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1話 盛大なマッチポンプ

まだハーレム要素はないです

数あるライトノベルの中には、セカイ系と呼ばれる構想がある。

若き男女の恋愛が世界の命運を握るという、ロマンチックもへったくれもない設定のものを指し、一定数の需要を誇る。

世界の命運を握るのは、だいたい女。

コイツらの機嫌次第で、その世界は終わるかどうかという瀬戸際に立たされる。


どうやら俺は、そのセカイ系彼女とやらに転生してしまったらしい。


死んだ理由はもう忘れた。

宇宙誕生…というか、この世界に時空という概念ができてすぐに今世が始まったので全く覚えてない。

今でもこの口調が染み付いているあたり、前世は型に当てはめたように冴えないまま過労死した、つまんねー男だったのだろう。それかトラックに轢き潰されて死んだつまんねー陰の者だったか。

もしかすると、暇すぎて前世の記憶という名の捏造を自分に植え付けただけかもしれない。別世界から記憶をロードするなんて、無料ゲームをダウンロードするのと同等の気軽さでできるからな。

超越した存在怖すぎる。価値観がまるで合う気がしない。自分のことだけど。

…いや、自分か?果たして、この記憶が覚醒する前の俺は自分と言えるのか?考えたらわからなくなってきた。なんと恐ろしい問題なんだ、シュレディンガーの自分。


あまりにも暇だったので、前世と同じような世界をいくつか作ってみた。

ほんの少し魔法の有無やら生態系やらを弄るだけで、世界は多様な変化を見せた。

どの世界にも言えるのは、人間がめちゃくちゃしぶといという点だ。

どれだけ圧倒的な差があろうと、人間は世界の支配権を手に入れる。

その様はまるでごきぶ…、いや、よそう。仮にも自分も人間だったし、今もその形を取っているのだから。

単一では他の生命に容易く負ける、足りないパーツだらけの不完全性がある故に、知恵という武器を手に入れた彼等をそう呼ぶのは失礼に当たる気がする。

…正直言うと、何が失礼で何がそうじゃないのかわかんないが。

果たして、俺は前世でどうやって人と接していたのだろうか。接してない可能性もあるのだけど。シュレディンガーの自分、再び。


哲学の知識でもロードしようかな、と思いつつ、俺は作り出した世界で繰り広げられる日常を見つめていた。

なんのちょっかいもかけなかった世界は、知識だけの前世と同じようにつまらなかった。見てる間に戦争で母星が滅んで、宇宙に飛び出してた。

前世の世界もそんな末路を辿ったのだろうか。辿ったのだろうな。神なんてもう影も形もなかったもんな。


ちょっかいかけた世界は、意外にも最初の世界よりかは平和だった。

人類の脅威やら、手に余る超能力やらに振り回されて大変そうだが、それ中心に敵意を向けることで団結してるのだろう。

必要悪思想は正しかった…?いや、細部は見てないから、組織の腐敗とかあるんだろうけど。

わざわざ見るような気は起きないし、ほっておこう。どうせ正義感の塊みたいな個体に叩かれて消えるか、致命的なところでポシャって全滅する。


しかし、こうも見てるだけだと食傷気味になってしまう。

でも、作った世界を観光するのもなんだか億劫に思えてしまう。

長い間ひとりで居たせいか、それとも前世元来の気質だったのか。

こうして一人で過ごす自堕落に勝る快楽を探そうとも思えないんだよな。

並ぶ世界の数々を流し見、ため息を吐く。

指で突くとかはしない。やったら滅ぶ。

俺の爪先だけでも、作った世界の情報量を凌駕してるんだよな。出来立ての世界が触れただけで弾け飛んだ時は驚いた。何より驚いたのは、それを怖いと思えない自分だった。

大丈夫だろうか。俺、ちゃんと人間だったよな?自信無くなってきた。


世界の様子を直に見に行く時は、限りなくスケールダウンした同位体を作り出し、そっちに意識を移さないとならない。

でも、意識移したら、それが寿命迎えるまで本体に戻れない。同位体のスペックが本体に比べて低すぎるせいで。

前にそれで痛い目に遭った。同位体の調整をミスって、1000年くらいその世界で暮らすことになったっけか。

今度は100年くらいの寿命でプチ旅行でもしてやろうか。特にやることないもんな。


…よし。久々に同位体作ろう。いつぶりか忘れたけど、メーター見ながらならギリ100年に調節できるだろ。

観光先は…、流し見て比較的平和そうな世界にしよう。

ナーロッパみたいな中世はごめんだ。あそこは制約が多い上、変に察しがいい奴が蔓延ってて面倒くさい。

普通に学校とか行きたい。帰りにファミレス寄ってソフトドリンクの微妙にうっすいコーラとか飲みたい。


この世界は…戦争中。しかも宇宙間。他と比べて広いけど、その分面倒くささもマシマシなので無視。

この世界は…あるあるナーロッパじゃねーかボツ。いろいろ緩い女が蔓延ってんのもマイナスポイント。こういう奴らが面倒ごとを起こすんだ。こういうとこの人間は無駄に力があるから、無意識に消し飛ばしちゃう未来しか見えない。

この世界は…アダルティック。どう考えても俺が襲われて弾みで滅ぼす。ボツ。


そうしていくつか世界を流し見、ため息を吐く。

もうちょっと精力的に関与すべきかな。

観光するのに無駄な障害が多い気がする。本体に管理するように設定したら、旅行の間に改善してくれるだろうか。

…いや、それはそれで面倒くさいからいいや。移行後の本体にやらせたら大半滅ぼしそうだし、辞めておこう。一度命令下したら融通効かないもんな、アレ。我ながら賢明な判断だと思う。


自画自賛していると、ふと、ある世界が目に留まる。

見た感じは限りなく前世に近い世界。

時代も適当な記憶しか残ってないそれに近しく、世界を蝕む大敵なんてのも居ない。

これはなかなかいいんじゃないか。

そう思い、俺はその世界を覗いてみる。具体的に言えば日本あたり。

東京はヤダな。面倒ごとの匂いが濃いし。

一面のクソ緑に囲まれた、これといった思い出のない微妙な青春とか送りたい。

そう思い、目を近づけてみる。


見えてきた。これは、高台の上だろうか。再開発がちょっとだけ進んだところらしい。

ちらほらと建物と田畑が並ぶ街並みに向け、フツメンの男子高校生が叫んでる。なになに?「彼女が欲しい」と。

人間で言うと、思春期とかいう下半身に思考力を根こそぎ持ってかれる重大欠陥が発動する時期だっけか。

俺にもそんな時期があった気がする。…嘘、ない。まったく覚えてない。

覚えているのは変なサブカル知識か、かいつまんだ一般常識くらい。

前世の俺はきっと、サブカルに毒されすぎて一般常識が身につかなかった弱者男性というやつだな。


そんなことを思いつつ、男子高校生の履歴を見てみる。

わずかながらシンパシーを感じたのだ。俺の前世の記憶を鮮明にする何かがあるかもしれない。

なんとなしにスクロールさせ、短い人生の軌跡を追う。

名前は守仁 コウね。しゅじんこう、主人公か。そんな顔してるわ。ふむふむ、なるほどね。


なんだこの自己犠牲の塊。顔が良かったらめちゃくちゃモテてるぞ。


身を粉にして100人以上の人間を助けてきた履歴が、そこにはあった。

見ず知らずの同級生が無くした自転車の鍵を探しただとか、足を挫いたお婆さんをおんぶして近場の病院まで連れてっただとか、そういった小さな出来事はもちろん。

山で遭難した人間を見つければ、野生動物を薙ぎ倒しながら麓の村まで降りたりと言った、人間かどうか疑わしい功績までズラリと並んでいる。

こいつ大なり小なり災難に見舞われる確率高いな。因果律覗いてみるか。


……なるほど。この世界が平和な理由がなんとなくわかった。

この世界で起きなければならない悪の100年分が、ほぼ全てコイツに向けられている。

コイツが居なくなるとたちまち均衡が崩れるから、死なないように希釈して多くの不幸をぶつけてるのか。

自動的かつランダム性ある管理プログラムを組んだがゆえの弊害か。あとで修正入れてやろう。多分、コイツが死ぬまでには間に合わんけど。


しかし、見れば見るほど申し訳なくなってきた。

ごめんな、クソみたいなシステム組んで。

せめて補正とかかけてやれば良かったんだろうけど、下手すれば世界がキャパオーバーして爆散するから無理なんだよなぁ。


……ん?待てよ?同位体の俺がそばに居れば万事解決なのでは?


なんという天才的な閃き。

旅行先も決まるし、コイツも助かるし、みんなハッピーだ。

そうと決まれば、同位体を作り始めるとしようか。

「盛大なマッチポンプでしかない」という欠点に全力で目を逸らし、俺は作業に取り掛かった。


♦︎♦︎♦︎♦︎


「彼女欲しいーーーーーーッ!!」


夕闇の街並みに、男子高校生らしい虚しい絶叫が轟く。

はぁ、はぁ、と大声を出して疲弊した肺が吐息を繰り返す。肺も声帯も、こんな使い方をされたくはなかったろう。

それもこれも、自分に彼女ができない不甲斐なさのせいだ。

先日の告白も、「そういう目で見たことない」でバッサリ切られた。

恋愛遍歴が灰色で終わる危機感がひしひしと現実味を帯びてきた。


─────学生のうちに彼女作らないと一生出会いないよ


三十路目前の義理の姉が嘯く脅し文句が頭をよぎる。

普通に誰かと好き合って、普通に結婚して、普通に家庭を築いていく。

そんな月並みの望みすら自分には許されないのか。

気恥ずかしさを塗りつぶすような悩みに頭を抱え、踵を返すと。


「…………」


絶世の美少女と目が合った。


神が創り出した奇跡。驚くほどに白い髪に、透き通るような青い瞳。

主張しすぎない、滑らかな曲線を描く小さめの鼻。みずみずしい艶の走る唇。

情欲を掻き立てるようなものではない、美術品のような美しさを誇るボディライン。

美という概念を切り抜いたかのような少女を姿を前に、思わず惚けるコウ。

脳が彼女の姿を処理し終えると、途端に気恥ずかしさが湧いて出た。


「ごめんなさい!!!」

「はぇ?」


少女が反応を返すより先、少年は全力でその場を去った。

聞かれた。世界一恥ずかしい雄叫びを、よりにもよってあんな美少女に。

その容姿から人気者なのはひしひしと伝わってくる。

きっと明日には、街の高台で彼女が欲しいと叫んだ変質者として祀り上げられるんだ。

そんな悪い想像を振り払うように、少年は高台を降りていく。

取り残された少女は唖然としながら、小さく呟いた。


「人間がわからなさすぎて怖い」

ファーストコンタクト、失敗

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