童貞魔王と第四皇女:最終章 (3)
「デモイラ……私は貴女が羨ましいわ……」
「………?」
シルフィアの言葉にデモイラが困惑した。先程まで赤い闇に支配されいた瞳に、ほんの少しだけ光が射し込む。
「……何を言っているの?貴女は魔王様に愛された、そして私は愛されなかったのよ?そんな貴女が私の事を羨ましく思う訳が無いじゃない…」
「いいえ、本当に羨ましく思うわ…だって貴女は、マクシムと同じ時を過ごせるのよ…私が見る事ができない、これからのマクシムを見れるの」
デモイラは一瞬で息を詰め、肩を震わせながら顔を背ける。
「そ、そんなのは詭弁よ!そんな事を言ったらエフィリの方が魔王様を長く見れるじゃない!」
「けどエフィリはマクシムを見てないわ…そしてデモイラ…貴女もマクシムを見てないの」
「そんな事!」
「貴女が見てるのは魔王様でしょ?私が見てたのはマクシムだったのよ…」
シルフィアの謎掛けのような言葉でデモイラは更に困惑する。シルフィアはその表情を汲み、笑顔を作りながら問い掛ける。
「……貴女はマクシムが弱いって知ってる?」
「ま、魔王様を愚弄しないで!」
「初夜では泣いてしまうし、私から切欠を作らないとアレも大きくならなかったのよ?マクシムの事だから、きっと自叙伝には書かなかったでしょうね…」
シルフィアの顔が自然に綻ぶ。それは作られた笑顔ではなかった。
「私がマクシムと交合したのは、彼が魔王だからじゃない……何もできないダメな男だったから、助けてあげたくなっちゃったの……情が湧いちゃったのね」
「そ、そんなの嘘よ!魔王様はいつだって完璧よ!」
「今更証明する事はできないけど……けど、これだけは言える……このまま魔王を続けてたら、きっとマクシムは壊れてしまうわ……だからお願い、貴女がマクシムを見てあげて…」
「そ、そんな」
「それとデモイラ…貴女も本当の貴女をマクシムに見せるのよ?」
「!!」
「寂しい時は寂しいって、抱いてほしい時は抱いてほしいって素直に言うのよ?でないとマクシムも、本当のマクシムを見せてくれないわ…」
シルフィアが右手を上げようとする。しかし先程のように肩から持ち上げられず、肘から先を少しだけ浮かす事しか出来なかった。
デモイラはその手を急いで握ると、懇願するようにシルフィアを見る。
「わ、私……言えない…魔王様に…そんな不敬な……」
シルフィアは少しだけ目を細めると、小さく鼻で笑った。
「……仕方がないわね……それじゃ、最期の仕事をしましょうか……デモイラ、マクシムを呼んできて…」
「い、今、魔王様は眠って」
「お願い…もう時間が無さそうなの……このままじゃ駄目なのよ……」
デモイラは躊躇したが、シルフィアの瞳に色が無くなりかけている事に気付いた。そして跳ねるようにベッドから離れると部屋を飛び出していく。
数瞬の後、扉を破らんばかりの勢いでマクシムが部屋に駆け込んできた。そして転がりながらもベッドに縋り付き、震える手でシルフィアの手を握る。それに少し遅れてデモイラと医師が駆け付けた。
「し、シルフィア…今、回復魔法を掛ける!すぐに良くなるからな!安心してくれ!」
「………マクシム……私の願いを……聞いて………デモイラ…こっちに……」
青褪めるデモイラがフラフラとベッドに近付く。シルフィアは微笑もうと努力するが、その力は残っていなかった。
「……いい?……マクシムが…馬鹿な事をしたら……喉に……水平…チョップよ?…手加減…しなくて…いいからね…」
「シルフィア!シルフィア!!」
騒がしく叫ぶマクシムに、シルフィアは水平チョップをしようとする。それはすぐに崩れ落ちたが、マクシムは唇を噛んで静寂を作った。
「……それと……マクシムが……泣きそうな時は……優しく……頭を………抱いて……あげて……」
「…はい……はい………」
シルフィアに促されたデモイラは、跪くマクシムの頭を抱いた。それは不慣れな為か裸締めのような形になったが、シルフィアの瞳は嬉しそうに細くなった。
「……そうよ………マクシム……独りじゃないのよ……デモイラも……マクシムを……愛して……いる……わ……泣いても……いいん……だか……ら… 」
シルフィアが穏やかな表情で止まる。
マクシムの頭にデモイラの涙が降り注ぐ。
その涙はマクシムの涙と混ざり、そっと床を濡らしていった。
それから2年の間、マクシムは悲しむ間もなく魔王としての責務を懸命に果たした。
しかしデモイラの進言により民主化への移行が始まり、さらに15年の時を経てゴウディン共和国が設立する。初代大統領にはアウロニス・マクデゾンが就任。この瞬間、マクシムは独りではなくなった。
マクシムは王座を返還した後、顧問として静かに余生を過ごす。その側には常にデモイラの姿があった。
マクシムの死後、彼の遺言によりシルフィアの横に墓碑が、まるで寄り添うように建てられた。
この後にデモイラによって添削された自叙伝が出版され、マクシムとシルフィアの物語は歌劇にも取り上げられる事となる。そしてその愛の物語は誰もが知る事となった。
マクシムの死後、150年経った今でも献花が絶える事はない。




