりはっきり見えるのよ」
「そうですか。ありがとうございます。職探しの参考にします」
「まあ、もうすぐ生まれてくる子供のためにも頑張んなさいよ」
私はまた驚いた、妻の妊娠のことなど一言も言ってないのだ。
老婆はホホと笑い。「そうだ、おまじないの言葉をあげるよ」といって後ろから紙を取り出した。
「このおまじないの言葉をね、何かあるとき唱えなさい。必ず声に出すんだよ、小さな声でも良いから。そうしないと聞こえないからね」
私はその紙を受け取り、見てみると、何やらカタカナで文字が書いている。
それはこのようなものだった。
ピンローポイ マンパーロン ヘンレーモン プイヤーペシ ロンハ ロイシ ペラテンペ スペペ パーペキ パープリン
「はあ、これはいったいなんですか」
「だから、おまじないだよ、それは神さまの言葉さ、意味は分からないけどね、でもそれを唱えると、きっと神さまが聞きつけて願いを叶えてくれる、時々唱えなよ。最後の三つだけでも良いよ」
何やら、ありがたいような、訳のわからないような感じがしたが、南無阿弥陀仏のお経のようなものかな、それにしてはなんか軽いような気がした。スペペ パーペキ パープリンと小声で言ってみた。
「あ、では失礼します。見料は?」「千円、その横のかごに入れて」
見ると左横に小さな網かごがあり、お札が一杯入っていた。
そこに千円札を入れ。部屋を出た。三畳間のテーブルの上の芋を見ると、さっきより減っているように思えた。はて、誰か食べたのかな。来た時と同じようにベッドには誰もおらず、待合室には若い女性が二人座っていた。流行っているんだなと思った。
私は若い男性、多分老婆の息子だろうが「ありがとうございました」と礼を言い
建物を出た。
駐車場へ戻ると友人は車の中で寝ていた。ドアを開けるとあくびをしながら起きた。
「どうだった」「いやあ、びっくりしたね。やはり超能力者かな」
「以前、君も見てもらったのか」
「ああ、みてもらったけど、言われたのがあまり会社は大きくしない方が良いとうことだった。どうも経営者としては向いてないとさ」
「あの婆さんは大したもんだよ、整骨院は全く客がいないけど噂を聞いて、占いの客が多いから、こんな駐車場まであるわけよ」
それから友人に僕のアパートまで送ってもらい。部屋へ帰ると妻にこのことを話した。
妻は面白がって、良かったじゃない、これから運が開けるんじゃないの。と気楽そうに言った。「スペペ パーペキ パープリン」って面白いと笑った。まあ、この妻の気楽さが救いのように思えた。
しかし、それから不思議なことが起こるようになった。例のおまじないを唱えると物が消えるのだ。また、唱えると元に戻る。
部屋の中で目の前にあるコップをじっと見て、おまじないを唱えるとスーと目の前からコップが消えた。また、唱えるとパッと戻る。
え!なにこれ。そういえば、あの占いどころの部屋の芋が消えたのもこれかな。
しかし、なぜ消えるのか。どうも心の中で思ったものが、消えるようだ。芋のことを思ったから消えたかもしれない。
そうして何度かやってみると、全部のおまじないを唱えなくても、スペペ パーペキ パープリンと言えば、ものが消えることが分かった。
妻にそのことを言ってみたが、信じないので目の前でやってみた。すると同じことが起こったので妻は目を丸くして驚いた。そこで、妻が同じようにおまじないを唱えてみたが、物は消えない。どうも、僕が唱えた時だけその現象が起きるようだ。
あの老婆が魔法のようなものを掛けたのかも知れなかった。
友人を喫茶店に呼び出し、同じようにして見せた。今度はコーヒーのスプーンを消してみせた。友人は、おお!と驚いた。
「不思議だ。ユリゲラーみたいだな。しかし、物は消えてどこかに行ったのかな」
スプーンが消えたところを触っても何も無い。しかし、その場所に戻る。
友人は驚きながらも、それで、これが何かの役に立つのかなあと言った。確かにその通りで、別にマジシャンになるわけでもないし、と思った。
僕はあの整骨院に電話して、占い師の老婆にこのことを話した。すると老婆は驚きもせず、「フーン、そうかい。神さんが付いたのかね。ただね、それはいつまでも続かないよ。また、悪事に使ったらだめだよ」と言われた。
悪事に使うも何も、これが何の役に立つのかもわからない。そもそも僕の再就職に何の役に立つのかも不明だ。
そんなある日の午後、僕は暇なので近所の公園を散歩していた。僕の目の前を乳母車と押し、片手で小さな子供を連れた母親が歩いていた。その時、その小さな子供が道端の何かを見つけたようで、パッと母親の手を振り切って走りだした。
その反動で母親は乳母車を持つ手を離した。乳母車は脇の道路へ転がった。そこへ前から自動車が来ていた。
「危ない!」僕はとっさにおまじないを乳母車へ向かって唱えた。
車が急ブレーキ踏む音が聞こえた。母親は悲鳴を上げたが、乳母車は消えていた。
車は一旦止まったが、別に何かにぶつかった様子が無いのでまたエンジンをかけ離れていった。その後、またおまじないを唱えると乳母車は現れた。母親は狐につままれたような顔をして立っていた。
そして、僕の顔を見た。「あなた、何をしたの?」
いや、子供さんが無事で良かったですね。と言い立ち去った。
何か人助けをしたようで、うれしかった。ただ、その事件のあと不思議な能力は無くなった。使い切ったのかも知れない。
僕はまあいいや。そのうち良いことがあるさと。おまじないを唱えた。
スペ ペパーペキ パープリンと。
しばらくして僕は再就職し、子供も無事生まれた。その後占いどころへは行っていない。




