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童貞魔王と第四皇女:最終章 (2)

 デモイラはシルフィアの右手を持ち上げ、その枯れ枝のような手に頬擦りする。

シルフィアは自分の右手を見て思い出す。自分が100歳にも届く老婆で、そして死に際にいる事を。


「シルフィア……シルフィア・ゴウディン…寄る辺無き故に唯一ゴウディンの名を与えられた者…私は貴女の事が憎くて堪らなかったのよ」


 デモイラの瞳から優しさが消え、暗さが闇へと変化していく。そしてその奥に紅い何かが渦巻いていた。


「貴女が自分で自分の国を解体した事は理解している。そしてキールホルツの名を消す為に、魔王の庇護下である事を示す為に、魔王様の提案でゴウディンの名を与えられた事も理解している。そう、貴女にはその気は無かった事も理解している。けれどどうしても許せないのよ!」


 デモイラは顔を上げると、シルフィアの右手を両腕で掴む。


「このままこの手を握り潰したい…引き千切って床に投げ捨てて、踏みつけてやりたい…泣き叫ぶ貴女の顔を見てみたい…けど、そんな事をしても私の心は晴れない……それに麻酔薬で痛みを抑えられている貴女は、きっと何も感じないでしょうね…」


 デモイラの両手から力が抜けていく。そしてその瞳からは一筋の涙が零れた。


「…いつか温室で話したわよね?私は魔王様の事を5歳の時から好きだったのよ…ずっと好きで、陰から魔王様の事を見ていた…魔王様が無事に戴冠できるよう策も謀った…魔王様は魔王様になり、そして私は正妃となった……それは私が夢見た未来そのままだった……けど……それだけだったのよ……」


 デモイラの表情はどんどんと崩れ、涙の量も増えていく。


「私は西方公爵の第三公女として頑張った。そして王妃として魔王様を支えた。王太子を教育し、後継者として立派に育てた。何も間違ってない……何も間違ってないのに……」


 デモイラは拳を上げると力無くベッドを叩く。シルフィアはその振動を背中で感じた。


「……私が正妃になって、魔王様と何回交合したか知ってる?この70年余りでたったの32回よ?それも公務の予定と生理周期を確認しつつ、まさに子を授かる為だけの交合よ?魔王様に抱いてもらって嬉しかった、子を授かった事も嬉しかった…けど……それは魔王様として王妃を抱いていたに過ぎなかったのよ……魔王様が愛したのは貴女だけだったのよ……」


 シルフィアは歯噛みしながら瞳を閉じる。昔だったらマクシムを呼びだして水平チョップを見舞っている所だ。しかし今のシルフィアには拳を握るどころか、ベッドから起き上がる力すら無い。

 そんなシルフィアを余所に、デモイラは言葉を続ける。


「…実はね、少し前から魔王様が自叙伝を整理される事になってね……私もちょっと覗かせて貰ったわ。そこには貴女との事が事細かく書いてあった。それこそ初夜のシーツの事や、フィシア第四夫人との交合を手伝った事、エフィリ第二夫人に覗かれてた事とかもね。文面からは魔王様の愛が溢れていたわ…」


 ベッドに泣き崩れるデモイラ。その肩は小さく震え続ける。


「私は…魔王様の愛を独り占めにした貴女が憎い……魔王様が貴女と寝所を共にする度に、この王宮を爆炎魔法で焼き尽くしてやろうと本気で思ったほどよ……恥ずかしい話だけど、私は魔王様との交合で心は満たされても、女の悦びまでは得られていないの………独りで慰める夜なんて気が狂いそうだったわ……本当はもっと抱いてほしかった…何もかも分からなくなるぐらい、強く抱いてほしかった……私から身体を離す魔王様に泣きつきたかった……けど拒絶されそうで……出来なかったのよ……」


 デモイラはその言葉を最後に口を閉ざした。部屋の中にはデモイラが鼻を啜る音しか聞こえない。

 シルフィアは大きく息を吸うと、お腹に力を入れて右手を持ち上げた。そしてデモイラの巻き角を優しく撫でる。


「デモイラ……」

「………シルフィア……」


 シルフィアの声にデモイラが顔を上げる。その顔は涙と鼻水で汚れ、とても正妃とは呼べなかった。しかしそれがデモイラの本当の顔だった。

 シルフィアは力尽きて右手を降ろすと、意識して笑顔を作りながら口を開く。


「…このままじゃ、話がしにくいわ……私を起こしてくれないかしら?」


 シルフィアのお願いに、デモイラは素直に頷く。そして接客用のソファからクッションを持ってくると、シルフィアの上体を起こしてその背中に宛がった。


 シルフィアは自分の両手を眺める。枯れ枝のような、骨と皮だけの手だ。

もちろん手だけではなく、腕も、胸も、何もかもが老いさらばえていた。舌を動かせば在るはずの場所に歯が無く、唾液すらも真面に出てこない。瞼すら重く感じる。

 それでもシルフィアは命を削りながら背筋を伸ばし、デモイラに笑顔を向けた。

 

「デモイラ……私は貴女が羨ましいわ……」

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