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8話 罰

「………イオちゃん」


死体を前にし、実感がのしかかる。

微生物の死なんてどうでもいい。そう切り捨ててきたはずだ。

瞬きにも満たない時間を共に過ごしただけの微生物になにを思ってるんだ、俺は。

荒れる心を鎮め、また荒れるの繰り返し。

考えるな、考えるな。そう繰り返し、俺は視界の隅にあるものを見つける。


「これは…?」


血で固まったイオちゃんの手。その中に、ボタンらしきものを見つける。

おそらくは、イオちゃんを殺した誰かのもの。

死の恐怖を前に、彼女は証拠になり得るものを一つ奪ったのだろう。

イオちゃんは、その命の終わりまでヒーローだったんだ。

取りこぼしたものの大きさを惜しむように、俺は言葉を絞り出した。


「…………今、助ける」


小川 イオ。終わりが見えない今世でできた、初めての友達。

俺はそんな彼女に不幸を押し付けた。

償わなければ。罰を受けなければ。

そんな想いが俺の口を動かす。


「本体。アカシックレコードから『世界番号63297415の小川 イオ』の情報のみを抽出、俺が閲覧できるようにしろ」


まずは情報を集めよう。

このくらい詳しく言えば、本体が暴走することもない。

スマホに映るかな、と思っていると、カバンに入れていた教科書が変化する。

そう来たか。スマホにしろ、気が利かない。

融通の効かない装置と化した本体に対して愚痴をこぼし、俺は教科書だったものを広げる。


「……寿命、かなり先だな。なんで早め…、ああ、懸賞当てたやつで帳尻合わせたか?いや、それにしても死期を早めたらバランス悪いぞ。なんでだ?

……俺に好かれたのが死に値する幸運としてカウントされた…か」


つまるところ、俺のせいか。

…わかっていた。ショックなんて受けるな。お前のせいだとだけ刻め。

小川 イオを殺したのは、裏社会で生きる薄汚い微生物共。

彼らはすでに何人かの人間を殺めている。

それも、ほとんどが警察関係者の身内。

ムカつくことに、こいつらは逃げ切る。そういう運命にあるらしい。

そいつらに一つ罪状を足して、小川 イオの幸運の帳尻を合わせたと。

まったく、ふざけた話だ。俺に好かれたことが幸運としてカウントされるだなんて。


「本体、調律しろ。書き換え事項、『俺に好かれることを幸運としてカウントする仕様』。事項を削除…、不可能か。

じゃ、その不幸の対象を変更。死亡するのは出会った本人ではなく俺にしろ」


俺の同位体は存在そのものを解体するような攻撃でない限り、『寿命以外で存在が消えることはない』。だから、外的要因で死んでも即座に復活する。

これで他が死ぬ可能性は少なくなっただろう。

あとは小川 イオが受けた不幸を消し去るだけだが…、多少なりリスクがある。

死んだという事項を書き換えるには、それ以上の不幸を誰かに与えなければならない。

前に俺の力抜きで反魂を成し得た微生物がいたが、それもより多くの不幸を誰かに押し付けていた。

押し付ける先は数人。リスクを冒す覚悟もできた。

数人はすぐに死ぬからいい。気にしない。その価値もない。

残る1人は…、隠してくれるかな、多分。

そんなことを思いつつ、俺は遺体に手を当てた。


「こんなに刺されて、痛かったよな」


ず、ず、ず、と俺の体に刺創が浮かぶ。

同時に、イオちゃんの体にあった刺創の数々がゆっくりと塞がっていく。

『刺された』と言う事実を俺に『移動』させた。

正確に言えば、書き換えた、か。

事象そのものを無くせば世界は崩壊する。なら、無くさなければいい。

俺が全てを肩代わりする。

血が抜けていく。鼓動が止まる。正気を投げ出したくなるほどの激痛が走る。

肉体は確かに死したが、俺が死ぬことはない。傷もすぐに治る。

これで反魂に際しての不幸はそれなりに小さくなっただろう。

そんなことを思いつつ、俺は本体に告げる。


「本体。『輪廻』内にある『世界番号63297415で生きた小川 イオの魂』を俺の前にもってこい」


ふっ、と光が降りてくる。

小さくも暖かな輝き。間違いない。イオちゃんの魂だ。

これ程まで美しい魂が、見るに堪えない悪意によって穢されていた。

その悪意を引き寄せたのは、他でもない俺。

その事実に渦巻く怒りを堪え、俺はその魂を傷の消えた遺体へと入れた。


「イオちゃん。友だちになってごめん」


♦︎♦︎♦︎♦︎


「終わりやした」

「ご苦労」


小川 イオの死後2時間。

数人の男が壮年の男性を前に頭を垂れる。

彼らは所謂、反社会的勢力の一つであった。


「小川のやつ、交番勤務に回されてもまだ俺らのこと嗅ぎ回ってやしたからね。

いい薬になったでしょうよ」

「工作は済んでるんだろうな?」

「もちろん。間違っても組が関与してる…なんてかぎつけるやつは居ませんよ」

「しかし、親が親なら子も子なのかねぇ。

ヒーローになるだなんだ言って鍛えてたみたいだが…」

「あの歳になってもまだ現実見えてねぇのか。可哀想なこって」

「だから死んだんだろうよ」


ケラケラと嘲笑う声が事務所の中に響く。

と。それを破るように、事務所の扉が開いた。


そこに立っていたのは、純白。


色の抜け落ちた髪に、後光を受けて煌めくドレス。

布の隙間から見える肉ですらも、血が通っていないかのように白い。

ただ一つある色は、瞳の青。

光なき青を向けるそれを前に、男たちは下卑た顔で迫る。


「なんだ、テメェ。ここが藤桐組ってわかっての…」

「5人。5回だな」

「あ?」


ぴと、と凄むために近づいた男の額に、白の指先が当たる。

なにが5人だ、とこの場の皆が一様に訝しむ。

事務所にいる人間は全部で9人。構成員を含めれば100人はくだらない。

彼女が指す数字が何かに気づく素振りもない男たちの鼓膜を、白の吐息が震わせる。


「殺した数くらい覚えてろ」

「がぎゃぎゃぎゃぎゃべべべっ」


珍妙な叫びをあげ、崩れ落ちる男。

その顔には力が入っておらず、白目を剥き、舌を垂れ出している。

異様な光景を前に、彼らは素っ頓狂な声を上げた。


「三鷹!?」

「てめぇ、タカになにし…」

「許可なく喋るな、微生物。穢れが感染る」


白が凄み、事務所から声が消える。

おかしい。喋っているはずなのに、声が出ない。

喉から空気が漏れる音すら聞こえない。

皆が困惑する中、白は3人の男の頭部に触れ、その体を崩していく。

死神。その二文字を背負う白を前に、組長である壮年の男が怯えを見せた。


「因果を調律する。価値ある死を噛み締めろ」


白は言うと、手のひらを前へと向ける。

瞬間。男の視界を支配したのは、路地裏。

どことなく見覚えがある。それも、少し前に見たような。

男が訝しむも束の間。

彼の前に、人影が立った。


「──────ッ!?!?」


そこにいたのは、紛れもなく自分。

下卑た顔を浮かべ、使い慣れていたドスを振り上げる。

ぞぶっ。肉が裂け、激痛が走る。

痛い、痛い、痛い。叫びたくても叫べない。痛みを誤魔化せない。

自分という名の死が近づいてくる。

恐怖に意識が巡る中、どこからか白の声が響く。


「41人殺したのか。なら、41回。

殺した分だけ苦しむといい」


雑に投げられた死刑宣告と共に、死が体を引き裂く。

彼が声もなく絶叫すると同時、その視界はぐるりと変わった。

続いて広がるのは、どこかの風呂場。

これまた見覚えがある。その既視感に気づくと同時、自分という名の死が迫る。

その手に握られたのは、いつか使った鋸。

指にその歯がかけられ、ぎぃ、ぎぃ、と肉を割く音が響いた。


「──────!?!?!?」


やめろ、やめてくれ。

そんな懇願すら無視し、死の形をした自分が自分を解体していく。

その奥に、冷たくこちらを見下ろす青が映ったような気がした。

41回。それが、自分が死ぬ回数。

そのことに気づいた彼は絶望のあまり、思考を投げ捨てようとする。


「逃げるな。イオちゃんはお前たちに殺されてもヒーローだった。

お前も最期まで、裁かれる悪でいろ」


疑問が廻る。世界が廻る。恐怖が廻る。絶望が廻る。罰が廻る。

逃避したくなるほどの絶望を前に正気でいることの恐怖が、彼の心を蝕む。

彼は声にならない絶叫をあげ、3回目の死に突入した。


その日。暴力団員100名が変死体として発見された。


♦︎♦︎♦︎♦︎


「………ん」


眠りから醒めたような感覚。

瞼に通う血が透けて見える赤に嫌気を覚えながら、イオはゆっくりと身を起こした。


「…よかった、起きた」

「は、じめ、ちゃん…?」


まず見えたのは、友人である真白 ハジメ。

いつもの朗らかな雰囲気はどこへやら、彼女の纏う並々ならぬ覇気が肌を撫でる。

まるで、世界そのものに見られているような、そんな感覚。

自分の知るハジメとは遠くかけ離れている其れに、イオは口を開いた。


「は、ハジメちゃん、なにを、したの…?

わた、し、たくさん、刺されて…」


死の記憶は消せなかった。

その不幸を帳消しにすることはすなわち、世界の容量を大きく超える「書き換え」をすることになる。

記憶と現実の齟齬に困惑するイオに、ハジメは優しく微笑む。


「イオちゃんの傷をこっちに移して、魂を入れ直した」


何を言っていると問おうとし、息を呑む。

ハジメの体に刻まれた夥しい数の刺創。

血液が垂れ、床を濡らす。その様にはどこか、見覚えがあった。


「だ、大丈夫なの…!?

きゅ、救急車…、呼ばなきゃ…!」

「呼ばなくてもいいよ。すぐ治るから」


ハジメが言うや否や、死は免れないであろう傷が塞がっていく。

奇跡というには、あまりにも都合がいい。

しかし、そうとしか形容できない光景を前に、イオは小さく声を漏らした。


「ハジメちゃん…って、なんなの…?」


あまりにも現実味がない存在。

フィクションの中から這い出てきたような、圧倒的な理不尽の塊。

戦慄するイオに、ハジメは言い淀みながらも言葉を紡いだ。


「………なんなんだろうね。俺も知りたいけど…、神様っていうには贔屓が過ぎるし、なにより自由人だからね。

例えるなら…、『セカイ系彼女』かな」


何故だろうか。いつも浮かべるその笑みは、とても哀しいものに見えた。

半端に人間の真似なんてしなければ、イオちゃんが死ぬようなことはなかったよ

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