4話 小川さんと街ブラ
「かてねー……」
魅了能力になんの支障もなかったと証明された翌日。
ゴリゴリと削られていく自信と、炭酸四天王に大敗を喫したが故の敗北感に、俺は灰と化していた。
俺が作った世界にポップした微生物のくせに。俺の爪にちょっと触れたら消し飛ぶようなちっこい存在のくせに。
まったく、おもしれー人の子である。
俺を炭酸水にすら勝てないよわよわセカイ系ヒロインにしたのは、お前が初めてだ。
そんなことを思っていると、クラスの引っ張り役らしき陽の者が俺に声をかけた。
「真白さん。歓迎会だけど、19時からね。そこの通りに出たところのファミレス行った後カラオケだから。忘れないでね」
「あ、はい」
ファミレスにカラオケ。
もう何年ぶりだろう。青春の定番セットだ。
……前世でそんなの味わった記憶はないが。
いや、俺の記憶からすっぽ抜けてるだけだろう。多分。きっと。おそらく。
せっかくだし、ドリンクバー全制覇してやろうかな、などと思っていると。
前の席に座っていた少女…小川 イオがこちらを向いた。
「あ、あのっ、ご、ごめんなさい…。
歓迎会の、場所、知ってる…?」
「さっき聞いたけど…、もしかして誘われてないの?」
クラスにいるどの子も、そんな下劣な真似をするような人間とは思えなかったが。
俺が訝しむと、イオちゃんは慌てて首を横に振った。
「え、えと、誘われてないわけじゃなくて、その…」
「場所がわからないとか?」
「ち、違うの…。その、真白さん、転校してきたばかりだから…、大丈夫かなって…」
「……ああ、なるほど」
こっちの心配をしてくれていたわけか。
自信なさげな態度で勘違いしてしまった。
心配されるのはやはり慣れない。前は怯えが隠せない視線ばかり浴びてたからな。
しかし、悪い気分はしない。
次にソシャゲのガチャを回した時、欲しいキャラが出るようにしてやろう。
そんなことを思いつつ、俺は彼女に笑みを返した。
「まだ土地勘がないから、お願いしようかな」
「う、うん。一緒に行こっ…」
ぱっ、と笑みを見せるイオちゃん。
これはアレだ。今の今まで孤立気味で、コウくんと会うまでぼっちだったパターンだな。
おまけに小さくて可愛いという人気要素を詰め込んでるのに、孤立することがあるんだろうか。
履歴を覗きたいけど、ちょっと関わりを持っちゃうと気が引けるんだよな。
俺の履歴閲覧は文字通り、「相手の辿ったすべての履歴を把握する」。
それも事細かに。相手のえっちな妄想や願望すらも含めて。
それ込みで通常の付き合いを続けろと言われると、厳しいものがある。
仲を深めてから聞いてみようか。
そんなことを思いつつ、俺は次の授業の準備を始めた。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「あ、あの、ここをまっすぐ行くと、自然公園に出るの。今、桜がすっごく綺麗で…」
「4月半ばでもまだ咲いてるんだ」
「こ、今年は遅咲きだったから…」
吃音なのが玉に瑕だが、コミュ力自体は結構あるな、この子。
コウくんが根気よく付き合ったのだろうか。
惚れた経緯としてはありそうだな、と思いつつ、俺は遠目に見える桜へと視線を向ける。
「確かに綺麗だね。遠目からでもよくわかるよ」
「う、うん。ちょっと離れたところに商店街もあって、精肉店の肉串とか、青色のソフトクリームとか、いろいろあるの。
夏前には、あの、地域のお祭りがあって、い、いっぱい人が来るんだよ」
商店街。そっち方面はまだ行ったことがなかったな。
精肉店の肉串。そそられる響きだ。俺の胃袋がキュンキュンしてる。
前に同位体作った時は、碌な食事をした覚えがなかった。食文化が全く発展してなかったのに加え、妙に勘のいいやつばかりが集まっていたから、碌に身動きが取れなかったんだよな。
ナーロッパなんて行くもんじゃない。多少なりとも不便や不満はあるが、平和な日本社会の方がずっと居心地がいい。
そんなことを思いつつ、俺はイオちゃんに問うた。
「まだ2時間くらいあるし、商店街を見て回ってもいいかな?」
「い、いいけど…、大丈夫…?あ、あの、た、食べ放題プラン…、頼んだって聞いたけど…」
「底なしなんで、少しでもお腹に入れておこうかなと」
「そ、そうなんだ」
底なしっていうか、そもそも栄養を必要としないんだけどな。
完全な置物と化した本体から栄養を補給しているし、例え数千年食事を抜いても餓死するようなことはない。
が、しかし。俺は娯楽に飢えている。
具体的に言えば、食事という娯楽に。
大冒険とかは前で懲りた。今は無性に何かを口に入れたい。
そんな俺のワクワクが伝わったのだろうか。
イオちゃんはくすくすと笑みをこぼした。
「ふふっ…。食いしん坊なんだね…」
「……顔に出てました?」
「うん。すっごく」
ついテンションが上がって、人間の前ではしたない真似をしてしまった。
誇っていいぞ、イオちゃん。君は俺のワクワクした顔を見たはじめての人類だ。
お店でちょっとサービスを良くしてもらえる加護でも付けてあげよう。
俺がウキウキしながら路地を歩いていた、まさにその時だった。
「んむっ!?」
「むっ?」
口にべたりと粘着質な何かが貼られる。
俺たちが困惑している間に体を担ぎ上げられ、そこらに停まっていたバンへと押し込められる。
…こういうの、アダルティックな世界だけだと思っていたんだが。
そんなことを思っていると、運転席に乗り込んで車を走らせている誰かから声がかかる。
「お、お前が、お前が悪いんだ…。
お前と会ってから、お前みたいな娘でしか満足できないんだ…」
この声、昨日魅了かけた男か。
魅了を解くの忘れてたな。それで性癖が歪んでしまったらしい。申し訳ない。
涙目で困惑し、むーむーと唸るイオちゃんを見やる。
どうしたものか。
俺の魅了は衝動を一時的に強めるだけの力。ちょっと発散すれば、ある程度は静まるものだ。
いくら俺の力が発端とは言え、性癖に歪みが生じるかどうかは本人の資質なわけで。
こうして行動に移した以上、彼はきちんと罰せられるべきだ。
「む、むーっ…!むーっ!!」
「大丈夫、大丈夫。君にも優しくしてあげるよ。だから、大人しくしててね」
「むっ、むーっ…!」
唸りながらも俺を守るように上に乗るイオちゃん。
困った。俺のやらかしに、この男どころかイオちゃんまで巻き込んでしまった。
因果律を弄ってあの魅了を無かったことにする…いや、無理だ。同位体というか、この世界にそこまでのスペックはない。事象の書き換えなんぞしたら、世界がキャパを超えて弾け飛ぶ。
こいつの存在を消すか…、いや、それは気が引ける。結果がどうあれ、俺が通り魔的に使った能力がキッカケだし。
かといって、鎮静を使ってもどうにかなるわけではない。
衝動を一時的に鎮めることはできるが、魅了から1日経ってコレなのだから、次の日には同じようなことをしでかすだろう。
そこまで考えて、俺はふと思った。
車止まればいいんじゃね?
死傷者を出さないベストな選択だ。
もう歓迎会には行けないだろうし、そこは諦めよう。今はイオちゃんを助けるのが先決である。
俺は車に触れ、内部バッテリーを破壊する。
あくまで、自然に上がって壊れたかのように見せかける。
「あ、あれ?あれっ?」
ゆるゆると勢いを失い、やがて車のエンジンが止まる。
焦ってる焦ってる。誰かを呼ばないといけないのに、呼べない状況だもんな。
「し、静かにしてろよ!?言うこと聞かなかったら殺すからな!」と脅し、どこかへと電話をかけようとする男。
隠蔽工作でも働くつもりなのだろうが、そうは問屋が…いや、俺が卸さない。
「すみません、大丈夫ですかー!?」
「!?!?」
パトロール中の警察官が気分を変えてこちらに来るように仕向けさせてもらった。
このくらいの調整であれば、世界がキャパオーバーすることはない。
目を白黒させる犯人を横目に、俺はバンバンと車体を揺らす。
これはもう無理だと悟ったのだろう。
男は車を飛び出し、警察を跳ね除けて逃げようとする。
突き飛ばされた警官が面食らう中、他の警官が俺たちを見つけ、叫んだ。
「九十九高の子が拘束されてるぞ!?」
「おい、そいつ取り押さえろ!!」
情けない悲鳴が聞こえる。
イオちゃんもまた何が起きたわからず、ぱちくりと瞬く。
それを前に、俺は権能の濫用はやめようと固く決意した。
その決意は、1日と保つことなく破られた。
臆病に見えるだけで精神はめちゃくちゃヒーローしてる小川さん