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メイは、自分の荷物が馬車に運ばれていくのを見つめながら不思議な気持ちでいた。明日から寄宿制の学校に四年生として通うため、前日から学校へ向かうのだ。

ジュンを抱っこしたリズが、メイの方に近づく。


「荷物、そんなにすくなくて大丈夫かしら?足りないものがありそう…」

「大丈夫です、足りています」


メイは微笑む。不服そうなアンナが、私がご用意したものを、必要ないとおっしゃるんですもの、とリズに告げ口をする。メイは、必要最低限でいいんです、とアンナに言う。オットーが、まあまあ、と笑って話に入る。


「毎週土日は休みだし、距離的に帰ってこられなくもない。こちらからも届けられるし、いいじゃないか」


オットーがそういった時、終わりました、と荷物を詰め込んでいた使用人が言う。メイは、ありがとうございます、とその使用人に言う。


「それでは行ってきます」


メイは家族とアンナに言う。すると、ジュンがメイの方に手を伸ばした。リズは笑って、ジュンをメイに渡す。メイはジュンを両手でかかえる。ジュンは、メイと目が合うと、満面の笑みを返す。それにつられるようにメイは笑う。


「またすぐ、お休みになったら帰ってくるね」

「だ!」 


返事をするジュンに、メイは笑う。


「アーサー君によろしくね」

「何か困ったことがあったら、彼を頼るのよ」


オットーとリズの言葉に、メイはう、と固まる。婚約破棄を申し出たことはまだ彼らには伝えられていなかった。メイは曖昧に、はあ、とだけ返す。


「それでは本当に、行ってきます」


メイはそう言うと、馬車に乗り込んだ。








そんな別れがあった次の日の朝、新しい制服に身を包んだメイは新学期最初の集会に参加するため、学園のホールに向かっていた。制服は灰色の無地とチェック柄が混ざるワンピースで、胸元には赤いリボンがある。女生徒はリボンの色、男子生徒はネクタイの色で学年がわかるようになっている。寒い季節になると、この上にブレザーやセーターを羽織るようだ。高学年と低学年では制服も違うらしい。なんにせよ、制服の着方がわかりやすくてメイには助かった。

昨日は午後から馬車を走らせて、結局学校についたのは夜遅くだった。その日は疲れて宿舎ですぐに眠ってしまった。

メイは校内を見渡す。ここは、セントロゼ校。12歳以上の貴族の子女が六年間ここで学ぶらしい。寄宿制で、あらゆるところの貴族が集まるようだ。名門中の名門と呼ばれている学校である。そんなところに新学期直前にメイを入学させることができたブラウン侯爵は本当に何者だろう、とオットーとリズが驚いていたのをメイは思い出す。

広いこの学校を見て、こんなところで過ごすんだという期待と不安が入り交じる。学校というところにメイはもちろん行ったことがない。記憶がなくなる前のメイも行っていなかったという。何をするのか、どうなるのか、メイには全く想像がつかない。



集会を終えて、メイは教師に案内されて他の四年生の生徒達と一緒に教室に向かった。

一学年のクラスの数は、男子クラスは二クラス、女子クラスは一クラスの合計三クラスである。メイは、年齢的には六年生が妥当であるが、勉学の習熟具合など(習熟といっても彼女にはなにもないが)様々な配慮があり、高学年の中で一番若い四年生に入れてもらうことになった。

メイ以外の生徒は全員三年生からの進級のため、もう友人の輪が出来上がっていた。メイは誰か仲良くなれそうな人はいないかとあたりを探ったとき、何かがおかしいことに気がつく。

集会のときは緊張して周りがあまり見えていなかったが、どうやら自分のことを周りが好奇の目で見て、そばにいる人同士でひそひそ噂をしているようだ。


「あの方、アーサー様の婚約者なんですって…」

「確か行方不明になってたって…」

「平民と生活してたらしいわよ…」

「記憶もないんですって…」

「ええ、そんな方と…」

「ターナー家の方でしたっけ…」

「昔は大きな家でしたけど…」

「一体なんでこんな婚約が…」 


メイが声の方をちらりと見たとき、噂をしていた女生徒たちがぱっと噂話を止めた。すると、他にも噂をしていた生徒たちがそらぞらしくメイとは違う方を見た。メイが視線をやった三人の女生徒のうち、眼鏡をかけた癖っ毛の女生徒が、わざとらしい笑みを浮かべて、ごきげんよう、とメイに近づいてきた。


「はじめまして、これから三年間だけですけれど一緒にお勉強できるなんて光栄ですわ」

「は、はあ…」

「六年生のアーサー様の婚約者の方でいらっしゃるんでしょう?アーサー様といえば、お家柄も素晴らしいですし、成績もとっても優秀で、スポーツもすごくおできになるから、この学校では有名人ですのよ。そんな方の婚約者がどんな女性なのか気になってしまいましたの。じろじろ見てしまい、失礼いたしましたわ」


眼鏡の女生徒はそう言うと、他の二人を引き連れて、メイの横を通り過ぎて言ってしまった。そして、他の二人はまたメイの方を振り向くと、くすくすと噂話を再開した。


すると、反対側から五年生の証である緑色のリボンをつけた女生徒たちが数人歩いてきた。その輪の中心にいる一人の生徒に、四年生たちは意識がいく。白い肌に、長いまつ毛をもつ美しい女生徒だ。綺麗な長い黒髪を揺らし、周りの友人と談笑する姿に、周囲の四年生たちの視線が奪われる。


「リリア様よ…」

「相変わらずお美しいわ…」


今度はリリアのことを噂しだす生徒たち。リリアは、憧れの視線を向ける四年生たちに気がつくと、優しく目を細める。そんな彼女の姿に、小さな黄色い悲鳴が上がる。


「あのスミス伯爵家のご令嬢よ」

「あの方が新しいアーサー様の婚約者になるかと思ってたのに」


そんな女生徒の言葉の後、隣にいた別の女生徒がメイの方を見ると、発言した女生徒の肩を軽くつつき、聞こえてしまいますわ、と半笑いでたしなめた。




教室に戻り、指定された席に生徒たちが座っていく。教師が少し待機するように生徒たちに声を掛ける。教師が出ていくとまた教室の中が騒がしくなる。メイはまた視線を感じ、自分はどこを見て良いのかわからなくなる。ふと、教室の廊下を見ると、隣の男子クラスの生徒だけでなく、他学年の生徒までもメイを見に来ていることに気がつく。皆メイに好奇の目を向け、好き勝手に噂をしている。


「(居心地悪い…)」


メイは教室から逃げ出したい気持ちでいっぱいになる。はやく今日の授業が終わることを心の底から願った。とりあえず、この学校の中で新しい友人というものができることはなさそうだとメイはこの数時間で悟った。

10/25 修正

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